命の重み
――エルが攫われてから、一夜明けての首都ヴァルシオン。
ヴァルチェスカ城内、王族居住区画、ルイーザ第1王女管轄・第2庭園。
一般には公開されていないその場所で、いわゆる空中庭園とか形容される、城の2階部分の屋上に整備された場所だ。日当たりもよく、朝特有の気温の低い風が穏やかに吹いている。
俺はその入り口、庭園と城の3階部分との間にある階段にひとり座り込み、エルの魔力が残ったブリューナクを空に掲げていた。
「あのっ、レーゲンハルトくん」
か細い声に振り変えれば、扉の影に露出の高い服を着た少女が申し訳なさそうに立っていた。
「ん?ああ、ルイーザか。だからそんなに長い名前で呼ばなくていいって」
「えっと……、じゃあハルトくん?」
「おう……で、なんだルイズ?」
突然愛称で呼ばれたことに驚いたようだが、嫌がるそぶりは見せずに近くに寄ってきた。
「その……申し訳ありませんっ!わたくしが見回りに誘ったばっかりに。エルちゃんが……」
「なんだそんな事か。ルイズのせいじゃない。俺が油断してただけだ。怒っちゃいないよ。エルは生きてるし」
「え?それでわかるんですの?」
「エルの魔力が少し残っているからな。エルが死んだら魔力も消える。……ただちょっと使い過ぎたせいで場所がわからない。西町なのは確かなんだが……」
人間である俺に魔力は感知できない。ただブリューナクを持っていれば魔力を注ぎこんだ存在の魔力だけは感知することができる。
「それでさっきからその方向を確かめていたんですの?」
「そうだけど……、お前俺が何してると思ってたんだ?」
ルイーザは言い辛そうに視線を逸らした。根気よく待ってると申し訳なさそうな視線を向けてくる。
「えっと、その……。落ち込んでたりとか、その……責任とって自決とか」
「誰がするか。そんなことしている暇があったら走り回ってエルを探すよ。だいたい俺が死んだらエルが泣くだろ」
いずれ死に別れるだろうがまだ早いだろう。
それに攫われたくらいでいちいち死んでたら俺は何度死ねばいいかわからない。何しろあの娘は、注意しろ一人で離れるなと言っているのに、昔からあっちへふらふらこっちへふらふら。
旅が始まってからも既に3回ほど攫われている。その度に助けに行っているので、この状況はあんまり珍しくない。
「本当ですの?」
「は?だからこのくらいで死んだりしないって……」
「そうじゃありませんのっ!ハルトくんが死んだらエルちゃんが悲しむっていうの本当に分かっているんですのっ!?」
「お、おおう?」
こっちのテンションの低さとは裏腹に、ルイーザのテンションは高かった。驚いて身を引くと逃がすまいと迫ってくる。体ごと移動しようとしたらその足ごと抑えられてしまった。膝の上に手を載せて這い上がってくる。
竜人の腕力は人間の足の力よりも強い。普通に振り払おうとした俺は、背を反っていたこともありバランスを崩して後ろに倒れた。
「きゃっ」
ルイーザはルイーザで俺の足に体重を預けていたために、2人揃って石畳の上に転がる。
「痛……」
もちろん俺が下だ。
「本当に……分かっていますか?」
俺を押し倒した状態でもルイーザの追及は続いていた。
「昨日の夜、ハルトくんは死にそうでした。1人で残って戦って、……わたくしたちが到着したとき、自分がどれだけボロボロだったか分かっていますか?……どれだけエルちゃんが心配したか。どれだけわたくしが心配したか」
「え……えっと?」
何が言いたいかわからない。
あのまま居酒屋の前で戦っていれば全力で力を出せないエルとルイーザは捕まっていただろう。場所を変えるためにも2人には一度離れてもらうのは仕方がないことだ。
俺の傷にしてもエルの魔力が入ったブリューナクが到着すればどうとでもなるものだから気にする事はない。服はダメになってしまったが、城で似たようなものもらったし……。
「だから……わたくしたちが間に合わなかったらどうするつもりだったんですの?あと少し、あと少し遅かったら死んでいたんですのよ」
「ああ……」
そうか。守ったつもりで、心配をかけただけだったってことか。
「ごめん」
ルイーザの背中に手を添えて、反対の手で頭を撫でる。
突っ張るようにしていたルイーザの腕から力が抜けて俺に体重を預けてきた。エルよりは少し重い。胸のあたりに彼女の頭がきて、角の先が目線の高さを行ったり来たりしている。
「ハルトくんは人間ですの。わたくしたち竜よりも簡単に死んでしまいます。……少しはわたくしに……、わたくしたちに守らせてください。エルちゃんだっていつまでも子供じゃないんですのよ?」
「……」
うまく答えれなくて頭を撫でるだけにした。
なんで女の子ってのはみんな早く大人になりたいと願うのだろうか。いずれ俺は老い、頼るばかりになるだろう。もっとゆっくり成長してくれればいいのに。
もちろん簡単に攫われないでくれ、とかは常々思っているのだが、それとは別のところでいつまでも守らせてほしいと願う自分がいる。
今さらだが、俺は結構シスコンなのかもしれない。
「それはそれとして……」
しばらくそのままルイーザの体重と体温を感じながら横になっていたが、人の気配を感じて体を起こす。
「お前も少し回り気にしたほうがいいぞ」
城のほうからはこちらを気にしながらも、仕事してますよ、という雰囲気で掃除をしているメイドさんたちが居る。もちろん全員尻尾と翼を生やした竜人。
そんなにここに集まる必要はないだろうに。
「ルイズ……?」
「ね、寝てますの、わたくしは」
反応がないので覗き込んでみたら目をつぶって胸に顔をうずめようとしている。
コイツ、居酒屋でも同じような反応してたよな。見られたくないならさっさと離れればいいだろうに。
「なあルイズ。エルを取り返すの協力してくれるか?」
「え?はい……、攫われた原因はわたくしにもありますから……。何でもしますの……」
「ありがとう」




