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プロローグ

「っはっ!ふっ……」

「ぐるぅぅ……」

 人と、人ならざる者の汗が香る。

 とある森の街道。

 ザシュッ

 ズザアアアッ

「ちっ、結構素早いな」

 俺が振り下ろした両手使いの大型ソードを、黒い影が易々と回避した。サイズは中型程度の四足獣。警戒するように距離を取ったが、すぐに前足を振り上げ、角を突き出して突進してくる。

「よっ、と」

 パワーと攻撃力は脅威だが当たらなければ意味はない。俺は軌道を読み、横に1歩ズレただけで回避した。ついでにソードを横凪に振って獣の突進力も利用して頭に一撃を叩き込む。

「ぴぎっ!?」

 獲物はしばらくよたよた歩いた後、唐突に地面に倒れこむ。顔を覗き込むとうつろな目で泡を吹いている。多分、脳震盪を起こしたのだと思う。

 しばらくは大丈夫だろう。そう判断した俺は相棒を背中のホルスターに戻した。

 竜剣「ブリューナク」。

 普通のソードのような刃はなく、刀身の真ん中に縦に穴が開いている。刀身の強度を支える中心がごっそり抜き取られたような構造だ。おまけに、その穴から前後左右、あらゆる方向にスリットが入っている。一見、パズルを組み合わせたおもちゃのような外見だ。

 材質は竜骨。船の構造体という意味ではなく、文字通りの「竜の骨」。固い材質の割に軽量で、冒険者の中では一級品として扱われているらしい。

(あの竜は『金に困ったら売れるぞ』とか言ってたけど……)

 こんなツギハギだらけのソードが高く売れるとは思えないし、どうみてもハリボテ……偽物にしか見えないだろう。刃もついていないため、店に持っていたら冷やかしと思われかねない。

(……もともと売るつもりなんかないけど)

 考え事を止めた俺は、手早く捌こうと獣に近づいた。未だ倒れ込んだままだが、足が動き始めている。早くしないと起き上がって再び襲われてしまう。

 俺は街道の繁みの様子を窺った後、獲物に視線を戻した。

(しびれを切らして出てこられても困るしな……)

 懐から出したダガーで首を斬って絶命させる。さらに腹を割って内臓を取り出す。ここがちゃんとした厨房なら食べる方法もあるだろうが、あいにくここは森の中。放っておけば一番に腐り始める内臓はあきらめてそこらへんにまとめて捨てる。

 そして、血まみれになったダガーと腕を簡単に拭って、四肢を斬り落としにかかる。

 と、

「ハ、ハルくんが、血塗れっ!?」

 森の中に隠れていたもう一人の……生きている方の相棒が出てきてしまった。

 慌てた様子で近づいてくると胸の高さで両手を突き出して、掌を垂直に立ててこちらに向ける。

 格好は良く言えば踊り子。悪く言えば娼婦。肌の露出がやたらと多い。

(『民族衣装』……とか言ってたけど……)

 下着サイズの布が胸と股間を覆い、腕や足に金属の装飾具をつけている。そして腰の装飾具から伸びる、スリットが入りまくった布。はっきり言ってスカートと呼べる代物ではない。ほとんど横にしか着いておらず、前後から見れば足の付け根まで丸見えだ。

 それ故に、彼女を見た全ての人間が気づくだろう。

 彼女が人間ではないということに。

 鱗に覆われた尻尾。背中から生えた濃紺の翼。そして頭の左右から伸びる曲がった角。

 竜人。

 彼女はこの世界の支配者に名を連ねる存在だ。

 エルフリーデ・カルラゥ・ヴォルテンスドラッセ。長いから俺は「エル」と呼んでいる。

 まあ、そんな事は、今はどうでもいい。

 重要なのはそのエルによって俺の命が危機に晒されていることだ。

「んげっ!待て、落ち着け、エルっ!俺は大丈……」

「待ってて、ハルくんっ!あたしが治療してあげるからっ!」

 本人は助けようとしている――悪意がないだけにたちが悪い。昔からいくら止めても、遠慮していると勝手な解釈をして俺の話を聞いてくれない。

 とかなんとか思っている間に、エルの両手を覆う巨大な気配がさらに膨れ上がり、目の前が真っ白に染まる。

「あ……」

「『あ』じゃねええええええええええぇぇぇ!」

 ちゅどーん。

 狙いをそれたエルの殺人魔法――本人は回復魔法のつもりなのだが――は地面をえぐり、木を薙ぎ倒し、獲物を焦がし、ついでに俺を吹っ飛ばして近くの木に叩きつけた。

「ぐべっ!」

 しばらく意識が朦朧としている間に、立ち込めていた土煙が晴れてきた。エルも俺の姿を見つけて駆け寄ってくる。

「ハルくんっ!ハルくんっ!大丈夫っ!?」

 あれだけの爆発の中、当の本人は傷一つ負っていない。むき出しの素肌は綺麗なままだ。

「血はっ?血は止まった?」

「止まるかっ!むしろ傷が増えたわっ!」

「え?だったらもっと」

「止めいっ!」

 尚も魔力を集中させようと手を突き出すエルの頭に、手刀を叩き込んで魔法を阻止する。

「あひゅんっ!」

 頭を抱えてしゃがみ込んだエルを尻目に、立ち上がった俺は捌き始めていた獲物を確認した。当然ながらさっきの場所にそれはなく、切り離したばかりの前脚だけが転がっている。爆風に揉まれたからか香ばしい匂いが漂い、『美味しく焼けました』状態だ。

「3日分の食料が……」

 しばらく見回してみるが、残りの頭・胴体・3本の脚は見当たらない。爆発の中心だったからケシ炭になったのか、あるいは爆風で遠くへ飛ばされてしまったのか。

「おい、エル。せっかくの食料が消し飛んじまったぞ」

「でも、ハルくんは回復したでしょ~」

「元々無傷だ。……いつも言ってるけどさ。お前の魔力は桁違いなんだから全力で魔法使うなよ。制御できなくて暴発するのは当たり前だろ?」

「『何事にも全力で』って、お母さんが言ってたよ」

「相変わらず熱血と言うか、脳筋と言うか……。魔法の基礎くらい教えておいてくれりゃいいのに。人間の俺が教えられるはずないんだから……」

「お母さんの遺言なのに……」

「そんな元気な遺言があってたまるか。それを言うなら口癖とかモットーとかだ」

「そうそう、それそれ。モットー、モットー」

 実のところ「遺言」という表現に間違いは無いのかもしれない。

 彼女の母親、先代のシルバードラゴンの頭首にして、13支族筆頭エルヴィーネ・カミラ・ヴォルテンスドラッセは既に亡くなっているのだから。

 エルは楽しそうに笑っているが、時折見せる寂しそうな表情を早く消してあげたいと思う。なんと言ってもまだ10才。甘えたい盛りだろう。

 それに俺にとってもあの人……いやあの竜は母親みたいなものだから。

「どうしたの?」

 黙り込んだ俺をエルの瞳が不思議そうに見上げてくる。俺は何でもないよ、と首を振って歩き出した。エルもとことことついてくる。

「ねえ、ハルくん。次はどこ行くの?」

 追いついたエルが腕を絡めて、ぷにぷにとした頬を擦りつけながら聞いてくる。……角が当たって痛いんだが。

「レッドドラゴン、ヴィットーリアが治める共和国。……ああ、そろそろ人目があるから服着替えろよ」

「え~、あの服、熱いんだけど」

「また奴隷商に攫われるぞ。ただでさえ隙だらけなのに、見た目までそんなんじゃ攫ってくれって言ってるようなもんだ」

「でも攫われたら、ハルくんが助けてくれるんでしょ~?」

「次はどうすっかな~」

「え~」

 エルが上目遣いのまま、頬を膨らませた。

「とにかく、その服は俺以外の誰にも見せるな」

「う、うんわかった。……えへへ~」

 エルは身を離してくるりと一回転。どう?という視線に、いいからさっさと行けと手を振る。再び頬を膨らませてから、森の中へ入っていく。

 少し前までは街道でいきなり着替え出していたが、少しは羞恥心を覚えたらしい。順調に成長しているようで何よりだ。少しはあの竜に恩義を返せているだろうか。

 それに個人的にもエルが成長してくれるのは、喜びがある。

 俺は思わず口元に笑みを浮かべた。

 ……いかん。女の子が着替えている時ににやにやしているなど、ただの変態ではないか。

 誰が見ているわけでもないのに首を振ってごまかすと、街道の先、マグナ・サレンティーナへと目を向ける。

 季節は寒かった冬から春へと変わり始め、新芽が芽吹き出した木々を昼下がりの太陽が穏やかに照らしていた。

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