都市レガルでございます
光の中を抜けると、一面の壁だった。
詩的な表現を目指してみたものの、どうやら俺にはこの程度が精々らしい。
足が踏みしめる感触も草原だ。雪景色とはかけ離れている。
「ん、ここは……って、かなり大きいわね」
「ふむ、都市の規模としてはなかなかだな」
目の前に聳え立つ灰色の壁を見て、アリサとツバキさんが感嘆の声を漏らす。
無事に転送されたのか、俺たち五人の前には巨大な壁が鎮座していた。石でできたそれは、四姉妹の言葉から察するに都市を守るための防壁なのだろう。
傾きつつある夕日を浴びているため、淡く照らされて幻想的な光景を映し出している。軽く見ただけでも高さ十数メートル以上はあるようで、その圧倒的な迫力に俺はしばし見とれてしまった。
「とりあえず外壁をぐるりと回ってみましょうか~」
「……ん。兵士、見つける」
確かに、これが防壁なら、外周を歩いてみれば入り口に当たるだろう。
体感的に今の季節は春か秋らしく、夕日は暖かい。このまま外にいても風邪はひかないだろうが、初っ端から野宿は嫌だ。
初めて王城から出たことで四姉妹は多少なり興奮しているのか、姦しく喋りながら歩き始めた。
(楽しそうだな……)
彼女達の後ろについて歩き、そのまま壁に沿って草原を進むこと数分で、関所のような場所が見えてきた。防壁の上にはかがり火が炊かれて数人の兵士が見張りをしており、警戒はかなり厳重だ。
関所からは都市への入場待ちらしき列が伸びており、フルプレートの甲冑に身を包んだ兵士が検閲を行っていた。
「あれが入り口だろうな」
「多分ね」
アリサは平静を装っていたが、声色が嬉しそうだ。初の城外でテンションが上がっているのだろう。
その時、不意に異世界モノでありがちなパターンが脳裏に浮かぶ。
(普通に通してくれるならいいけど、通行料で躓くとか無いよな……)
列の最後尾に並びながら、内心は不安に晒されていた。
都市に入れなかった場合、この近辺で野宿することになるだろうし、それは可能な限り避けたいところだった。
(金貨十枚で足りないってのは考えにくいが、そこはまぁどうにかなるといいな)
どのみち門番と話してみない限りは手段の取りようが無いので、今は楽観的に考えることにしよう。
そうと決めれば後は待つだけだったのだが……。
(暇だな。四姉妹がしている女の子の会話は、絶対ついていけないから入りたくない。というかそもそも、女子の会話に割って入る男ってのもどうかと思うしな)
後ろで歓談している四姉妹の声を聞きながら、手持ち無沙汰になる俺。
そうだ。時間もあるし、こっそりとスキルの練習をするか。
交流スキルの『地獄耳』を習得しているので、趣味は悪いが盗み聞きしてみよう。今は一列に並んでいるから距離感を掴みやすく、どこまで聞き取れるのかといった実験も出来るな。
そして何より、この都市に関する情報を得られるかもしれない。
さて、何か耳寄りなお話は、っと……。
「聞いたか? クラン『金色夜叉』のやつらがエルダーマンティスを殺りやがったらしいぜ」
「マジか。犠牲もかなり出ただろうに……」
「それでも、Aランクモンスターをクラン単独で討伐したってのは名声になるだろうよ」
「そういえば迷宮に行ったやつが数人帰ってこなくなったらしいな」
「無茶して死んじまったんだろ」
「かもな。ルーキーばかりが行方不明って事は、ギルドもその辺考えてないってことかね」
「身の丈に合ったクエストを紹介してやればいいのにな」
「それと、カデリウス商会には注意したほうが良いわ」
「どうして?」
「犯罪者ギルドのメンバーと手を組んで、裏でこそこそやっているらしいわよ」
「何か盗みでもやるつもりかしら?」
「さぁね。もともと裏の奴隷売買とかやってるところだし、重要人物でも誘拐するのかもね」
「城の菓子職人が作ったものが食べられなくなるのは痛いが、これも仕方なしか」
「あははっ。だから今日のお茶会でツバキはあんなに食べていたのね」
「……太る」
「くっ。そ、それは今言わずともいいだろう!」
「うふふ、脂肪は全部おっぱいに回せばいいのよ~」
「……もげろ」
「斬る」
「シェリス。あんたは今、世の中の女性全員を敵に回したわ」
ろくな情報が入ってこないな。
四姉妹は仲良く駄弁っているみたいだし、直接聞いてみるか。
「あの、すみません」
シェリスさんの真剣白羽取り(何やってんのこの人達……)を尻目にしつつ、前に並んでいた戦士っぽい人に声をかけてみる。
頬に傷跡のある中年のオッサンで、日焼けした浅黒い肌が特徴的だ。モンスターの革と見られるアーマーをつけており、背中には大きなメイスが背負われていた。
これで戦士じゃなかったらと考えると怖い。
「ん? どうした、ボウズ」
「俺達、今旅をしているんです。それで、この都市には初めて来るんですけど、どういうところなのかなって……」
いかにも困っていますといったオーラを出しながら、俺は話を続ける。
これも交流スキル『表情七変化』があるおかげかもしれない。
それが功を奏したのか、オッサンは「しょうがねぇな」と言いつつも話し始めた。
「ここはレガルって言ってな。トランディア王国でも一二を争うほどの大規模な迷宮都市だ。円形の石壁に囲まれてるから安全度は、まぁそこそこ。都市の中では東西と南北をつなぐ形で二つの大通りが交差していて、商業区とか工業区とか色々と便利なもんが揃ってる。人口は……十数万人だったか。すまん、そこはウロ覚えだ」
おお。初っ端からアタリを引いたようだ。
「ありがとうございます。それにしても迷宮都市でしたか。どんな迷宮があるんだろう……」
「んーとな、ここは三方を迷宮に囲まれていて、北にあるのがDランク迷宮の『黒百迷宮』だ。地下百階層からなる迷宮で、虫系統のモンスターが出てくるらしい」
虫系か。
巨大ゴキブリとか出てきたら拒否反応が出そうだ。
「西にあるのが、Cランク迷宮の『破砕牢迷宮』。残る東は、Bランク迷宮の『天踏閃華迷宮』だ。Bランクの方は最下層まで行った奴が未だにいないがな。ついでに言えば、今いる場所は残った南門だな」
「そうなんですか。その迷宮で最下層に辿りつけてないというのは、それだけ難しいって事ですか?」
「確かにそれもあるが、最下層に行けるルートがまだ見つかっていないんだよ。なにせ、つい五ヶ月前にできたばかりの迷宮だからな」
なるほど。
難易度と真新しさが相まって、なかなか攻略が進んでないのか。
そこまで聞いたところでオッサンの番が来たので、彼は「頑張れよ」と一言残して門番のところに行ってしまった。街中で会ったら、酒の一杯でも奢ってあげるとしよう。
オッサンは何かのカードを見せるだけですぐに手続きが終わり、そして俺達の番になった。
「次。身分証明の提示を」
げっ! 身分証が必要なのか。
言われてみれば必要でもおかしくは無い。でも身分を隠す旅なんだし、そんなモノ持って無いぞ!?
内心で冷や汗を流しながら、俺はフルプレートアーマーを着込んだ門番へと言葉を返す。
「あの、後ろの四人も含めて身分証明証を持っていないんですが、都市に入る方法はありませんか?」
門番はチラリと後ろを見ると、四姉妹の美貌に見惚れたらしく動きが止まる。
おーい、門番さーん。しっかりしてくれー。今のうちに誰かが不法侵入したらどうするんよー。
「ん。あ、ああ。すまない」
俺の無言の圧力に気付いたのか、門番が再起動した。
たとえ俺を放って仲良くお喋りしているヤツらでも、一応は俺の嫁さん予定らしいんだ。じっと見られるのは気に食わない。
「都市への通行料は銀貨四枚。滞在証明証を発行するが、有効期限は一日だけだ。その間に各職のギルドか公的機関に行って、無料の公式身分証と取り替えてくれ」
見惚れていたことを誤魔化すかのように、門番が5枚の滞在証明証を渡してくる。
俺の金貨2枚と引き換えにしたそれは、ぱっと見た限り卒業証書みたいな感じだ。綺麗な紙で作られており、この世界の製紙技術が発達していることを窺わせるものだった。
「ありがとうございます。有効期限が一日って、結構短いですね」
「まぁ、そうだな。だが、これも安全上の問題があるんだよ」
「安全上って……ああ、そういうことですか」
門番の言葉に少し考えてから気付く。
都市に入れば、ギルドか公的機関に行くことで無料の身分証が作れるのだ。
それなのに身分証明ができないということは、何か悪さをして身分を隠したまま生きなければならない人なのだろう。
そういう輩が長いこと都市部に留まっていると治安が悪化するからこそ、この有効期限の短さってわけか。
聞けば、何かしらの施設や食事処を利用するたびに身分証の提示が求められるらしく、それができなければ問答無用で衛兵に通報され、都市の外に叩き出されるのだそうだ。
「身分証明を持たずに街中で暗躍している馬鹿もいるが、それでも他の都市よりは治安がいいはずだ」
「まぁ、そうでしょうね。無いよりはマシということでしょうか」
門番と世間話をしつつ、俺達の名前や滞在の理由を伝えていく。
別に悪いことをしにきたわけでも無いんだから、堂々としてりゃいいのよ。
後ろでチョコレートの甘さについて堂々と談義している四姉妹は、そろそろ引っ叩きたくなってきたがな。
「治安が良いとは言っても、ここは迷宮都市だ。その特色から荒くれも多く集まるし、嬢ちゃん達の身の安全も考慮してやらねぇといかんぞ」
さすが、見惚れていたヤツが言うと説得力あるわ。
思うだけで口には出さないけどね。
「ええ。まぁ、それに関しては大丈夫だと思いますよ」
後ろで姦しく騒いでいる四姉妹の声が聞こえる中で、俺はそう返した。
ウサギだと思って油断していたら実はライオンでした、というオチが待っているらしいからな。
普通の人間と一個軍隊を戦わせてみたところで、どちらが勝つかは自明の理というやつだろう。
「そうか。君の話を聞く限り、嬢ちゃん達も強いらしいな。目的も考えると、身分証は冒険者ギルドで発行するといい」
「冒険者……ですか」
「ああ。迷宮に潜って金を稼ぐなら、一番便利なのが冒険者だからな」
台帳に俺達の情報を書き込んでいる門番が片手間に説明してくれる。
冒険者とは、パーティーを組んでモンスターを倒したり素材を収集してくる他、街中のごみ掃除までやる『何でも屋』の総称らしい。
その仕事柄ゆえに迷宮内で得た素材の売買に関しても融通が利くので、俺達が職を得るとしたら冒険者が最適とのことだ。
「冒険者になる為にはギルドに登録する必要があるんだよ。だから、身分証の交換も考えて、都市に入ったらそこへ行くといい」
「分かりました。情報、ありがとうございます」
「ああ、気にするな。っと、これで手続きは終わりだ。迷宮都市レガル、楽しんでいってくれ」
台帳に俺達のことを書き込み終わった門番が、街壁に開けられた通路を示す。
彼に一礼をすると、俺は迷宮都市の中へと足を踏み入れていった。
「だ、か、ら! スコーンにはブルーベリーソースが至高なのよ!」
「ん~、わたしはリンゴのコンポート乗せが好きかな~」
「いやいや、クリームをたっぷり付けたものこそがだな」
「……チーズがいい」
「お前ら置いて行くぞゴラァ!!」
はぁ……。
先が思いやられる。
交流ツリー
===========================================
【表情七変化】
RANK:C
前提スキル:初級交渉術、ポーカーフェイス
表情を自由自在に操ることができるようになる。顔面の骨格が変化することはない
===========================================
【地獄耳】
RANK:C
前提スキル:初級料理人、忍者の心得、聞き耳[+3]
噂話に身命を賭ける主婦達が自然と体得する技。可聴音量が200%増加する。
===========================================