チート判明
「比類なき力……ですか?」
その言葉で厨二病の欠片がひょっこりと出てきたのを感じ、躍り出しそうな心を必死に押し留める。
厨二病の極致である異世界が出てきた時点で、この抵抗は無意味かもしれないけどな。
「そうです。そして、妾はその力を開花させる術を持っているのです」
国王はそう言うと、俺を手招きする。
彼女に誘われ、俺は国王のすぐ傍まで歩いて行った。
すると、国王が俺の額に手を当て、何かの呪文らしき一説を唱え始める。
『火の精霊よ、水の精霊よ、草の精霊よ、空の精霊よ、土の精霊よ、光の精霊よ、闇の精霊よ。この者に秘められた能力を開花させるべく、汝らの手を望む。我が願いに集いて万象を紐解き、思うがままに現実を歪曲せん』
彼女の言葉につられたかのように、どこからともなく光の粒が額の手に集まり始める。
その色は多種多様で、真っ白なものもあれば真っ黒なものもある。
詠唱の内容からして、これが精霊なのだろうか。
『スキル解放』
国王が最後に唱えた言葉で、俺の視界に何かが移りこんだ。
それは、まるでここがゲームの世界になったかのような光景だった。
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SYSTEM:アクティビティ「メニューバー」がアンロックされました
SYSTEM:アクティビティ「ステータスウィンドウ」がアンロックされました
SYSTEM:アクティビティ「オブジェクトレーダー」がアンロックされました
SYSTEM:アクティビティ「スキルセット」がアンロックされました
SYSTEM:ユニークアビリティ「極限の掌握者」がアンロックされました
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視界の中央に、青くて半透明の板が浮いている。
ゲームで言うならば『ホログラムのウィンドウ』と表せば分かりやすいだろうか。
俺がその光景に驚いている中で、傍にいた国王が荒い息をつきながら問いかけた。
「……どう、でしょうか……これで問題ない、はずですが」
「は、はい。問題ないと思います。あの、それよりも、ソニアさんは大丈夫ですか?」
今の国王は、一言で言えば満身創痍。
玉座に座っていたものの、それでも上半身はふらふらと揺れており、顔にはびっしりと汗が浮かんでいた。
ガルストさんが水差しから淹れた水を飲んでいるが、その唇も青く変色している。
「リュウ殿、これは一時的に魔力が枯渇した状態です。国王陛下は『不休の加護』スキルをお持ちのため、数分も休めば体調が回復なさるでしょう」
何か俺にもできることはないかと尋ねたが、ガルストさんは特に手伝うことも無いとのこと。
うーん。少し時間があることだし、先ほどの解放された能力とやらを確認してみようか。
(今、視界の端に移っているのは……これは、レーダーか?)
クイッと視線だけを右上に向けてみれば、そこにあったのは円形のウィンドウ。
ウィンドウには俺以外で二つの青い点が点滅しており、それらを凝視したところ、『ソニア・トランディア』と『ガルスト・フェメネス』と書かれた別のウィンドウが開く。
これがオブジェクトレーダーの機能か。
なるほど、かなり便利……どころか、ゲームをしている人間にとっては無くてはならないものだろう。内部のキャラクターにとってはチートもいいところだが。
「次はメニューバー。お、出てきた」
今度はメニューバーで、どうやら『メニュー』の言葉に反応して発動する仕組みらしい。
視界の下部に表示されたのは、スキルセットやコンフィグ、ヘルプといった項目だ。アイテムボックスだけ字が薄くなっているのは……今は使えないということだろうか。
中には回想モードなんてのもある。これはギャルゲですか?
「スキルセットを押してみるか……うおっ!?」
スキルセットに触れた途端、視界いっぱいに広がる樹形図。
ウィンドウの広さは視界360度を埋め尽くすレベルで、床以外の周囲を円形に取り囲むようにして、まるで蟻の巣のように分岐していた。
一応半透明のウィンドウなので周囲はボンヤリと見えるが、その視界は決して良好とはいえない。
「リュウ殿! どうなされたか!?」
俺がいきなり叫んだことで、ガルストさんが心配そうな声が聞こえてきた。
玉座に座った国王の視線も感じる。
「ご、ごめんなさい。別に、何か大変なことがあったわけじゃ無いんですよ」
俺は二人(がいるだろう方向に)に謝る。
どうやら、二人にはこのウィンドウが見えていないようだ。
国王から少し距離をとり、改めてスキルセットを見回す。
このアクティビティは、文字通りスキルを習得していくものらしい。
一番上にあるスキルが薄く光っているものの、その下に延びるスキルの枝は暗いままだ。
前提スキルを習得しなければ、続くスキルを取得できないのだろう。
ネットゲームでは俗に『スキルツリー方式』と呼ばれているタイプだ。
(でも、これスキルツリーの意味が無いんじゃね……?)
内心で突っ込んでしまう俺。
この方式を完全に無意味にする『モノ』に気付いてしまったのだ。
自分の足元に【スキルポイント:INFINITE】と書かれたウィンドウが浮いていることに。
これがユニークアビリティ『極限の掌握者』の効果らしい。
ネットゲームにおいて、スキルツリー式とは基本的に一点特化仕様にするためのものだ。
スキルツリーで全部を均等に上げてしまうと、レベルアップや能力強化がきつくなってくる後半で伸び悩んでしまう。
特に強力なスキルは、多くの前提スキルを使用する最下層に設定されていることが多い。
故に、何か一つを最大強化した場合は、必然的にその近辺の能力を上げていかなければ使い物にならないツリーが出来上がってしまうのだ。
ままならないポイントをどの能力に振っていくか。それがスキルツリー式の醍醐味と言えるだろう。
しかし。
そのゲームバランスを、『極限の掌握者』は容易く破壊してしまう。
なにせ、どの系統の能力も100%の力を発揮することができるのだから。
「と、とりあえず振っていくか……」
本来は順序を踏んで振っていくのだろうなと思いつつ、俺はツリーの浅い階層に触れていく。
周囲を見渡して、まず目に付いたのは以下の2つだ。
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【体力増加】
RANK:F
体力上限を一段階上昇させる。スキルポイントを1追加するごとに20上昇。
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【魔力増加】
RANK:E
魔力上限を一段階上昇させる。スキルポイントを1追加するごとに5上昇。
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「……まんまゲームの解説だな」
ここまでくれば大体分かるが、一応確認しとくべきか。
俺は一度スキルセットを閉じ、メインメニューのヘルプを呼び出す。
(普通はヘルプを使うまでも無いんだけど……用心に越したことは無いよな)
ヘルプのウィンドウをスクロールし、かなりの数ある項目(大半は???だったが)から『体力』を見つけ出して選択する。
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体力は、その個体の持つ生命力を表します。
怪我をしたり毒を受けることで減少し、傷の療養か治癒魔法、回復薬よって回復します。体力が低い場合、めまいなどの状態異常が発生する可能性があります。
激しい運動や体術スキルを使用した際、一時的に体力が消費されますが時間経過によって回復します。回復値が体力消費量を上回ることはありません。
体力の最大値はスキルの習得や増強薬の使用、支援魔法によって上昇します。四肢の欠損などが発生した場合、体力の最大値が減少します。
体力が0になると死亡状態になり、その個体は完全に機能を停止します。致命傷になるような攻撃(頭部や胴体の切断など)を受けた場合、体力の如何にかかわらず死亡状態となります。死亡状態は基本的に回復することが出来ません。
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予想通りといえば予想通りの内容だ。
持久力も兼任しているらしいが、言われてみれば現実の体力と言うものは大体持久力をさすものだ。
そして問題は、死亡のくだり。
(致命傷で体力の如何にかかわらず死亡ということは、つまり即死攻撃アリって事か)
まぁゲームでよく『盗賊に斬られた。体力に100のダメージ』などとあるが、普通に考えたら斬られた時点で死ぬだろうからな。予想に違わぬ文章で安心したと言うべきだろうか、それとも即死アリで不安になったと言うべきだろうか。
死の恐怖が浮かんでこないのは、現実味の無い話だからかもしれない。実際に体力が0になるようなことになれば……そのときに考えよう。死なんてのは、医療技術や延命治療が発達した現代日本から最もかけ離れたものなのだ。今悩んでも仕方がない。
溜息をつきながらウィンドウを閉じ、今度は体力のすぐ傍にあった魔力の説明を選択する。
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魔力は、精神エネルギーの貯蔵量を表します。
魔法スキルの発動によって消費され、時間経過や魔薬によって回復します。魔力が低い場合、状態異常に陥る確率が上昇します。
魔力の最大値はスキルの習得や神水の使用、支援魔法によって上昇します。吸精などの特殊攻撃を受けた場合、魔力の最大値が一時的に減少します。
魔力が0になると気絶し、少しの間行動不能になります。気絶状態は時間経過でのみ回復します。
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魔力の説明も、予想したのとほぼ変わらない。
魔法を使う際に消費され、枯渇すると一時的に気絶する。
ソニア国王がへばっているのも魔力枯渇のせいらしいが、彼女は気絶していない。おそらくガルストさんの言った『不休の加護』というスキルが関係しているのだろう。
本来の気絶時間が見られないのは痛いが……。
(まぁ、それは後々考えていけばいいか)
必要最低限の情報は分かったので、ヘルプを閉じる。
再びスキルセットウィンドウを開き、スキルポイントを……とりあえず20ずつ使ってみようか。
俺が『体力増加』と『魔力増加』に触れるとポップアップウィンドウが出たので、20になるまで+ボタンをポチポチと動かす。
最後にYESを押すと、先ほどのようにウィンドウが出て情報が更新された。
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SKILL:『体力増加[+20]』を習得しました。現在の体力80/480
SKILL:『魔力増加[+20]』を習得しました。現在の魔力50/150
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どうやら俺の初期体力は80、初期魔力は50だったらしい。
中途半端な数値だ。高いのか低いのかも分からない。
(いや、今となっては別にどうでもいいことだな……)
そう考え、次は魔力の下に伸びるツリーへと目を移す。
「覚えられる魔法は……基本の五行属性と、他に補助系魔法か」
魔力の下には火炎や雷撃などの基本らしき魔法から、時空間や召喚といった難易度の高そうな魔法が並んでいる。
それぞれの魔法ツリーにも派生があり、浅い階層では初級魔法師、深い階層にもなるとフレイムマスターやディメンションブレイカーなどの文字が躍る。
(……いざとなったときに余裕があるか分からないし、時間があるときには振っておこう)
どうせスキルポイントは使い放題なんだからな。
とりあえず魔法のスキルツリーを習得していこう。
全部振ってしまうと一時間以上かかるほどの量なので、今は最低限のものだけでいい。
「……ん?」
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【詠唱省略 (無属性)】
RANK:B
前提スキル:上級魔法師、魔法威力3%上昇Ⅱ[+5]
消費魔力:特殊(Active)
魔法を行使する際に2.0倍の魔力を消費することによって、術式詠唱を省略することができる。
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異世界チートにありがちなスキルを見つけてしまった。
長々と厨二病っぽい呪文詠唱なんてしてられないので、当然習得だ。
(魔法ツリーはこんなもんかな。……次は体力ツリーか)
体力増強スキルの下に目を移すと、こちらには格闘家や剣士といった近接格闘用のツリーが伸びている。
これも最低限のものだけで良いだろう。
ポチポチと地道にスキルポイントを振っていく。
「お!」
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【アイテムボックス】
RANK:S
前提スキル:-
異次元に物体を収納して自由に取り出すことができる。スキルポイントを追加するごとに収納可能な種類が増加する。
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思わず声が出てしまうほどの逸品を見つけてしまった。
こいつだけ離れ小島のような隅っこにあったので、危うく見過ごすところだったよ。
とりあえず30ポイントほど振っておこう。
一つ前の画面であるメニューに戻ってみると、無事にアイテムボックスの文字が点灯している。これで持ち物管理が楽になるのだろう。
そうしてあらかた基本的なスキルを振り終わったところで、国王の声がウィンドウの向こうから聞こえてくる。
どうやら体調が回復したらしい。
「ふぅ……情けないところを見せてしまいましたね」
「いえ。これほどの能力をありがとうございます」
俺はウィンドウを閉じると、国王に近寄りながら笑顔で返礼する。
隣にいるガルストさんも、良いスキルが手に入ったと分かったのか満足そうに頷いていた。
「それで、どのようなユニークスキルを手に入れたのですか?」
ありゃ?
もしかして、能力開花はさせるが本人以外は分からないタイプの魔法だったのだろうか。
「俺が習得した固有は……『極限の掌握者』だけですね」
スキルではないが、固有とついているのはコレしかないな。
「ほう、初めて聞くタイプのスキルですね。ガルストは知っていますか?」
「いえ。私も聞いたことがありません」
どうやら未知のものらしい。
まぁ、固有と言うくらいなのだから、前例が無いのが普通か。
もしかしたら名前から類推することができるのかもしれないが、今回はそれも無理だったようだ。
「固有は一つなんですけど、アクティビティが4つほど開放されましたね」
ユニークアビリティ『極限の掌握者』を説明するためには、まずスキルセットとメインメニューを話さないとな。
しかし、説明が進めば進むほど、国王とガルストさんの顔から表情が消えていくのは何故だろう。
「そ、それは……本当なのですか……?」
彼女の声が震えている。
国王の上に表示されるステータスウィンドウを見る限り、魔力枯渇からは回復しているんだが『恐慌』状態になっている。
そんなにヤバい能力だったのだろうか。
「まぁ、自分でもチートじみた能力だと思うんですけど……」
ん、待てよ?
他人に見えないウィンドウだが、もしかするかもしれない。
思いついたことを確認するために、視界端に見えていたコンフィグに触れる。
(予想が当たっていれば、この中に…………あった!)
ゲームでは音量や明るさ、操作方法を設定するのがコンフィグだ。
予想通り、そこには【他者からのウィンドウ可視化】の項目があった。
今はアクティベートされていないので、これを有効にすれば見えるようになるはずだ。
「こうすればいいですか?」
ウィンドウを可視化した状態でスキルセットを開くと、国王とガルストさんの目が驚愕に見開かれた。
まるで信じられないものを見たかのように目を白黒させている。
「こ、これは、ディメンションブレイカー!? こらちにはファイアラグナ……ああ、魔力転換まで!」
「絶技・無双脚に、剣技・破軍斬か。剣士なら是非とも習得したいスキルですな」
俺の周囲を歩きながら、二人がスキルを見て顔を青くしたり赤くしたりしている。
あ、国王のステータスが『混乱』になった。ガルストさんのステータスは『気分高揚』だ。
そのまま数分ほどして満足したのか、国王が正気を取り戻した。
顔を赤くしながら咳払いを一つすると、玉座に座って目を覆う。
今度は『疲労』状態だ。国王も大変らしい。
「どうやら、妾はとんでもない人材を呼び起こしてしまったようですね。歴代勇者ですら、多くてもユニークスキル三つが限度だというのに、その上位互換とは……」
「そうですな。陛下の慧眼、まことに素晴らしいものかと」
「お世辞はやめてください」
はっはっはと笑いながら、ガルストさんが国王を称える。
国王本人は額に手を当てて溜息をついているが。
顔も知らないお父さんお母さんや。
俺はどうやら、とんでもない野郎だったみたいです。