国王謁見
目の前に広がる景色に、俺は感嘆の声が漏れた。
「こ、これは……すごいな」
眼下に見えるのがただの城下町なら、ここまでの声は出なかっただろう。
元々は、高層ビルやスカイツリーなどの高高度建造物がある地球に住んでいたのだ。
しかし、異世界の城は空の上にあった。
下に広がるは広大な大地。
山や谷が散在しており、その周囲にぽつぽつと小さな建物が見える。
そこでは人が暮らし、町や農村を形成しているのだろう。
今いる場所があまりにも高すぎるので、人間の姿は視認すらできない。
「これが、私どもの城に守衛がいない理由です。国王陛下や王女殿下が城下に降りる際、その護衛隊程度で問題ないのです」
城の敷地、大地が削れて途切れたようになっている場所から見下ろす俺。
その後ろから、俺を案内してくれた人が説明する。
なんでも、城砦の守りが薄いと考えた初代王女が、この城と敷地に浮遊魔法をかけたらしい。
異世界版ラ○ュタみたいなものか。
「これはマジで驚いたよ」
俺は驚愕を露にすると、敷地に沿って存在する虹色の壁に触れる。
向こうが透けて見えるほどに薄いこれは『精霊結界』というもので、球状に城を守る形で展開されているとのこと。
薄い酸素や気温を暮らしやすい程度に引き上げる能力を持っているほか、当然ながら城壁としての機能も持つ。
曰く、ドラゴンのブレス程度なら防ぎきるらしい。やっぱりいるのかドラゴン。
「城下も見学されたようですし、正門へ向かいましょう」
「あ、ああ。すみません、綺麗な光景に見入ってしまって……」
その言葉を受けて、案内してくれる人が朗らかに笑う。
「はっはっは。私もこの城で勤め始めた頃は、リュウ殿と同じ顔をしていましたからな」
そう言って、敷地の外周にある城壁に沿って歩みを進める。
城壁だけでなく城自体も荘厳なもので、まるで外国にでも来たかのように巨大な城だ。
東京ドーム以上の広さはあるんじゃないだろうか。
俺が大きすぎるスケールに圧倒されながら歩くこと数分。
数階建てのビルほどもある正門で出迎えてくれたのは……。
「おっそいわよ、リュウ!」
「リュウ様~、女の子を待たせるのは感心しませんよ~」
「母上との謁見が長引いたのだろう。こちらに召喚されて間もないのだから許してやれ、姉上」
「……ん」
豪奢なドレスから一転。
いかにも冒険者ルックな、質素な革の防具に身を包んだ王女達だった。
□
時は遡り。
四姉妹とのお茶会で状況確認をした後、俺は廊下に連れ出されて謁見の間へと歩いている。
連れ出したのはひときわ強そうな男の衛兵であり、呼び出した当の彼女達は何か用事があるらしい。
長い廊下を、衛兵とともに歩く。
不思議と、今俺を案内している衛兵以外は誰一人としてすれ違わなかった。
(こういう所って、護衛の兵士とか召使いがいっぱいいそうなイメージなんだけどな……)
俺が周囲を見回していることに気付いたらしく、苦笑しながら衛兵が話を振ってくる。
「ここは確かにトランディア王国一の重要拠点ですが、ある一定の要件を満たさなければ他国や暴徒に侵入されることはありません。精霊結界を破れる者など、そうそういないですから」
よく分からないが、ともかく防衛に関しては問題ないらしい。
彼の話によると、メイドや執事も、食堂の時のように用件があるとき以外は姿を見せないとのこと。
空気に徹してこそ一流の召使いなのだそうだ。
「そうなんですか、えーっと……」
「申し遅れました、私の名はガルスト。アリサ王女殿下の近衛騎士隊長です」
「ど、どうも。俺はリュウタロウといいます。リュウって気軽に呼んでください」
「では、リュウ殿と呼ばせていただきます。それと、敬語は不要ですよ」
ガルストさんは強面でがっしりした体格だが、笑うと愛嬌のある顔をしているから不思議だ。
性格も大らかっぽいので、そういう点で部下に慕われて隊長になっているのかもしれない。
「こちらになります、リュウ殿」
彼と話をしている間に謁見の間に到着したらしい。
ガルストさんが扉の前にいる衛兵に一言二言話すと、衛兵の手によって重厚な扉が開かれていく。
「異世界から来たリュウ殿に、陛下は過度な礼儀を求められないでしょう。自然体のままでよろしいかと思われます」
完全に扉が開いて足を踏み入れると、ガルストさんから小声で補足が入る。
その言葉に頷いてから、俺は謁見の間を見渡した。
そこは今までの無骨な石造りと違って、磨きぬかれた光沢を放つ壁。
おそらくは大理石なのだろう。
床には赤い絨毯が敷かれ、それが十数メートル続いた先には大きな玉座があった。
「ようこそ、勇者様。妾はトランディア王国の六代目国王、ソニア・トランディアです」
部屋の中ほどまで進むと、玉座に座っている女性から声がかけられる。
そこにいたのは、綺麗な虹色の長髪と純白のドレスを纏ったスレンダーな女性だ。
その美貌に吸い寄せられ、何気ない拍子に目が合う。
「ッ!?」
それと同時に彼女から無言の圧力が発せられ、息が詰まる。
大理石に亀裂が入ったような音が聞こえ、足元の絨毯がザワザワと波立つ。
生物としての本能が告げた。この人に逆らってはいけない、と。
「女王陛下。具申いたしますが、勇者殿が緊張しておりますので『覇者の威圧』は止めるべきかと……」
「あら、いけませんでしたね。勇者様、ご無礼を」
ガルストさんの言葉に、女王から発せられていた無言の圧力が途絶えた。
緊張していた身体がほぐれ、真空だったかのような空間に酸素が戻ってくる。
(こ、こえええぇ。ちびるかと思った)
鳥肌が立った腕をさすりながら安堵する俺。
小市民の俺に、王様オーラはやばすぎる。
しかし、覇者の威圧って何だろう。ゲームのスキルみたいなもんか?
まぁ、魔法がある世界だし、ゲームでありそうな要素が他にもあるのかもしれない。
「では、改めて。勇者様、トランディア王国へようこそ」
そう言って、女王が先ほどとは別人であるかのように目じりを下げる。
「そして、無理に召喚してしまったこと、まことに申し訳なく思います……」
素直に頭を下げる女王様を見て、俺は思った。
この女王様は少なくとも悪い人ではないらしい。
何よりも、女王の立場にある彼女が簡単に頭を下げて良いわけでないにもかかわらず、こうやって目の前で謝辞の形を取っている。
「召喚陣の魔法によって、元の世界では勇者様が存在しなかったように整合性がとられています。よって、勇者様の失踪が事件になるような事態は起こらないでしょう」
女王が顔を上げて補足をする。
便利だな、召喚陣とやらは。
少なくとも、ゲームで遊ぼうと約束していた友達が騒ぎ立てるってことはないのか。
「それでも、俺は向こうに色々と残してきているんですけどね……」
俺は若干怒気を含ませた声を返す。
いくらお膳立てしてくれていたとしても、納得のいかないところはある。
「勇者様のお怒りも御尤もです。妾自身、もし娘達と離別し異世界に召喚されてしまえば、気の狂うほどの怒りと悲しみに身を任せるでしょう……」
国王は沈痛そうな表情で、されど確固たる意思の光を眼に宿して続ける。
「それでも、妾はトランディア国王。娘達に命じさせ、そなたを勇者として召喚しなければならなかったのです」
難儀なもんだな、王ってのも。
「妾が退位した後であれば怒りをぶつけてもらっても構いません。例えこの命失われるようなことであっても、謹んでお受けいたしましょう。……しかし今は、今だけは。その怒りを静め、なにとぞトランディア王国に協力してはいただけないでしょうか」
そう言って、再び頭を下げる国王。
俺の隣ではガルストさんも跪いていた。
「……はぁ。何はともあれ、帰る手段は無いんですよね?」
「ええ、そうです」
俺はもう一度大きな溜息をつくと、頭をポリポリとかいた。
ま、別に悪意があって召喚したわけじゃ無いんだ。
友達と会えなくなるのは寂しいが、この人たちも国を守るために仕方なかったというわけか。
「分かりました。その件に関しては保留ということで。とりあえず協力することにします」
俺の言葉に、国王が顔を上げる。
その表情は安心したように綻んでいた。
「勇者様、ありがとうございます」
「リュウ殿、私からも感謝を」
ガルストさんが立ち上がるのを見届けてから、俺は再度国王に向き直る。
「それで、俺は何をすれば良いんですか? 話では、アリサ達と結婚しろとかどうとか……」
その言葉に国王が頷く。
「ええ、その通りです。ですが、娘達との結婚の前に、勇者様には三年間の旅に出ていただきます」
再び威厳のある声に戻った国王。
その口から伝えられた言葉に、俺は首をかしげる。
「それは……修行って事ですか?」
異世界召喚されたのに放り出されるパターンよりマシだが、それでも面倒なことに変わりはない。
頬がヒクつく俺を見て、女王が苦笑しながら言葉を続ける。
「そのようなものです。が、その旅には娘達も同行します」
そう言うと、国王が四本の指を立てる。
「目的は四つあります。ひとつ。勇者様と娘達の仲を深めること」
指を一つ曲げながら、国王が告げる。
トランディア王国だけでなく各国を俺と共に旅することで、親交を深める狙いがあるようだ。
「ふたつ。娘達が国の現状を知ること」
国王は二本目の指を折る。
次の目的は、天空の城で暮らす王女が次代に解決すべき問題点を洗い出し、それを自分の目で確認することだそうだ。
まぁ、こんな城で暮らしていたら国民の意見も聞きづらいのだろう。
「みっつ。次期国王になったとき、民への影響力を予め増大させておくこと」
三番目の目的は、身分を隠したまま旅の少女として各地に救いの手を差し伸べることで達成される。
この国では近衛騎士隊以外に王女の顔が知らされておらず、即位した際に初めてそのベールを脱ぐそうだ。
その際に初めて「あの時の旅の女の子!」と素性がばれる。そうなるよう、予め手回ししておくわけだ。
「よっつ。勇者と娘達の戦力を強化すること」
最後は単純に修行の意味。
困難を力を合わせて潜り抜けることで、強大な戦力として育成することにある。
「でも、それだと危険じゃないですか?」
俺と王女が旅をする利点は分かったが、目的をあわせて考えると危険な面も出てくる。
簡単に言えば、これは正体を隠して各地の荒事に首を突っ込むのが目的だ。
つまり、次代の国王がわざわざ危険に身を晒すってことでもある。
「それは問題ないでしょう。娘達は、それぞれが一国の軍隊に匹敵するほどの力量揃い。国王が言うのもなんですが、娘達がいれば、この城は精霊結界や近衛兵すら必要ないでしょうね」
口元を隠しながら、照れたように笑う国王。
俺の隣にいるガルストさんは、なんとも言いがたい苦笑いだ。
万が一の時は肉壁になる役目が近衛兵なのに、その万が一すら起こりえないと言われているのだから仕方ないだろう。
「あの女の子が一軍に匹敵、ですか。人は見た目に寄らないものですね」
「うふふ。見た目は可愛らしい女の子でしょう? 妾も親として鼻高々です」
手加減してくれたのだろうが、そんなワンマンアーミーに殴り飛ばされてよく原形留めていたな、俺よ。
「一応、娘達にはある程度力を抑えて旅をしてもらうつもりです。もっとも、生死がかかっているときは別ですが」
過去の国王には、この旅の最中に軍に就いて手加減や戦術を学んだ人もいたらしい。
また、そもそも手加減どころか王女をもってしても適わないほどの強敵も存在するとの事。
たとえば辺境の僻地には軍隊ですら手が及ばないほどのモンスターがいるらしい。
「それに、もし娘達が力及ばず斃れることになっても、それは次代を継ぐに足りなかったというだけです。妾の夫が魔王との戦いで亡くなった今であろうと、その風習は変わりません」
国王は力強く断言する。
ちなみに勇者と対になる魔王のことだが、先代の勇者が倒したことで残り数百年は復活しないらしい。
どうにもフラグ臭い話に聞こえるのは俺だけだろうか。
「そのため、勇者殿にはしっかりと娘達との共闘をお願いしますね。娘が斃れるときこそ、それはこの国の滅びと同等なのですから」
なんとも理不尽な話だ。
「俺、元々は平和な国で暮らす一般人だったんですけど……」
軍隊を蹴散らすような相手に立ち向かえと言われても無理だ。
その言葉を聞いて思い出したのか、国王が心配ないと首を横に振る。
「こちらに召喚された際、勇者様には比類なき力が与えられているはずです。そして妾は、その力を見極める術を持っているのです」