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お茶会

「で、とりあえず状況説明を頼む」


 俺は紅茶をがぶ飲みしながら、いかにも不機嫌ですといった口調で口を開いた。

 

 せっかく高校からの帰り道に新作ゲームを買い、アパートまでダッシュして篭ろうと思っていたのだ。

 幸いというか不幸というか俺は孤児だったので、周囲の目を気にせず寝食を忘れて熱中できる。

 なのに、自宅の玄関を開けた瞬間に目もくらむような光に包まれ、気付いたらココなんだから……そりゃ気分も悪くなるよ。


 今いる場所は、魔方陣があった部屋から石造りの廊下を幾分か進んだ先にある食堂のようなところ。

 移動中の廊下には多種多様な絵画と銅像が飾られ、床にはふわっふわの絨毯が敷かれていた。まるで中世ヨーロッパの城みたいだ。

 この食堂も同じようなもので、さらには数十人が同時に食事を摂れるような長いテーブルが置かれており、周囲にメイドさんがズラリと並んでいた。リアルメイドなんて初めて見たな。


「あら、そんなに召使いが珍しい? なんなら10人や20人くらい、事が終わればあんた専属にしてあげるわ。みんな優秀だから、身の回りから夜のお世話まで思いのままよ」


 所狭しと料理を並べている長テーブルの上座(王様が座るような豪華な椅子つき)に座らされた俺が、周りのメイドさんを見ていることに気付いたらしい。

 いかにも生意気そうな表情をしたツインテール少女が、紅茶の香りを楽しみながら意味深な目線を送ってくる。

 内心では欲しいけど、こいつの表情がイラッとくるので拒否だ拒否。

 

「別にいらん。あと、その分かってますよ男の子だもんね的な視線をやめろ」


 そう言って俺がティーカップを置くと、今度はツインテールの対面から声が飛んでくる。


「そんな乱暴な言葉遣いしちゃメッですよ~。また叩かれたいのですか~? ドMなのですか~?」


 そこに座っていたのは金髪ほんわかお姉さん。

 皿に盛られたサンドイッチを上品に口へと運んでいた。


「んなわけあるか」


 俺は痛む腹をさすりながら、口をへの字に曲げる。

 彼女の話す叩かれたいというのは、俺がドMで、金髪さんの足元に膝まづいて「この豚を殴ってくださいぶひぃ」と懇願したわけではない。断じてない。いや叩いてくださいとは言ったんだがな。

 

 廊下を歩いている最中、これが夢なら覚めてくれと現実逃避気味に頬へ一発頼んだんだよ。

 そしたら金髪さんの全力ビンタで吹っ飛び、飛んでいった先の黒髪ポニテさんに裏拳で殴られ、隣にいたツインテの一本背負いで投げられ、トドメに魔法少女が倒れた俺の腹へボディプレスしやがった。

 普段からある程度鍛えていたから耐えられたものの、こいつらの性別が違っていたら張り倒していたところだ。

 おかげで今が夢じゃないってのは分かったけどな。


「姉上。状況説明以前に私達は名乗ってすらいないぞ」

「……そう」


 金髪巨乳さんの隣に座っていた黒髪ポニテさんが、クリープをたっぷりとつけたスコーン、というよりクリームのスコーン乗せを口に運びながらのたまう。非常に甘そうだ。

 その対面で返事をしたのは、クッキーをノーウェイトでポリポリとかじる魔法少女。


「そうだったわね。じゃあ自己紹介から行きましょ」


 そう言って立ち上がったのはツインテ。

 何となくコイツに『さん』を付けるのは嫌だから付けない。


「あたしはアリサ・セルヴィ・トランディア。トランディア王国第一王女よ!」


 ツインテ改め、アリサが胸を張って宣言する。

 金髪ロングさんと黒髪ポニテさんより背が低いのに、これでも一番年長らしい。

 どうにもお姉さんぶろうとしているように見えるのは、俺の気のせいなのだろうか。


「……ん? トランディア王国?」


 少なくとも気のせいではなかった単語に、俺は眉を寄せた。

 地球上にそんな国は無かったはずだ。


「そう、今私たちがいるこの国がトランディア王国よ。ま、これは後々説明するわ」


 そう言うと、アリサは金髪巨乳さんを横目で見やる。


「はいは~い。わたしはシェリス・ラス・トランディアですね~。これでも、トランディア王国第二王女ですよ~」


 ほわほわしながら、シェリスさんが名乗った。

 立ち上がった拍子に圧倒的な胸部が揺さぶられ、たゆんたゆんと幻聴が聞こえてきそうなそれに目が釘付けになる。 


「私の名はツバキ・フォン・トランディア。トランディア王国第三王女だ。……勇者殿よ。そのような視線は、いささかどうかと思うが」

「あっ、はい。すいません」


 さすがに巨乳ロックオンは気付かれたらしく、黒髪ポニテ……ツバキさんからお叱りのお言葉が。

 これは完全に俺が悪いので、素直にシェリスさんへ頭を下げよう。

 本人は「うふふ」と笑ってくれているのだが、いいのだろうか。


「……ベルントーラ・オリエ・トランディア。第四王女。ベルンでいい」


 そして魔法少女ベルントーラ……ベルンから向けられるのは、先ほどよりも冷たくなったジト目。

 幾分か、周囲の温度までもが下がったような気がする。

 うん、さすがに気まずいので強引に話を進めよう。


「アリサにシェリスさん、ツバキさんにベルンだな。覚えた覚えた」

「な、なんであたしとベルンだけ呼び捨てなのかしら」

「……身体的特徴で判断された。差別反対」


 ぎりぎりと歯軋りをするアリサとベルン。

 そこに深く突っ込まれる前に俺も自己紹介といきますか。


「俺は士道龍太郎、高校二年の17歳。……えーっと、そっちみたいに言い換えるとリュウタロウ・シドウってところかな。俺の友達は、よくリュウって呼んでるよ」

「へぇ~、リュウ様ですか~。アリサ姉様と同い年ですね~」


 ちなみに、ベルンが最年少の14歳で、ツバキさんとシェリスさんが16歳、アリサが17歳らしい。16歳組は年上に見えたけど、俺より年下だったのか。

 ほんわほんわと頷いているシェリスさんの隣で、何かに気付いたようにツバキさんが面を上げる。

 その拍子に、彼女の椅子に立てかけてある剣が金属質な音をたてた。


「苗字があるということは、リュウ殿は貴族なのか?」

「貴族?」


 ツバキさんの言葉に首をひねる俺。

 貴族って……物語とかで傲慢なイメージを持たれて圧政を強いるようなアレのことだろうか。

 それとも、現代でも英国で行われる偉人のような扱いなのだろうか。


「ああ、なるほどね。きっと、リュウの世界では貴族といった制度が無いんでしょうね」


 ケーキを咀嚼しながら、アリサが軽く言う。


「トランディア王国は、その名の通り王制。貴族は、王の下で細かい地域を統治したりする官僚みたいなものよ。苗字があるのは貴族か王族だけね。リュウの国ではどうだったの?」

「特にそういう決まりとかは無いが……。とりあえず、全員が苗字と名前を持っているな」


 アリサの説明を聞く限り、貴族の役割は俺の知っている物語にあるようなものと大差ない。

 傲慢かどうかは知らないけどな。

 

「へぇ、私達とは違うのね。そういえば、その服も珍しいわね。貴族が着る服どころか、あたしの着ているドレスよりも数倍は格上の品よ?」

「ん。あー、学生服か」


 どうやら学生服のブレザーやシャツ、ズボンが珍しいようだ。

 全員がマジマジと俺を視姦してくる。やめろ。俺に見られて興奮する趣味は無い。

 

「って、そんなことはどうでもいいのよ!」


 自分で話題を振った割りに、どうでもいいのかよ。

 視線を紛らわせようとして摘んだクッキーを、危うく取り落としそうになる。


「リュウが一番知りたいのは、自分が何故ここにいるかってことでしょう?」

「あ、ああ。そうだ」


 話が分かるのは助かるが、できればそれを一番最初にやって欲しかったな。

 ともかく、その後に聞いたアリサの話を簡単にまとめてみよう。


 地球とは異なる世界にある、このトランディア王国。

 国王は代々女性が勤め、かつ後継者も女性しか生まれないらしい。

 その風習として、一番下の姉妹が確実に子どもを宿せるようになったとき、魔法陣を使って異世界から勇者を召喚するそうだ。

 呼び出された者は尋常ならざる力を与えられ、王女を懐妊させることのできる唯一の存在となる。

 そうして常に強力な血を王家に取り込み続けたとのことだ。


 つまり。


(あれかー。異世界召喚ってやつかー)


 現実逃避をするようにすすった紅茶の味は、先程よりも苦々しい。

 つい数年前まで罹患していた厨二病の残滓が、心の隅で「呼んだかい?」って顔を出した感じだ。

 いや、別に悪いわけじゃないんだよ?

 昔はこういうのを妄想したし、実際になったらいいなって思いながら寝たこともある。


 けど、実際に起こると「ないわー」って気持ちのほうが上だ。

 基本的に創作物の異世界は日本と比べて命が軽い傾向にあり、それは平和な国で暮らす俺たちには厳しいことだろう。

 異世界召喚されたはいいが草原の真っ只中に放り出され、あわや死にかける……といったパターンも珍しくない。


「一応聞いておくけど……これ元の世界に戻れたりするのか?」


 溜め息をつきながらアリサに問いかける。

 その言葉を受けて、彼女はニッコリと笑いながら、


「無理ね」


 即答した。遠慮のかけらもない声で。

 デスヨネー。こういうのは異世界転移モノの基本ですからネー。


「事が終わった暁には、ちゃんと衣食住は国賓扱いで保障します~」

「こちらが無理に連れてこさせたのだ。基本的に不自由することはないと思っていい」


 シェリスさんが補足すると、ツバキさんが男前な仕草で肩をすくめる。

 まぁ、確かに、豪華な食べ物に広い生活空間。それと使用人の数を見ても圧倒的だ。話を聞く限りここは王城なのだから、異世界における生活レベルはトップクラスだろう。

 シェリスさんの『事が終わった暁』というワードが気になるけどさ。


「……リュウさん、ベルンと結婚するのは不満?」

「うっ。い、いや、そういうわけじゃ」


 ベルンが魔女っ子帽子の下からジト目で見上げてくる。

 まぁ、確かに、この子達は揃いも揃ってかなり可愛い。

 

 元気いっぱいの生意気系美少女であるアリサ。

 ほわほわした金髪巨乳美女のシェリスさん。

 黒髪ポニーテールの怜悧な美女ツバキさん。

 ジト目と無表情が特徴的な美少女のベルン。

 

 全員が全員、日本にいたらトップアイドルになれるような容姿を持つ女の子達。

 それが無条件であなたの嫁なので子作りオネシャス!と言われたら、思わず食いついてしまうほどには魅力的だ。


 しかし、それでも。


(今日買ったゲームを一緒にやろうって、あいつと約束してたのになぁ。突然いなくなったら心配してるかもな……)


 向こうに残してきたモノも多いわけで。




 顔も知らないお父さんお母さんや。

 俺は大変なことに巻き込まれたようです。


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