1話
都市部から離れた郊外にそれはあった。
張り巡らされたフェンスの中の建物は一見学校の様に見えるが、その奥にある広大な敷地がただの学校で無い事を物語っていた。
ルーン魔術学院。
それがこの施設の名前だ。
文字通り魔術を教える学院である。
かつては絶大な力を誇り権力を欲しいままにした魔術も、科学が発達するにつれてその勢力を縮小していった。
まだまだ影響力はあるものの、科学に逆転されるのはそう遠い未来では無いというのが世の中の意見である。
その校舎内のとある部屋に、2人の人物がいた。
「今回は単独で潜入、目標に接触しデータを回収しろ」
スーツの上から白衣を羽織った人物が言った。
見た目は女医だが、発する雰囲気はもっと鋭い。まるで軍人だ。
「随分と急な話ですね、稲葉先生」
学ランに身を包んだ少年が答える。
やれやれといった表情を浮かべている。
「物事がこっちの都合に合わせて発生してくれるか? 草壁?」
「ま、そうですね。了解しました」
どうせ拒否は出来ないのだ。
少年――草壁総一郎――は渋々敬礼した。
「よろしい。作戦開始は30分後だ。すぐに準備しろ」
「期待に添える様に努力しますよ」
「あぁ、努力はしなくていい。結果を出してくれれば十分だ」
――そうかよ
総一郎は心の中で毒づいた。
この女狐はいつもそうだった。
「そう嫌そうな顔をするな」
稲葉冴子は苦笑した。
自分に対してこうまであからさまに不満を顔に出す人間は、少なくともここには居ない。
「今回は楽な任務だ。侵入ルートも設備のパスも既にある。行って取って帰ってくるだけだ」
言いながらカードキーを差し出した。
「それにお前なら、何があっても臨機応変に対応してくれると信じてるよ」
「……って話だったよな? 稲葉センセ」
総一朗は物陰に転がり込むと、殺到する銃弾の音を聞きながら悪態を付いた。
目標の施設は人里離れた山奥にあった。
見た目は大きめの倉庫群だが上手くカモフラージュされており、疑って探さなければ間違いなく存在に気付かないだろう。
気付かれない程度に近くまで学園の車で送ってもらい、指定されたルートで施設に近付いた。
そこまでは楽な任務だった。
無い筈のモーションセンサーに引っかかるまでは。
まさか騙されたのか?
そう思ったが、あの女狐がそんなヘマをするとは考えられない。
と、なると……。
『臨機応変に対応してくれると……』
「そういう事かよ、女狐め」
辺りに銃声が木霊する。
総一朗が身を隠す物陰に無数の弾丸が飛来する。
警備員、と呼ぶにはあまりにも物騒な装備を持った人間が、雲霞の如く次々と押し寄せて来ていた。
しかし、総一郎の着用している装甲服にはレベル3クラスの防弾魔術が施してある。
通常弾では傷付ける事は不可能だ。
「バズーカでも無ければ問題ないな」
様子を伺いながら呟いたのがフラグになったのか――
「RPG!?」
敵からロケット弾が発射された。
「嘘だろっ!」
あと少し回避が遅れていたら危なかった。
「あっぶねぇっ!」
巻き上がった粉塵に紛れ、先を急ぐ。
これ程までに警備が厳重なのは明らかに異常だった。
多勢に無勢、極力戦闘は避け目的地を目指す。
こうなると事前に聞いていた情報は当てにならないが、それしか頼る物が無いのも事実だった。
一か八かで辿ってみた侵入ルートは生きていたようで、それからは予定通りスムーズに目的地に辿り着いた。
が、敵も馬鹿では無いはず。
そう時間は無いだろう。
「で、例のモノは、と」
いかにもな研究室の真ん中に、これまたいかにもなケースがあった。
円筒形をしていて、スモーク状のガラスのような物で出来ていて中はよく見えない。
「これ、か?」
慎重に近付いて確認する。
確かに間違い無さそうだった。
繋がっている端末を見付けると、素早くデータを呼び出す。
Al Azif
モニターに文字が浮かび上がる。
「当たりだな」
背中に背負った荷物から機材を出すと、素早く接続。
データの吸出しを開始する。
しかし、おかしい。
あれ程警備が厳重だったにも関わらず、何故この部屋には誰も居ないんだ?
それにこの部屋の作りは変だ。
室内はともかく、壁が頑丈に作られ過ぎている。
まるで何かを閉じ込めておく為の様だ。
では何を?
軽い電子音が鳴った。
吸出しは完了した様だ。
後はズラかるだけ……のはずだが、何かが気にかかった。
総一郎は無意識に手を伸ばし、ケースに触れた。
ーーその時。
「何だ!?」
ケースが静かに開き始めた。
中からガス状の気体が吹き出し視界を塞ぐ。
咄嗟に口元を覆ったが、特に害は無さそうだった。
気体がおさまったのを確認し、中を覗いてみると……。
「えっ?」
少女が立っていた。
金色に輝く長い髪。
スラリとした長い手足。
緩やかな曲線を描く胴体。
総一郎は目を奪われた。
その目が薄く開き、総一郎と目が合った瞬間、少女は崩れる様にケースから転がり落ちる。
「危ないっ!」
総一郎は慌てて少女を抱きかかえた。
この出会いが、世界の歯車を狂わせた。
ある人物の狙い通りに。