月夜の下で?後編
深夜。誰もが寝静まり、静寂が支配する時間帯。アルカナ王国内にある森に、1つの人影が動いていた。
何かを探すかのように、キョロキョロと辺りを見渡す人影。なかなか見付からないのか、どんどん森の奥へと向かっていく。
「あんまりそっちいくと、魔獣に襲われるぞ」
突然聞こえてきた声に、人影はあからさまにビクッと飛び上がった。声のした方を見れば、一人の女が木に背中を預けてこちらを見ていた。
月光の下で見る女は、何故か儚く見える。だが言葉使いだけはいつも通りのようだ。
「まさか、夜遊びが好きだなんてね。アレン」
人影ーーアレンは何処からか紙を取り出して何かを書く。
『なぜ分かった?』
アレンの素直な疑問に、ルナはニッコリと笑って見せた。
「実はね、あんたの部屋の床に真新しい土が付いてたのよ。使用人は入れないし、入るのは私ぐらい。だったら床に土をつける事が出来るのは、私かあんたぐらいでしょ?
でも、私は最近土のあるところを歩いた覚えがないから、土を付けたとは考えづらい」
「だからあんたかと思って」と、ルナは言った。話を聞きながら、アレンはあの時かと泥に足を突っ込んだときの事を思い出した。
ルナは木から離れ、アレンの目の前に立つ。
「それで?何を探してるの?」
アレンはしばらく考える素振りを見せた後、紙に再び書く。
『月下草』
「月下草?また随分とマイナーな野草ね」
月下草とは、月がでる晩のみ生える野草だ。月の光がよく当たる場所に生えてる事から、月下草と呼ばれるようになった。
だが、何処にでも生えている訳ではなく、月光が当たる場所、土の質、温度、湿度など様々な条件が揃わないと生えていない。
故に、見付けるのはなかなか難しい。
アレンも3週間も前からあちこち探してはいるが、そろそろ諦めようかと考えていた所だ。ところが、
「んじゃあ、ついといで」
「?」
アレンは不思議そうにルナの顔を見た。ルナはニコッと笑って、右の方を指差す。
「ほら、行くよ」
歩き出すルナに、アレンは言われるがままついていく事にした。
「!」
「ね?大量でしょ?」
しばらく歩き、結構森の中へとやって来た。そこにあったのは、一面に生える月光の光を浴びる白い草。間違いなく月下草だ。
アレンは目を見開いて驚いている。そんな反応に、ルナはクスリッと笑った。
「取らないの?」
背中を押され、アレンは月下草の中に座った。白い草は、風に吹かれてゆらゆらと揺れ、月の光によってきらきらと光っている。
幻想的な光景に、アレンはここが本当に自分の暮らす世界なのかと思った。それほど美しい。
「綺麗ね」
「・・・うん・・・・」
微かに聞こえた返事に、今度はルナが驚いた。
「おぉ、喋った」
「・・・人間だから・・・・喋る」
「まぁそりゃそうだ」
ケラケラ笑い、ルナはアレンの隣に座った。
「月光には魔力がある。その月光を浴びる月下草にも魔力が宿るって言うから、魔力にでもあてられたのかしら?」
「・・・紙に書くの・・・面倒になった・・・それだけ」
「ふーん?」
ルナは仰向けに寝転がった。空を見上げれば、丸い月が暗闇に浮かんでいる。まるで、穴が空いているようだ。
アレンは寝転がっているルナの顔を見た。白い葉に艶やかな黒髪が広がり、月のような金の瞳は空を見つめる。
「んで?月下草を何に使うんだ?」
フッとアレンに視線が向けられ、アレンは思わずぬ目を反らした。別にやましい事などないのに、金の瞳と目を合わせられない。
「別に・・・・」
「月下草か・・・万病の薬を作れるって話を聞いたな」
ピクッとアレンが反応する。
ルナはアレンの素直な反応に、苦笑いを浮かべた。
「あんた、意外に分かりやすよな」
体を起こし、ルナは紙を取り出す。
紙には様々な薬の名前が書かれており、アレンにはその薬の名前に見覚えがあった。
「ある薬屋に入荷された薬だ、どれもかなり調合が難しい。亭主に聞いたらネロという薬剤師が、直接薬屋に持ってきてるんだと」
「・・・・」
「そのネロって薬剤師は・・・あんたね?」
ストレートな質問に、アレンはため息をつく。否定したところできっと調べあげているんだろうと、アレンは思った。
店すら調べてあるのだ、否定したところで無駄だ。
「・・・お父様に報告するのか?」
「え?」
「・・・一国の王子が薬剤師の真似事・・・お父様が許すはずかない」
薬剤師は資格がなければなれない。だが、簡単に作れる傷薬などは素人が薬屋に売ることがたたある。それで僅かなお金を稼いでいる人が多いため、薬屋も黙認して資格があるかどうか確認をしない事が多い。
さらにアレンが作ったのは、調合するのは難しい薬ばかりなのに、出来ばえは完璧。てっきり薬剤師かと思っていた、と亭主は話していた。
しかし、アレンは薬剤師の資格をもっていない。いくら薬屋が黙認していると言っても違法である、王族としてはやってはならないことだ。
アレンは顔を俯かせた。
「・・・なんで陛下に報告するの?」
「・・・は?」
アレンが顔をあげると、ルナは不思議そうな顔をしている。
「あんたの薬見せてもらったけど、どれも完璧なものばかり。効き目も抜群だって店の亭主に聞いたわ。あ、それを報告すればいい?」
「・・・違法だぞ?」
ルナはクスクス笑った。
「ルールってのはね、守らなきゃいけないものも確かにある。だけど、すべてを守らなきゃいけない訳じゃない」
ポンッとアレンの頭に手をのせ、髪をとかすようにルナは優しく撫でた。
「あんたが作った薬で、助かっている人がいる。人助けのためなら、ルールなんて破っていいのよ」
そう言うルナに、アレンは驚きに顔をそめる。予想外の言葉で、なんと返していいか分からないようだ。
「あ、でも陛下には内緒ね。私まで怒られる」
「・・・どうしようかな」
「ちょっ、あんたは叱られて終わりかもしれないけど、私は下手したら処分よ?このクビをスッパン!されるかもしれないのよ?」
「・・・・フッ」
首を手で切る動作をするルナは、漏れた笑い声にそちらを見た。俯いたアレンの肩が、僅かに震えている。
「おいおい、笑い事じゃないっつの」
「だって・・・フフッ」
「たくっ、ほらさっさと月下草集めるよ」
笑うアレンにルナはため息をつきつつ、ポンッと籠を出して月下草を入れていく。アレンも笑いながら、ルナと同じ籠に月下草を集め始めた。
「よし、こんなもん?」
籠いっぱいに入った月下草を持って、ルナは立ち上がった。
「そろそろ帰るか。夜が明けちゃう」
帰ろうと歩き出したが、振り返ってもアレンは座ったままで立ち上がろうとしない。
「?・・・アレン?」
「・・・薬さえ」
プチンッと草を摘み、アレンは目を細めて見つめた。何故か、今にも泣いてしまいそうな顔をしている。
「薬さえあれば・・・」
「・・・お母様は助かった?」
「やっぱり・・・知ってるんだ」
「まぁ、陛下からだいたいは・・・病気だったんでしょ?」
アレンの母親は、アレンが5歳の頃に病気を患った。原因不明の病に医者達は必死に治そうと努力をしたが、結局は治す方法も見付からず。
アレンは弱っていく母親を見ながら、何も出来ない自分に苛立ちを感じた。魔法の天才、神童などと呼ばれても母親一人助けることが出来ない。
なんて、無力なんだろうか。
そんな時、アレンは魔法薬の本を読んだ。もしかしたらと、アレンは材料を集めて様々な魔法薬を作った。しかし、
『アレン様、申し訳ありませんが、それを使うことは出来ません』
『なぜ?』
『病の原因が分からないからです。もし拒絶反応がでたらいけません』
そう言って、アレンの作った薬は使われず、母親は病の原因すらつかめず帰らぬ人に。
アレンは母親の葬式で母親の死体を前に、涙を流しながら思った。
「万の病に効く薬・・・万病薬を作る・・・」
それが、何も出来なかった自分が出来る母親への償い。
初めて、アレンはこの話を他人にした。秘密を知られたからか、それとも本当に月の魔力にやられたのか。
アレンはルナを伺い見た。ルナは顎に手をそえて、何かを考える素振りを見せる。
「ふむ・・・万病薬か・・・」
もちろん、そんな薬は世に出回っていない。月下草だって効く
・・・・・・
かもしれないと言われているだけで、本当に作れるかは定かではない。
普通の者なら無謀と言うだろう。アレンはルナもそう考えていると思って、話したことを後悔した。
「んー・・・難しいな。病の特徴がそれぞれ違うし、その全部に効く薬を作るか・・・あれとあれを組み合わせて・・・いや、駄目だ。腹痛に効かなくなる」
「・・・なんで真剣に考えてる」
あれでもない、これでもないと考えてるルナに、アレンは呆れたようなため息をつく。ルナは顔をアレンの方に向けて笑って見せた。
「当然じゃない。私はあんたの教育係だから」
「?」
ルナは空に浮かぶ月を見た。
「月が夜道を照らし旅人を助けるように、教育者は生徒を手助けするのが役目・・・って、昔の恩師に言われたわ」
月を見つめる横顔が、何処か懐かしそうに見える。
「だから、あんたがやりたいと言うなら、教育係である私は協力するに決まってるでしょ」
籠にある月下草を手に取り、どう調合するか考えて出すルナ。アレンは呆気にとられて呆然としていたが、すぐにもとの表情に戻り、今日何度目かのため息を吐き出した。
「よく言う・・・教育係の風上にもおけないくせに・・・」
「おいコラ、それは言い過ぎだろ」
「教育係なのに・・・生徒を駄目にするタイプ・・・」
「そこまで?」
眉間にシワをよせアレンを見れば、ニコッと頬を緩ませた。
「でも・・・僕はそれでいいと・・・思う」
キョトンと、ルナは思わず口を開けたが、呆れたような顔をした。
「やれやれ、確かに生徒を駄目にするタイプらしい・・・まぁいいか」
ルナは踵を返すと、再び歩き出す。
「ほら、帰るぞ。明日から魔法薬の勉強もするか」
「・・・うん」
「あ、だからって他の科目を怠るつもりはないぞ」
「・・・わかった・・・」
ルナの隣を歩きながら、アレンは何年振りかの会話を楽しんだ。
アレンメインの話
遅れたー!(泣)
1日1ページの目標が・・・すみません