月夜の下で?前編
長くなりそうだったので、前編と後編に分けました。
アルカナ王国の第2王子、アレン・アルカナは幼い頃から魔法の天才と言われていた。
魔力がある者が少ないアルカナ王国では珍しく、魔力の量も質も歴代の魔術師団団長と比べても郡を抜いている。
しかし、そんな天才と言われ己も魔法には自信があったアレンだったが、その自信も今まさに打ち砕かれそうになっていた。
「おーい!アレン・アルカナ!」
今日も聞こえてくる女の声に、アレンは部屋の隅に縮こまった。そして、姿が消える魔法を行使して息を潜める。
次の瞬間に扉は真っ二つに割れた。というより、斬られたと言った方が正しいかもしれない。鋭利な刃物に斬られたような扉から、一人の女が顔を出した。
ついこの間、アレンの教育係になったルナという女だ。認めたくはないが、魔法の腕はアレンよりも上で、次々と己の魔法が破られていく。
今回も今までよりも協力な結界をはったはずなのに、アッサリと破られてしまった。
しばらく部屋の中を見回したルナは、真っ直ぐアレンのもとへと来て襟首を掴み上げた。
猫のように体を持ち上げたアレンに、ルナはニッコリと笑いかけた。
「今日の結界は56点。まだまだ魔力の練りがあまい」
結界の出来を評価されている間に、アレンはルナの背後にある壁にかかれた魔方陣を発動させた。魔方陣から太い針のような物か飛び出て、ルナへと向かっていく。
だが、ルナは後ろを振り向くことなく、指をパチンッと鳴らしただけで針は灰になり空中に舞った。
「魔方陣は82点。発動までの時間に威力も上出来」
床にアレンを下ろし、ルナは魔方陣を見ながら言う。アレンはただ、不服そうに顔を背けた。
いくら点数が高くても、結局は解除されてしまう。
魔法の解除は簡単に出来るものではない。魔法の解除は、その魔力と同等の魔力をぶつける事で相殺し解除できる。
魔力の量が少しでも多くても少なくても魔力同士が反発し合い、結局は最悪な事態になってしまう。
それほど繊細な技術に、魔力量を瞬時に判断するのは並みの魔術師には真似できない。
「?・・・どうした、人の顔をジーッと見て。なんか付いてる?」
自分の顔をジッと見つめてくるアレンに、首を傾げて見せる。見つめると言うより、睨み付けていると言った方が正確だが。
「あ、そんなことより、勉強やった?」
そう言われて、アレンは机の上を指差した。見れば、十枚ほどの紙が置かれている。
それを手に取り、中身を見てルナは満足そうに笑った。
「上出来上出来、あんたは素直に勉強してくれるから助かる。じゃあこれ、今日の分ね」
毎日置いていく問題だけが書かれた紙を、ルナは机に置いた。
正直、アレンはこの問題集を楽しみにしている。
今までの教育係が作る問題など、どれも似たり寄ったりで味気ない。しかし、ルナの作る問題は一風変わっていて、特に魔法学についてはアレンが頭を捻るほど。
「んじゃあね。また明日」
そう言って、ルナはいつも通り手をふりながら部屋を出ていった。
アレンはルナが持ってきた問題集を真剣な眼差しで見た後、扉に視線を向けた。
今日も何事もなかったかのように、綺麗にくっついている扉。
ルナはアレンに問題をやらせるだけで、あとは何もしてこない。無理矢理部屋から連れ出そうともしないし、教えるという行為すらしない。
アレンはもともと、
・・・・
ある研究のために部屋に籠りがちになった。性格上、1つの事に夢中になると周りが見えなくなるタイプなのだ。それなのに、周りはアレンが
・・・
あの事で引きこもっていると勘違いした。
優しくされた、慰めれた。そのどれもがアレンには煩わしかった。いつしか、アレンは本当に部屋から出なくなった。
アレンは再び視線を問題集に戻すと、羽ペンを取りだし問題にかかるのだった。
何が起きたのか、最初アレンには分からなかった。読書をしていたら目の前に兄である、クリスが降ってきたのだ。いくらアレンでも混乱する。
「いっつ〜!あのアマ!!」
怒りを露にするクリスの傍らに、スタッともう一人の人物が現れる。その人物は鼻でため息をついて、クリスに呆れたような視線を向けた。
「転移してる時に暴れるんじゃないわよ。違うところに転移させちゃったじゃない」
「うるせぇ!耳を掴まれれば誰だって暴れるだろうが!!」
今にも掴みかからん勢いのクリスだが、アレンの存在に気付いて首を傾げる。
「アレン?・・・・なんでこんな所にいるんだ?」
それはこちらの台詞だ。
ルナも同じことを思ったらしく、再び呆れたようなため息をついた。
「馬鹿か。ここはアレンの部屋なんだから、いたっておかしくないだろ」
「は?お前の部屋、こんなだったか?」
クリスはアレンが引きこもり気味になって、数センチ開いた扉から顔は合わせたことがあるが、部屋の中までは見たことはなかった。
自分の弟が、大量の本と見るからに怪しい液体が入った試験管に埋め尽くされている所にいたのに、クリスは驚いた。
だが、その驚きもルナに耳を掴まれてそれどころではなくなってしまう。
「いててて!」
「ほら、さっさと部屋に行くぞ。縛り付けてでも勉強させてやる」
「馬鹿っ!ひっぱんじゃねぇ!!」
「はいはい、きびきび歩く・・・?」
部屋を出ていこうとしたルナは急に歩みを止めた。そして、しゃがみこんだかと思うとすぐに立ち上がってアレンに顔を向ける。
「悪かったね、アレン。じゃあまた明日」
片手を降り、クリスを引きずりながらルナは部屋から出ていった。
ルナの不思議な行動を疑問に思いながらも、アレンは読書を再開させた。
その一方、ルナはアレンの部屋を出ると右手の親指と人差し指をこすり合わせていた。耳をつままれたままのクリスは、涙目になりながらルナの指が汚れているのに気付く。
「ふーん・・・」
しばらくして、ルナはクスッと笑うと小さく呟いた。
「まさか・・・とは」
「は?」
あまりにも小さな呟きは、クリスの耳に届かなかった。
「なんでもない。ほら、行くよ」
「いでっ!?だから耳をひっぱんじゃねぇって!!」
面白いことを発見した子供のように笑いながら、ルナはクリスを引きずっていった。
続きます。