我が儘王女?
「し、心臓に悪かった・・・・」
アレンの部屋を出たケイトは、若干顔色を悪くしていた。その原因たる人物は、何かをメモしながらケイトの前を歩いている。
「あれぐらい、自分の身長並みの火の玉受けるよりはマシですよ。あれは熱かったなー・・・」
「そんな経験するのはあなたくらいだと思いますが」
懐かしむように言うと、ルナはメモ用紙をポンッと消した。ケイトはすでに疲れたらしく、小さくため息をつく。手伝いをしろと言われた時から覚悟はしていたが、もう心が折れそうだ。
だが、まだ二人もいる。ケイトが改めて気合いを入れ直すと、ルナがこちらに振り向いた。
「で、次に会うのは娘ですよね?」
「あ、はい。ご兄妹の真ん中で第1王女、エリーゼ・アルカナ様です」
「その子はどんな子?」
「え、えーっと・・・・」
ケイトは言葉を詰まらせた。なんと言っていいか考えているようだ。
「お歳は今年で15歳で・・・・その、お年頃と申しますか・・・・」
「なんか歯切れが悪いな・・・・まぁ、会えば分かるか」
アレンの時とは違い、詳しい事を話さないケイトに首を傾げながら、ルナは目的の部屋に到着した。しかし、中は何やら騒がしい。
「なんだ?」
漏れてくる怒鳴り声。何事かとルナは扉を開いた。
すると、目の前にビンが迫ってきていた。
「危なっ」
「ブッ!」
しゃがんで飛んできたビンを避ける。それによって、後ろにいたケイトの顔面にビンが直撃した。
後ろに倒れたケイトの傍らを、ビンがカラカラと転がる。ルナがそれを拾うとビンはただのビンでなかった。
「香水?」
青い色の液体に、噴射する部分がある香水のビンは、装飾がされていて高級そうだ。
「私にあんな貧相なやつを使えって言うの!?」
怒鳴り声に、部屋の中を見る。
目に写ったのは必死に頭を下げている水色の髪をした侍女と、化粧台の前に座るピンクのドレスを着た少女。
金色の緩く巻かれた長い髪、空を思わせる青い瞳をした可愛らしい少女は、怒りに白い肌を赤くさせている。
「いつもの奴はどうしたのよ!!」
「申し訳ございません!届くのに時間がかかっていまして・・・・」
「言い訳は聞きたくないわ!!早く持ってきなさい!!」
「・・・・年頃ねぇ」
ポツリッと呟いた言葉は、どうやら相手に聞こえたらしく、扉付近にいたルナに少女の目が向けられた。
「誰よあなた・・・・まぁいいわ。そんなことより、この者じゃ話にならないからあなたが香水を持ってきて頂戴」
指を指されたルナは、ニッコリと笑った。
「嫌だ」
「・・・・はぁ!?」
少女は最初、言われた言葉を理解するのに数秒かかった。だが、意味を理解するとギロリッとルナを睨み付ける。
「あなた・・・・私が誰だが知ってるの?」
「あぁっとー・・・・ノイローゼだっけ?」
「エリーゼよっ!エリーゼ・アルカナ!この国の王女よ!!」
「あぁそうそう、そんな名前」
「この・・・!」
顔をさらに赤くさせる少女ーーエリーゼに対し、ルナはただおかしそうに笑っているだけ。実際、遊んでるようにも見える。
怒鳴ろうとするエリーゼに被せるように、ルナは口を開いた。
「じゃあ私も名乗らなきゃいけないか。今日からあんたの教育係になった、ルナよ。よろしくね?」
「教育係・・・?」
教育係という言葉に、エリーゼは眉間にシワを寄せた。
「たかが教育係が、私にタメ口なんていいと思ってるの?」
教育係と言っても、エリーゼよりは下の人間だ。それに、ルナ自身は身分のあるものではなく、庶民なので王族にタメ口など本来ならば処刑されてもおかしくない。
しかしエリーゼの指摘など、ルナにはなんの効力もない。
「え?思ってるけど」
「なっ!?」
「私基本、目上の人とか年上の人、尊敬できる人にしか敬語は使わないし。だいたい、敬語って敬意ある人に使うものでしょ?敬意の欠片もないのに、使うのは間違ってない?」
「つまり・・・・あなたは、私にたいして、敬語を使う意味など、ないと・・・?」
ワナワナと震えながらなんとか問うエリーゼに、ルナは笑顔のまま答えた。
「まぁ早い話がそうなるね」
エリーゼはユラリッと立ち上がった。傍らで二人の会話を呆然と見ていた侍女が、急に慌てはじめる。エリーゼの背後から、何やらよからぬオーラが出ているためだった。
だが時すでに遅く、エリーゼはタンスに近づいた。そして下の隙間に両手を差し込むと、
「ふざけんじゃないわよぉぉぉぉぉ!!」
「ひぃっ!!」
普通よりも大きめのタンスが、エリーゼの力で持ち上がった。怯えた侍女は、巻き添えにならないよう身を縮ませた。ちなみに、このタンスは大の男五人がかりでやっとこの部屋に入れた物である。決して軽いわけではない。
タンスを頭上に持ち上げるエリーゼは、ルナに狙いを定めた。しかし狙われている本人は、呑気に手を叩いている。
「おぉ、凄い凄い。馬鹿力ってやつね」
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!」
馬鹿力が合図かのように、エリーゼはルナにタンスをぶん投げた。投げたと同時に、タンスの中身がこぼれ落ちる。
タンスは真っ直ぐルナに向かっていく。が、
ルナは片手でそれを受け止めた。
「へ?」
思わず間抜けな声が出たエリーゼに、ルナはクスクスと笑いを溢す。
「これぐらい、片手で持ち上げないと」
タンスを片手で持ち上げて、もとあった場所に戻した。未だ呆然としているエリーゼに、ルナは顔を向ける。
「さて、攻撃はこれだけ?それとも、ただ馬鹿力を披露したかったの?」
「〜っ!」
エリーゼはまさに噴火してしまうのではないかというほど顔を真っ赤に染めた。
「・・・よ」
「ん?何て言った?」
小さな囁き声は最初は聞こえず、ルナはエリーゼに聞き返す。エリーゼは息を大きく吸い込んだ。
「クビよっ!!今すぐこの城から出ていきなさいっ!!今!すぐにっ!!そして二度と私の前に現れないでっ!!」
言い終わった後、ゼエゼエと肩を上下させるエリーゼ。このままでは声帯がつぶれてしまいそうだ。
しかしルナはそんな事などお構いなし。
「それは無理な相談だ」
「なんですって!?」
「そもそも、私を雇ったのはあんたのお父様であってあんたではない。だから、あんたに私をクビにする権限はないわけよ。お分かり?お嬢さん」
「ば、馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ!!いいわ!お父様にあなたをクビにしてもらいます!!」
言うやいなや、エリーゼは鼻息を荒くしながら部屋を出ていく。それに、巻き込まれないよう黙っていた侍女がいそいそとついていった。
ルナは見送り、鼻でため息をつく。
「直談判したところで無駄なんだけどな」
エリーゼの父、国王に、ルナにすべて任せた。勿論、タメ口などの事はすでに国王は知っている。それでも国王は、ルナにすべてを任せたのだ。
『どんな事をしても構わない。そなたを信用しよう』
それが国王の言葉である。会って数時間のルナにここまで言うとは、さすがのルナも驚いた。それと同時に、信頼に答えようと誓った。
ルナは未だに香水によって倒れているケイトの傍らに座った。
「ケイトさーん。起きてくださーい!」
「うっ・・・うん?」
ぺしぺし額を叩くと、ケイトは目を覚ました。上半身を起こし、ケイトは首を傾げた。
「あ、あれ?僕は何故廊下で寝てるんですか?」
「香水が顔面にクリティカルヒットして、そのまま後ろにバターンッと」
説明しながら、ルナは懐から金色の懐中時計を取りだし蓋を開けた。時間を確認し、ルナは立ち上がる。
「さて、次行きますか」
「え?あ、待ってくださいよ!」
さっさと歩きだしてしまったルナ。ケイトは今まで起きていた出来事を教えてもらうことなく、慌ててルナのあとを追うのだった。
詳しい話を聞いて、ケイトが顔を青くさせたのはまた別のお話。
二人目登場。
名前→エリーゼ・アルカナ
特徴→我が儘、馬鹿力
ケイトさんの扱いが酷い←