教育するのは王族?
アルカナ王国の城は、建国して百年以上たつが、一度も建て替えられたことがない。それでも外壁は綺麗で、つい最近建ったばかりのようにも見える。
その立派な城の前に、ルナは荷物片手にいた。しばらく城を見上げたまま、なにかブツブツ呟いていたが、やがて門の前にいる兵士に話しかける。
「すみません、ロイス・ハーバードに呼ばれてきたんですが」
「え?」
ルナを不思議そうに見ていた兵士にそう言ってから、ある手紙を渡す。
兵士は驚いた後に、ルナから手紙を受け取った。そして慌てて「少々お待ちを」と言って、詰め所のような所に走っていく。
しばらくした後、城の中から見覚えのある人物がやって来て、ルナは小さくため息を溢した。
「これはこれは、魔術師団団長殿が自らお出ましとは驚いた」
城から出てきた男は、微笑みをたずさえたままルナの前までやって来た。
銀色の長い髪を右肩から流し、深緑の瞳をした美丈夫の男の名はロイス・ハーバード。アルカナ王国の若き魔術師団団長である。
「元気そうで何よりです、ルナ。手紙くらいくれればよかったのに」
「そんな面倒なこと、私がすると思う?」
「いえ、まったく」
そんな二人の会話を、傍らにいた兵士は呆然と見ていた。
それもそのはず、ロイスはまだ若いにも関わらず、魔術師団団長を任されたエリート中のエリート。さらにはハーバード公爵家の嫡男であれば、おいそれ、これほどフレンドリーに話など出来ない。
ならばこの女も身分のあるものか?と聞かれると、思わず首を傾げてしまう。見た目は美しい女だが、着ているものは上級階級の着るようなきらびやかな物ではなく、一般の冒険者が着る袖のないローブ姿だ。
とても身分のある者には見えない。
そんな視線に気付いたのか、ルナは苦笑いを浮かべてロイスに耳打ちする。
「さっさと中に入れてくれ。兵士達が狼狽えてるから」
「あぁ、これは失礼しました。こちらですよ」
ロイスは兵士達を下がらせ、ルナについてくるように促した。ルナは素直にそれに応じる。
門をくぐり、城内へと入っていくが、ルナは様々な視線に晒されていた。
好奇の視線、怪しむような視線、そしてこれは完全にロイスのせいであろう嫉妬の視線。
城内に入って数分だが、ルナは早速帰りたい衝動にかられた。
そんなルナの心境を知ってか知らずか、ロイスは口を開いた。
「手紙に簡単には書いておきましたが、詳しい話を聞きたいですか?」
「それは本人から聞きたい。というより、話しておいた方がいいのは私の方だろ」
「おや、詳しい話を聞かずに引き受けてくれるのですか?」
「手紙であれだけ脅しておいて、それを言うのかアンタは」
「脅したなんて失敬ですね・・・・私は真実を書いただけですよ」
「『国王陛下の命令に背けばどうなるか』なんて、脅し以外の何物でもないわよ」
ルナは呆れたような視線をロイスに向けるが、ロイスはただニコニコと笑うだけで意にまったく介していない。
「まぁそんなことより、早速国王陛下に会っていただきましょうか」
「了解」
長い廊下を歩き、ロイスは一つの扉の前で立ち止まった。そしてノックをしてから扉を開き、中へと入る。ルナもそれに続く。
中はテーブルとソファが二つしか家具は置いておらず、客人と話すだけに用意されたような部屋だった。ルナはキョロキョロと周りを見て、ロイスの方に顔を向ける。
「防音の結界はバッチリ・・・・密談でもするつもり?」
「念のためですよ。しばらくしたら陛下が来ます」
そうロイスが言った時、丁度部屋の扉がノックされた。ロイスが頭を下げたので、ルナも立ったまま頭を下げる。
ガチャリと扉が開かれると、金髪の威厳ある顔付きの男が入ってきた。ルナは頭を下げたまま、口を開いた。
「お初にお目にかかります、国王陛下。私の名前はルナ、お会いできて光栄です」
頭を下げているルナを見て、国王は一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐに真面目な顔に戻った。
「そなたがルナか・・・・楽にしろ」
「ありがとうございます」
頭を上げ、陛下が座った後に伺いをたててからルナも正面のソファに腰を下ろした。
「そなたの話はロイスから聞いている。王立魔法学院を飛び級で卒業したとか」
「いえ、偶然飛び級枠に入れただけです」
「謙遜するな。15で卒業したらしいが、今は幾つだ?」
「はい、今年で17になります」
他愛のない会話から始まり、国王はルナを観察していた。年齢はまだ若いルナだが、すべての動きに無駄がなく、本当に17なのか疑いたくなる。
しかも一握りの人間しか入れず、早くても20歳で卒業する王立魔法学園を、なんと飛び級で五年も早く卒業しているのだ。
下手をしたら、ロイスよりも優秀な人材かもしれない。
この者ならと、国王は本題へと移る事にした。
「さて、ロイスから話はどこまで聞いている?」
「はい、国王陛下のご子息様、ご令嬢様の教育係を任せたいと。それ以上の話は聞いておりませんので、話を聞かせて頂いても宜しいでしょうか?」
あとは聞いていない。詳しい話は手紙よりも実際に聞いた方が分かりがいいと、ロイスが判断したためだった。
その意図が分かったのか、国王は眉間を揉んでため息を吐き出した。
見るからに、話したくはなさそうな態度だ。
「・・・・実は、今まで教育係を任せた人間が何人も辞めている。わしも何人辞めたのか数える気にもなれん」
国王は重い口を開いた。
「もう教育係をやりたいと言う人間はいないといってもいい、わしが甘やかし過ぎたのかもしれん。息子も娘も少し・・・・いや、かなり我が儘に育ってしまった。もう生半可な奴ではあやつらを対処する事は出来ん。
どうか、あやつらの教育係をやってはくれないだろうか?」
「・・・・」
国王の話を目を閉じて聞いていたルナは、話が終わるとゆっくりと目を開けて、国王の目をジッと見つめる。
濃い金色の瞳と視線が絡み、国王は息を飲んだ。
「条件があります」
「条件?」
「条件といいますか・・・・ご子息様、ご令嬢様に対するどんな無礼も許して頂きたい」
「ふむ・・・・つまり、身の安全を保証しろということか?」
「お話が早く、私も処分はされたくはありませんので」
しばらく考えた後、国王は大きく頷いた。
「分かった、すべてそなたに任せよう。あのひん曲がった馬鹿共に喝をいれてやってくれ」
ルナは立ち上がり、綺麗な礼をとる。
「お任せください。国王陛下の期待に添えるよう、全力で仕事にあたります」
頭を上げたルナは、それはそれはいい笑顔で言った。
「あぁ、緊張した」
しばらく応接室でこれからの事を話したルナは、国王より先に部屋を出て大きく伸びをした。
そんな様子のルナに、一緒に出てきたロイスは苦笑いを浮かべる。
「あれだけ堂々とした態度でよく言います」
「失敬ね。私は一般人なのよ?一国の王の前で堂々としていられるわけないでしょうが」
「はいはい」と適当に返事をしていたロイスは、廊下の先に視線を向けた。ルナもつられて見ると、誰かがこちらに走ってきているのが見えた。
その人物はルナ達の前まで来ると、ずり落ちた眼鏡をかけ直す。燕尾服をきっちりと着た男は、肩で息をしながらもお辞儀をした。
「初めまして、ルナ様。私、執事見習いでルナ様のお手伝いをします、ケイト・カルロスと申します」
少し癖っ毛の茶色い髪と焦げ茶色の瞳をした男ーーケイト・カルロスは、はにかんだ笑みをルナに向けた。
ルナもニコッと笑い、挨拶をする。
「初めまして、ケイトさん。私はただの教育係ですから、様付けも敬語もいりませんよ」
ルナの言葉に、ケイトはブンブンと頭を横にふった。
「とんでもございません!ロイス様の
・・・
婚約者様にタメ口など・・・・」
その瞬間、ピキッと空気が凍った。
そして笑顔であるルナの背後から、なぜかドス黒いオーラ的なものがでている。
「ほぉ・・・・婚約者ですか・・・・ロイス?何処に行くのかな?」
ルナとケイトに背を向けて、何処かに行こうとしていたロイスは、振り向きざまにニコリッといつもの笑顔を見せた。
「仕事を思い出しましたので、私はこの辺で。ケイトさん、あとはよろしくお願いします」
そう言ってから、指をパチンッと鳴らすと、ロイスの体が光に包まれた。そして光が収まるとそこにロイスの姿はなく、代わりに一枚の紙がヒラヒラと床に落ちた。
ルナはそれを拾うと、グシャリと紙を握りつぶす。
「あのヤロー、何が『すみません』だ。嫉妬の視線が半端ないと思ったら・・・・絶対ぶちのめしてやる」
「あ、あのー・・・・」
不吉な事を言うルナに、ケイトは恐る恐ると言った感じで声をかけた。いまだに、ルナの背後からは恐ろしいオーラが出ているためだ。
だが、ケイトが話しかけたお陰なのか、不吉なオーラはなくなり、最初の穏やかそうな雰囲気に戻った。
「すみません、ケイトさん。私はあんな奴の婚約者でもなんでもないので、普通に話してくれて構いませんよ?」
「え?そうなんですか?」
「えぇ、まったく!これっぽっちも!欠片も!あんな奴と繋がりなんかありませんので、気になさらず気軽に呼び捨てでお願いします」
力強くいうルナ。まだ恨みのようなものを感じるが、ケイトは気にしないことにした。
そして、困ったような顔をルナに向ける。
「し、しかし、私は執事見習いですので呼び捨てはちょっと・・・・では、ルナさんで宜しいでしょうか?」
「はい、構いません。では改めて・・・よろしくお願いします、ケイトさん」
「はい、こちらこそよろしくお願いします、ルナさん」
二人は固く握手を交わすのだった。
長くなったかな?
もっと描写が書けるようになりたい・・・・