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閏年計画  作者: 椎名円香
第一章 定数
5/60

予感

ご閲覧頂き誠にありがとうございます。

「そうだ。藍華、僕達以外に誰かいないか探してみようよ。もしかしたら、誰かいるかもしれない」

 落ち着いてから少しして、僕は彼女に提案をした。鏡に写った人物が藍華ではない可能性は限りなく低いが、他にやることも見当たらない。どうせ時間を持て余すだけなら、調べてみる価値はあるだろう。

「うん! さがすさがすーっ」

 彼女は両腕を大きく広げながら忙しなく動き回った。体の幅を把握しきれていないのか、何度も僕にぶつかりそうになる。バランスもとれていないようだった。

「無理はしないでいいよ、藍華。マイペースに行こう」

 これ以上僕に迷惑をかけないでくれ、という言葉を飲み込んで、僕は子供騙しを吐いた。気を使っている振りをしようと思った。ただ、どうにかしてこの純粋な少女に希望を与えてやりたかった。決して、嫌われているなんて思わせたくはない。思わせてはいけない。

「ねぇねぇ、こっちいこーよぅ」

「うん、それじゃあ、行こうか」

 僕たちの右斜め前方に向かって藍華が走り出す。僕はその後を追うような形で歩き出した。少し、楽しいかもしれない。そんなことを考えていた。

「あぁーん……つかれたぁ」

「いきなり走り出したりするからだよ……ほら、ちょっと休もう?」

 歩きはじめてから少しして、予想通り藍華が音を上げた。とりあえず近くの段差に座らせる。彼女は足をぶらつかせながら唇を尖らせていた。ご機嫌斜めの様子だ。

「藍華はここで休んでいて。僕は、ちょっと、この辺りを見てくるよ」

「えぇー、ひとりはやだぁ。藍華もいっしょにいくー」

 僕が一人で歩いて行こうとすると、彼女は不機嫌そうに抗議しながら立ち上がった。そのままゆっくりと歩き続ける僕の後ろを小走りで追いかけてくる。振り切って行くのは不可能そうだ。僕は諦めてため息を吐いた。そして藍華に向かって手を差し伸べる。

「ほら、一緒に来るんだろう? このまま止まってたって仕方ないし、行こうよ」

「……! うんっ!」

 僕の言葉に、彼女は弾んだ返事をした。僕の手を握り、転びそうになりながら引っ張ってくる。幼い言動から忘れてしまいがちだが、体は彼女の方が大きいのだ。当然、力加減というものをせずに手を引かれると激痛が走る。そんなことは分かりきっていた。だから僕は予想よりかはだいぶまともなその痛みに耐えて、目の前に佇む異質なそれを見上げた。

 周囲の風景は複雑怪奇かつ意味深長。にもかかわらず、それだけは妙にさっぱりしてた。僕が知っている物の形をしている。それは明らかに異質だった。

「これ……防音室か何かかな? 壁の材質が似てる。でも……なんでこんなところに?」

「ボーオンシツ? なにそれ……?」

 独り言を行った僕の隣で藍華が首を傾げる。彼女でなくとも防音室かどうかなんて分からなくて当然だろう。少なくとも、十六歳の僕は知らなかった。しかし、六十四歳の僕は知っている。

「防音室っていうのはね、コンクリートとかで囲まれた、周りの騒音を遮断できる壁でできてる部屋のことだよ」

「ソーオン? シャダン?」

 僕が説明すると、彼女は更に困惑した様子で頭を抱えた。余計な事を言うんじゃなかったと、僕はほんの少しだけ後悔する。そして、なるべく簡単な言葉で言い直す。

「つまり、この中ならどんなに外がうるさくっても平気ってことだよ」

「わぁあ! ボーオンシツってすごいんだねっ!」

 ようやく理解してくれた様子の藍華に、僕はなんとか微笑みかけた。まともに対話しようとしたら気力がいくらあっても足りないだろう。ここはどうにか、いい加減に話を進めなければいけない。

「ねーねー、ここのなかってどうなってるのかなぁ?」

 藍華がドアノブに手を伸ばす。刹那、視界の端に黒い影がよぎった。僕は咄嗟に手を伸ばす。

「藍華、すぐに離れて!」

「え——?」

 僕の腕が彼女を突き放す。僕は後ろによろめく彼女に半ばぶつかるような形で覆いかぶさった。唇を引き結び、瞼を固く閉じて衝撃を待つ。しかし、予想していた痛みはいつまで経っても訪れなかった。

「大丈夫ですか、お二方」

 気高い誰かの後ろ姿。僕たちはその背中を、何も言えずに見つめていた。

お読み頂きありがとうございます。

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