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閏年計画  作者: 椎名円香
第二章 奇数
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崩壊

ご閲覧頂き誠にありがとうございます。

 奥に進めば進むほど、瓦礫は多くなっていく。中には瓦礫で道が塞がれ通れない所もあった。そうやって歩いていくうちに、道は一筋に収束していく。きっとこの先に何かがある。僕はそう確信した。

「ねぇ……なんか変な音しない? 地響きみたいな……」

 足場の大半が瓦礫になり、人一人通るのがやっとになってきた頃、藍華が不審そうに呟いた。確かにおかしな音がする。遠くの方から聞こえているようだが、一体何の音だろう藍華の言うように、地響きに似た重低音だ。嫌な予感がする。ここでこういう音がした時は、決まって何かが起きるのだ。原因が分からずとも、とにかくここから動いた方が良いだろう。

「藍華、ちょっと走ろう。何だか嫌な予感がするよ。できれば、上から何も落ちてこなくて、足場がしっかりした所がいいんだけど……」

「とにかく、走ろ! ここに居たら、危ない気がするの!」

 そう言うと藍華は僕の手を一層強く握り、ガラスの瓦礫をかき分けて走りだした。藍華はブーツを履いているので怪我をすることはないだろうが、走りにくいことに変わりはないだろう。

 僕は意を決した。

「藍華、ごめん」

「え? ごめんって……ひゃぁ!」

 藍華の悲鳴が聞こえる。僕は心の中で全力で謝りながら、藍華を抱えた。その直後、後ろで爆発音がする。僕は嫌な予感が的中したことに落胆しながらも、一目散に走り抜けた。案の定上から瓦礫が落ちてくる。床が抜けている所もあるようだ。瓦礫によって視界も悪くなり、前が見えにくくなる。このままだと危険だ。

「潤! あっちに何かあるよ!」

 瓦礫の落下音に負けないように、藍華が声を張り上げて前を指差す。確かに何かあるようだ。建物だろうか。瓦礫の土煙でよく見えないが、屋根があるのは確かなようだ。僕は瓦礫を避けつつ、まっすぐに建物のある場所へ走った。そして、近づくにつれて、その建物の全貌が見えてくる。

 防音室だった。

 紛れもなく、僕が、閏が作り出した防音室だった。どうしてあれが、今ここにあるのだろう。あれはこの前、壊れたはずだ。そうでなくても、あれは僕の保身の象徴だったはずである。それが今ここにあるということは、僕が未だに保身に走っているということなのか——。

「違うよ、潤。あれはもう保身の象徴じゃないわ。あれは、きっと、潤の誰かを守りたいって気持ちの、表れなんだよ」

 揺れる僕を、藍華の声が支える。口に出した覚えはない。仮に出していたとしても、この雑音の中では聞こえないだろう。きっと藍華も、同じことを考えたのだ。そして、彼女は答えを出した。ならば僕は、その答えを信じるまでだ。

「そうだね……藍華、降ろすから、すぐに中に入って、早く!」

「うん!」

 藍華は降りるや否やドアノブに手をかけ力を入れてドアを開けた。中が安全そうなのを確認すると、僕の手を引いて中に入る。そして、ドアの鍵を閉めた。外から瓦礫の落下音が聞こえる。中には明らかに防音室の上に落ちてきたものもあった。それでも防音室が壊れる気配はない。前のように黒い影が現れることもなかった。

「なんとか切り抜けたね……っていうか、びっくりしたよ! いきなり……もう」

「ホント、ごめん。でも、ここから無傷で、三人で出たいからさ。本当、ごめんね」

「あれ、そう言われると怒れないなぁ」

 話している間にも、部屋の外からは大きな音が聞こえている。瓦礫の雨がやむ気配はない。かといって、このままでいるわけにもいかない。

「ねぇ……外、こんなになっちゃって、雨帝大丈夫かな?」

 外の音を聞きながら、藍華がふと呟いた。握られた手に力がこもる。彼女の手は震えていた。

「大丈夫だよ。こんなことで終わったりしない。それに、瓦礫が落ちてきたときの様子からして、向こうではこれは起きてないんだと思うよ」

 僕の言葉に、藍華はほんの少し笑って手を離した。無理をしているように見える。しかし以前のような無理の仕方ではなく、今まさに自分にできることを探しているような、焦りにも似た無理の仕方だった。藍華も頑張っているのだから、僕も何か突破口を探さなければならない。しかし、この状況下で突破口などといっても簡単には思いつかない。僕は何の気なしに手首を見た。

 腕時計があった。

「これ……事故で壊れた時計だ。ガラスは割れてるけど、文字盤は元通りになってる」

「でも、これ、おかしいよ。事故のときに壊れたはずなのに、時間が違うわ。ほら、事故は六時だったけど、時計は十時になってる」

 藍華が文字盤を指さして言う。彼女の言う通り、時計の針は十時を指し示していた。

「本当だ……。でも、防音室といい時計といい、どうして今更……」

「潤! 足下見て! なんか変なの書いてあるよ」

 今度は床を指さす。見ると、床いっぱいに大きな円が書かれていた。円は横が三本、縦が一本の計四本の線によって区切られているようだ。線が交わる十二箇所は、半径一センチメートルほどの穴があいていた。深さはだいたい人差し指の第一関節程度だろうか。その穴のうち、一カ所だけは、赤く塗り潰されているようだった。

「この赤い穴、なんだろう? 絶対、何かあると思うけど……」

「きっと、何かの目印なんだよ。……何のかは分からないけど」

 そう言ったっきり、二人で黙り込んでしまった。改めて床を見ても、何だか分からない。今度は腕時計を見てみる。そこで僕はあることに気づいた。

「多分この円、時計の文字盤だよ。この赤いのは、方位磁石の北と同じ、つまり十二時の方向だね。ってことは……」

「時計は十時を指してる。それってつまり、十時の方向に何かあるってことなんじゃない?」

 弾んだ声で藍華が言った。どうやら僕と同じことを考えていたようだ。そう思ってから見てみると、そうとしか見えなくなってくる。しかし、今は軽率に行動できるような余裕はない。十分に状況を考え、本当に正しいと思う行動をするべきだろう。

「僕もそう思う。これ以外におかしい所はなさそうだけど、何か気になることとかある?」

「これ、もし十時の方向であってたとしても、道、どうすればいいのかなぁ? だって、外はもう瓦礫だらけだし、まだ瓦礫が降ってきてるでしょ? この部屋のどこかに、まだ何かあるのかな?」

 確かに、藍華の言う通りだった。方向が分かっても、道がなければ意味がない。おそらくはまだ何かあるのだろう。閏年計画の仕組みに無駄な仕掛けがあるとは思えない。

「そういえば、この足下の穴、何か関係ありそうだよね。あからさますぎるもん」

 そう言って藍華は床に書かれた円上に十二個ある穴を爪先で小突いた。数から考えて、これも時計関連だろう。

「そうだな……。十時の位置に時計でも嵌めればいいかなぁ。あ、嵌まった……え?」

 ほんの冗談のつもりで十時の穴に時計を嵌める。すると時計はぴったりと嵌まって、とれなくなってしまった。これはまずいのではないか。そんなことを考えていると、ひときわ大きい音が聞こえて、床が動き始めた。以前までの僕ならここで気が動転していただろうが、今はそうではない。僕は落ち着いて藍華に近づき、その手を取って動かない足場まで移動した。

「床が動いてる……これ、ビンゴなんじゃない?」

「ぽいね。この辺のギミックは僕の時の名残かな。防音室といい時計といい、僕の意識から離れたところで何かが作用しているような……」

 防音室の下りが藍華に聞こえないよう、僕はなるべく小さな声で呟いた。幸い藍華には聞こえなかったようだ。そうこうしているうちにも床は動く。やがて防音室の床に地下へ続く階段が現れた。

 底が見えないほど深いその階段は、深遠まで続いているかのように見えた。

お読み頂き誠にありがとうございました。

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