遮断
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それから僕らはかつて防音室があった場所を探して闇雲に歩き回った。ここに来る前までは鏡の足場を探そうと思っていたのだが、足場全てが鏡になってしまっていては探しようがない。それで今は瓦礫の山を辿っている最中だ。
「てゆうか潤、なんか子供っぽくなったね」
道中、藍華が唐突に言った。それは藍華が大人びてきたのではないかと言いかけたが、そうではないと気づいて言うのをやめた。そういえば今の僕は普通の十六歳なんだった。忘れていたわけではないが、年齢があやふやだったせいで失念していた。
「本当に定数じゃなくなったみたいだ。気分だけで言ったら中二の気分だよ。今、前の自分がいかに爺臭かったかを実感してるとこ」
冗談気味な僕の発言に、藍華はくすりと笑って顔をほころばせた。定数じゃないということは、つまり僕が今現在閏年計画から完全に切り離されていることを意味する。よく言えば僕は異常ではないということになるだろうが、悪く言えば前に比べて計画に干渉できなくなったということになるだろう。閏年計画、もといあの防音室は僕の精神が生み出したものな訳だから、当の本人が蚊帳の外というのもおかしな話だ。しかしまたこの空間に入れているという時点で僕は部外者ではないということだろう、その事実に、僕はほんの少し安堵する。
よかった。僕の戦いは終わってないや。
僕は心の中で複雑な吐息を吐いて小さく微笑んだ。
「藍華も、現実に近づいてきてるよね」
途切れてしまった会話を繋ぐように言うと、藍華は予想していたかのように即答した。
「うん、みたいだね。なんていうの? 漏れだしてる? みたいな感じ。やっぱ今の閏年計画じゃ完全じゃないのかも」
違和感だなぁ、と僕は思う。ついこの前までは齢五歳の少女と接していたのに、今では姿は同じまま年齢だけが二十歳に跳ね上がった彼女や着々と精神年齢が成長しつつある彼女と接している。もしかしたら今現在彼女は僕より年上かもしれない。その動作の一つ一つが、前よりも大人びていると感じた。
「でもさ、一度外に出たからなのか分からないけど、今は現実の自分のことも分かるんだぁ。色々。分かりすぎてちょっと混乱中」
「その感覚は——分かるよ。僕も事故のことに気づいたとき、死ぬんじゃないかってくらい驚いた。あれはさすがにヤバかった」
血まみれのハンカチに壊れた時計。とどめは確か横転したタクシーだったか。あれを見た時は心臓でも吐き出してしまいそうだった。立っているのも辛くて、そこにいるのにどこか別のところを見ているような感覚だった。それと同じとまではいかないだろうが、今の藍華の状態も十分に不安定だろう。僕は少し歩調を緩めて藍華に並んで歩いた。すると藍華は、不思議そうに僕を見てからぱっと顔を背けた。
「それとはちょっち違うんだよなぁ……。んー、ま、いーや。ほら、雨帝探すよ! 早歩き早歩き!」
その言葉通りに早歩きで僕の隣を通り過ぎた藍華は、振り返ることなくすたすたとそのまま進んでいった。僕はその後を躓きそうになりながら追いかける。少しずつ瓦礫の量が増えていくのが目に見えて分かった。防音室に近づいているのだろう。僕は改めて心を決めて大きく一歩踏み出した。
「ちょっ……藍華、危ないよ!」
瓦礫を適当に避けながら最早走っていると言っても過言ではないスピードで進んでいく藍華に、僕は叫ぶようにして言った。それに意味があったのかなかったのか、藍華はそこで足を止め、地面を凝視してしゃがみ込んだ。足が震えているように見える。僕は嫌な予感がして駆け足で近づいた。どうしたのと聞くより早く、僕は僕自身の目でその悲劇を確かめた。
そう。これは悲劇だ。
こんな悲劇は他にない。
それに安心している僕がいることが嫌だ。
でも、安心せずにはいられない。
よかったと思わずにはいられない。
だって。
「雨帝……。こんな、もう、腕まで——」
その人は。
荒井雨帝は、ノイズの海で静かに眠っていた。
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