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閏年計画  作者: 椎名円香
第二章 奇数
32/60

対面

ご閲覧頂き誠にありがとうございます。

「カミツレの花言葉はね、逆境に耐えるとか、親交、仲直りなのよ」

 そう言うと彼女は棚にあった別の花瓶にカミツレの花を生けた。そして僕と顔を見合わせる形で椅子に座る。

「なんか……印象違うね、藍華」

「そうかな? あまり、変わらないと思うけど……」

 彼女は髪の毛を指に絡ませながら言うと、照れくさそうにはにかんで俯いた。

「ねぇ、退院って、いつ?」

 少ししてから藍華が顔を上げて問いかけた。そう言えばさっき母さんがもう少しで退院だと言っていた気がする。看護士さんからもなにか言われていた気がした。

「えっと……どれくらいかな。一週間くらい?」

「随分とアバウトなんだねぇ」

 笑顔で刺さることを言う藍華に、僕は小さく「君に言われるのは心外だよ」と言い返した。藍華は笑っていた。

「あのさ、藍華。雨帝のことなんだけど——」

 僕の言葉に、藍華の表情が固まる。それは何かを諦めたような、怯えるような、そういう表情だった。

「雨帝は僕のパソコンにあるフォルダを削除すればいいって言ってたけど、それじゃ駄目だと思うんだ。いや、閏年計画が消せないとかどうこうじゃなくて、ね。このまま終わらせちゃいけない気がするんだよ。今ならまだ……」

「雨帝を救える気がするんだよね」

 言葉を遮るようにして聞こえたその声に、僕は驚きに目を見張った。僕が言おうと思っていたそのままのことを藍華が言ったのだ。その表情は先ほどの複雑な表情からさらに込み合って、神妙な表情になっていた。悲しみと自嘲と後悔と諦めを織り交ぜたみたいな表情だった。

「あの日から、ずっとね、雨帝が夢に出てくるの。その雨帝は、笑顔で、言うのよ」

 涙声で藍華は言う。それはまるで懺悔のようだった。

「アナタ達が無事でよかった——って」

 それは——辛いな。

 あの人なら本当に言いそうだから、余計に、辛い。

「だから、謝りたいの。今度はあたしが、雨帝を守りたい」

「達を忘れてるよ、藍華。助けたいのは、僕だって同じさ」

 最初から、退院したらそうするつもりだった。だから藍華の方から来てくれたのは僕にとって好都合だったし、同じ気持ちだと分かって嬉しかった。

「僕達で雨帝を助けよう。今度こそ守ってみせよう」

 それが今藍華が僕の部屋に来るに至ったいきさつである。両親の疑惑をうまくかわすのには苦労したが、なんとか切り抜けることができた。

「藍華、覚悟はオーケー? 僕はもう定数じゃないからいいけど、君はまだ奇数のままだろう? 向こうに行ったら、また内面五歳になるんじゃないか?」

「ん? まぁ、それぐらい平気平気。あたしじゃなくなるワケじゃあるまいし」

 相変わらずのポジティブシンキングだ。頼もしいんだかなんなんだかよく分からない。とりあえず無理はさせないようにしなくては、と意気込んだところで、パソコンが起動した。

「ほんとに、ある……」

 デスクトップの左端、その一番下には閏年計画という名前のフォルダが存在していた。あると信じていなかったわけではない。ただ、本当にそんなことが有り得るのかと疑問に思っていただけだ。つまりは信じていなかったのと同じなのだが、とにかく、それがここに在るという事実は僕に確信を与えた。

「やっぱり、まだあの空間は消えてないんだ……! なら、きっと、雨帝だって!」

「うん、そうだよ! もう一度入れば——って、どうやればいいんだろう……?」

 藍華が首を傾げる。確かにそうだ。勢いでここまで来てしまったが、よくよく考えれば閏年計画への入り方など分からないのだった。

「と……とりあえず、開いてみようか——ッ?」

 ファイルを開いた途端、ディスプレイが目の痛くなる光を放つ。かろうじて目を開くと、ディスプレイにはメッセージが表示されていた。

「何これ……眩し——」

 薄く瞳を開く。書かれていたのは英語だった。

 Trojan horse。

「トロイの——木馬?」

 そのメッセージの後、僕の思考は停止した。

お読み頂き誠にありがとうございました。

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