達観
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正直に言うと、僕は混乱していたのだと思う。もしいつも通りに平静を保っていたなら、どう考えても見た目と不相応な彼女に、こんな話はしなかっただろう。どうやら僕は柄にもなく動揺しているらしい。これまで——といってもいつからか覚えていないのだが——こんなにも動揺することなどなかった。小さい頃はどうだったか忘れたが、少なくとも最近は受け入れることができていた。大抵のことは経験済みだったし、驚くほどのことでもないと思えてきたのだ。
「ねぇ、それでそれで?」
僕の隣では藍華が瞳を輝かせている。彼女にとって、僕たちの身に起きている異変はちょっとした体調不良のようなものなのだろう。その程度のものとしか認識していない彼女に、どうやれば伝えることができるだろう。
この課題を、共有できるだろう。
「うん……そうだね。まず、ちょっと、僕の話をしようかな」
僕はそこまで言ってから目を伏せた。僕は僕の置かれている状況をまるで理解できていなかった。ただ、今の僕は明らかにおかしいということ、そして藍華も僕と似通った状態であることだけは分かった。まずやるべきなのは状況の把握からだろう。
「僕はちょっと前まで、僕の家で本を読んでいたはずなんだ。なのに気がついたらここにいてね。途方に暮れていたんだ」
「あー! 藍華もそれなったー! あたし、お家にいたはずなのに、おかしいのー」
身振り手振りで表現しようとする藍華に、僕は相づちを打った。このままでは彼女のペースに飲まれてしまいそうだ。何とか平静を保たなくてはならない。僕は気を取り直して話を続けた。
「それで僕は、今自分がいる場所以外にも、おかしなことがあるって気づいたんだ」
少女は首を傾げて瞬きを繰り返す。僕はそんな彼女を視界にうつしたまま、焦点を後方へずらした。幾何学的な模様をかたどった空間は、一昔前のコンピュータゲームを連想させる。モザイクがかった足場もそんな雰囲気を出すのに一役買っていた。しかし、そんな中でも僕の今の状態は異彩を放っている。
それは、異臭とも言えるようなもので。
「体は十六歳のままなのに、僕には六十四歳だという自覚があったんだよ」
僕がこのことに気がついたのはガラスのような足場に映った自分の姿を見たときだった。おそらく、藍華が自分を見たのも同じ場所だろう。しかし、彼女は未だにそれに映った女性が自分だとは思っていないようだった。僕たち以外にも誰かがいると思っているのだろう。絶対にないとは言い切れないが、可能性は極めて低い。
「だから、僕はその有り得ないはずの記憶を辿ってみたんだ。そしたら、ちょっと、信じられないことを思い出したみたいで」
「しんじられないこと? それって、あたしがオカシーのもー?」
不安そうに問いかける藍華に、僕は小さく頷く。そして、子供騙しの笑顔を浮かべた。
「うん……。どうやら、僕は、四年に一度しか年を取らないらしい」
首を傾げる彼女に、僕は慌てて補足する。
「正確に言えば、四年間に一年分の成長しかしない、って言うのが正しいのかな。そして、君は多分……」
「……?」
後に続ける言葉が見つからない。なんと言えば彼女に伝わるのだろう。彼女を傷つけないように言えるだろう。彼女に嫌われないでいられるだろうか。
呼吸を整えて瞬き。心を落ち着かせて微笑み。
「多分、君は、一年間で四年分の成長をしてしまうんだろう。そうすれば、説明がつくよ」
「え? え?」
藍華が狼狽えながら必死に問いかける。その様子があまりにも痛々しくて、僕は柄にもなく言葉に詰まった。
「だ、だから、君はっ——」
「ねぇ、潤。どうしてそんなにつらそうなの?」
核心を突いた彼女の言葉に、僕は息を呑んだ。
どこまでも澄んだ瞳の奥。そのもっと深いところに、僕が失くしてしまった何かがあるような気がして、僕は視線を逸らした。
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