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閏年計画  作者: 椎名円香
第一章 定数
20/60

断片

ご閲覧頂き誠にありがとうございます。

 夢を見ていた。

 ただただ道路の真ん中に倒れて、空を見ている夢だった。

 雲を掴もうと思って手を上げようとするが、動かない。何だか体全体が痛かった。体が軋むような鈍痛が、爪先から頭のてっぺんまでを襲っていた。

 赤い。

 僕は必死に腕に力を入れて、なんとか左腕を動かした。もう体は僕の言うことを聞かないようだった。

 途切れゆく意識の中、最後に見えたのは壊れた腕時計だった。

「いや、夢なんかじゃない」

 僕の意識とはまるで無関係に、口が動いた。つい先ほどまで眠っていたはずなのに、妙に頭が冴えている。いや、もしかしたら眠っていなどいなかったのかもしれない。その、証拠に。

 僕の目の前には、あの日の景色が広がっていた。

「アナタたちがここに来る前、一体どんなことが起きたのか、私は知りません。しかし、大方の予想はつきます」

 叫ぶような荒々しい口調で雨帝が言った。そのすぐそばで藍華が低く唸っている。

「道路のイメージ、横転したタクシー。それに、壊れた腕時計と血まみれの腕時計。そしてこの状態……。おそらく、アナタたちは——」

「やめろ!」

 僕の思いとは裏腹に、言葉は乱暴に響き渡る。雨帝は目を見開いたまま、酷く辛そうな顔をしていた。僕は心の底から思う。何でこんなことを言ったのだろう。もう、分かりきったことだろう。何を今更恐れているのだ。もう逃げないと、そう決めたのに。

「いや、あ……ごめん。ただ、ちょっと混乱してて……」

「……いえ、こちらこそ失礼しました」

 雨帝は渋々頷くと、藍華に小声で語りかけた。そして、困ったように眉を寄せてから僕に言った。

「とりあえず、ここから離れましょう。藍華が、辛そうです」

「あ、ああ。うん、そうしよう」

 上の空で返して、僕は雨帝の背を追った。酷く頭が痛かった。まるで僕の頭が思い出すのを拒んでいるようだった。ふと、雨帝が呟いた「フラッシュバック」と言う言葉を思い出す。大きなショックによって閉ざされた記憶が、ふとした瞬間に甦る、というものだ。その大きなショックが何なのか、予想がつかないわけではない。しかし、それを思い出してはいけないような気がした。

「とりあえず藍華はここに座って休んでいて下さい。それに、潤も——。お二人とも、顔色が優れません。今は……」

「ねぇ、潤」

 僕の右隣に座った藍華が涙声で僕の名前を呼んだ。僕は驚いてそちらを見る。年相応の——精神年齢には不相応な表情をしていた。どこか冷めきって、悟りきった顔をしていた。少し前までの、僕の顔にそっくりだ。

「あの日……二月二十九日。あたしたちは、初めて会ったんだね」

 二月二十九日。

 それは僕と藍華が、閏年計画の一部としてこの世界にきた日。

 そして。

 そしてその日、僕らはガラス越しの対面をした。

「うん……そう、だったね」

 自分たちでもよく分からないままに会話を続ける僕たちを、雨帝が不思議そうに見守っている。当事者にもよく分かっていないのだから、部外者である雨帝には何のことかさっぱりだろう。

「君の存在しない三年と、僕の、失われた——消去された三年は、きっと、あのとき閏年計画に持っていかれたんだ」

 そしてそれは僕らの悪意を象徴し。

 彼はあの黒い化け物を生み出し続ける。

 それこそが、僕らの弱さの正体だ。

「潤は、後悔してる?」

 ついに世界は現実と混ざり始めたようだ。

 僕はわざとおどけて言った。

「後悔はしてないけど、まぁ、めちゃくちゃ痛かったよね」

 あの日は雪が降っていた。

 純白の世界が赤く染まって。

 僕は眠っていた。

「人生って、面白いね」

 あの日僕らは、交通事故にあったんだ。

お読み頂き誠にありがとうございました。

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