四年
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気持ち悪いくらいに穏やかな時間が流れていた。時間が止まってしまったのではないかとさえ思える。
「ねーねー潤、ここ、どこー?」
思考回路を断つ僕に、藍華が非常に答えづらい質問を投げかける。ここがどこかというのは、僕自身知りたいことの一つであった。しかし、今はそれどころではない。
僕には、他に確かめなければいけないことがあった。
「ごめん、それが僕にも分からないんだ。——それで、藍華。一つ聞いてもいいかい?」
「ん? いいよー」
藍華は足をばたつかせながら返事をすると、まつげを揺らして僕を見た。柔らかい黒髪が揺れる。しかし、そんな滑らかな動きでさえ機械的だ。
「君は、どうやってここに来たんだい?」
彼女と僕しかここにいないこと。それが最初から気がかりだった。もし何らかの共通点があるなら、それからここがなんなんのか考えることができるかもしれない。
「他の誰かに会ったとか、何か気になることがあるとかでもいいんだ。何かないかい?」
僕が言うと、彼女は手をいじるのを止めて目を伏せた。
「うーん、わっかんない。お兄ちゃんいがいだぁれもいないし……。あ、でもねぇ? なんかおかしなことがあるの」
「おかしなこと? 聞かせてくれないかい?」
僕は身を乗り出して彼女の言葉に耳を傾けた。心の中で、どうせ何の解決にもならないだろうと呟く。しかし、同時に謂れのない胸騒ぎに心を乱された。
「うんとね、なんか、見てるとこが高くてね、ぐらぐらするの。あたし、まだ五歳なのに。大人になったみたい、へんなのー」
「それ……!」
僕と同じ、感覚。その現象。四年間の悪夢。
ここでようやく僕は合点がいった。彼女も僕も、時間に無視され、ある意味で規則的に歳を取っているのだ。不適合な内と外に対する違和感が、彼女と僕の共通点なのか。僕はそう思って勢い良く切り出す。
「落ち着いて聞いてくれ、藍華。僕は別に、気が狂ったわけでもなければ夢を見ているわけでもない」
生温い時間が流れていく。
言っている意味が分からないといった様子で、彼女は僕を見ていた。その表情からは怯えさえも感じ取れる。しかし、それでも僕は彼女に確かめなければいけない。僕は小さく微笑んでみせる。すると、藍華の表情がほんの少しだけ緩んだ。
「僕はね、藍華。四年に一回しか、誕生日がこないんだ」
「おたんじょうび? どうして?」
少女は僕に疑問を投げかける。答えづらい問いだ。しかしそれさえも、僕達の異常を物語っている。
「それが、分からないんだよ。気がついたらここにいてね。起きたときには、もう六十四年分の記憶があったんだ。けれど、鏡を見たら僕の姿は十六歳の少年のままだった」
「あー! それ藍華もー!」
少女は勢いよく立ち上がると、小さく飛び跳ねながら言った。両手を忙しなく動かし、幼い顔を驚きで埋める。
「本当かい!?」
「あたし、ウソつかないよー! あ、でねでね、なんかね、へんなの。藍華、まだ五歳なのに、かがみのまえとおると二十歳くらいのおねーさんがうつるんだよ?」
ビンゴだ。僕は心の中で小さく拳を握ると平常心を保って彼女を見た。彼女は分かっていないだろうが、僕にはこれで十分だ。
「そう、変なんだ。どこが現実とずれていて、おかしい。どうしようもないよ。でも、もしかしたら、今僕達が置かれている状態だけなら、分かるかもしれない」
「ホント!? うわぁ、潤すごーい!」
僕の隣で、大きな少女が歓喜の声を上げる。声は弾み、瞳は輝く。
「僕は、凄くなんてないよ」
謙遜よりも自虐に近い微笑みに、藍華は気づかなかったようだった。
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