握手
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突然の質問内容に心臓が跳ねる。選んだ言葉は少し違う気がしたが、僕が一番聞くのを恐れていることを、雨帝は今まさに問いかけていた。面倒見がいいのかおせっかいなのかはさておき、雨帝の質問に重い意味があることだけは確かだ。おそらく、僕が「嫌い」だと言ったから、その逆の「好き」かを訊いたのだろう。にしても、心臓に悪い質問だ。
「でも、きっと、潤はあたしのこと、きらいだっていってたから……」
歯切れの悪い喋り方で藍華が言う。どこか投げやりな言い方だった。語尾に近づくにつれ声が小さくなっていき、後半は聞こえなかった。しかし、大方の予想はつく。少なくとも、この後に来る言葉は「どうせ」だろう。
「彼がどうとか、そんなのはどうだっていいんですよ、藍華。アナタの正直な気持ちを聞かせて欲しいのです。藍華。先ほどは仲直りだと言いましたが、今回ばかりはだいたい潤のせいです。アナタが謝らなければいけないことなんて我侭ばかり言ってすいませんでしたぐらいのものですよ。ですが、奇数。私が訊いているのはそういった建前的な口上ではなくて、本音なんです。別に、定数の強がりは関係ないんですよ」
鼓動がうるさいほど高鳴る。僕はそれをなだめようとしたが、鼓動は治まる気配を見せるどころか余計に早く脈打った。僕は落ち着こうと意識するのを止め、一度大きく深呼吸をする。すると鼓動はいくらか速度を弱め、それに伴う頭痛もほんの少しだけ治まった。そして僕は、次に来る言葉を待つ。
「あたしは——」
呼吸を整え。瞬きを数回。
重心をずらして。言葉の準備。
謝ろう。お礼を言おう。
例え彼女に、嫌われていたのだとしても。
「あたしは、潤のこと、だいすきだよ」
時間はスローモーション。
僕は、ただ無心に、駆け出した。藍華が何か言ってたけれど、そんなの無視して、僕は渾身の勇気で叫ぶ。
「藍華ッ! 僕は……僕だって、君が!」
どうしよう。考えていた言葉とまるで違うことを言っている。謝るんじゃなかったのか。お礼を言うんじゃなかったのか。というか、僕は藍華をどう思ってるんだ。
僕だって、と言った。
藍華は僕を、大好きだと言った。
別にそれがどうってわけじゃあないけれど、何だかとんでもないことをやらかしてしまったような気がした。視界の端で雨帝が意地悪く微笑む。もしかして僕はまんまと嵌められたのだろうか。ならば後で雨帝に言っておかなければいけない。
君のおかげで僕は死にかけたよ、と。
「君のことが——大切なん、だよ……?」
何で同じことが言えなかったのか。何で疑問符なのか。突っ込みどころはたくさんあったが、今はこれでいいと思った。
「——っ潤! あぁーもう! ばか! もう! もう……」
「あ……いか、さ、ん……?」
へなへなと座り込んでしまった彼女は、僕の言葉にも反応せずに俯いていた。怒られてしまったのか、または地雷でも踏んだのか。どちらなのかは分からないが少なくともいい状況でないことだけは分かった。
「えっ——、えーっと……」
「ふん!」
「!?」
ちょうど胃の当たりに衝撃が走った。藍華が頭突きを食らわせてきたのだ。僕は数歩よろめいて後退すると、右手で腹部を、左手で口元を押さえてしゃがみ込んだ。ただでさえ頭を振りすぎて気持ち悪いのに、余計に体調が悪化した。これは不調と言って差し支えないだろう。
なんてどうでもいいことを考えていると、僕の目の前に僕と同じか少し大きいくらいの手が差し出された。やっとのことでその人物を見上げる。
そこには、三浦藍華が立っていた。
今にも泣き出しそうな笑みを浮かべて、そこにいた。
「なかなおりは、あくしゅ」
そう言って、彼女は手のひらを大きく広げた。手を掴んで立ち上がっただけじゃ握手とは言わない、と思ってから僕は思い出す。藍華にとっては、手を握ると言う行為自体が握手なんだった。
「……うん、握手」
そのちいさく大きな手を、僕はそっと握りしめた。
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