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閏年計画  作者: 椎名円香
第一章 定数
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後悔

ご閲覧頂き誠にありがとうございます。

 どこに行ってしまったのだろうか。僕は無駄に開けた視界の中に藍華の姿を探した。防音室以外の障害物がないため視界は良好だからすぐに見つかるだろうと思っていたが、失敗した。段差がやけに多く、死角になっているところが大量にあるのだ。この中から藍華を探し出すのは少々骨が折れる。

 そう、小さくため息を吐いたときだった。

「っと、どうして最初に遭遇するのが私なんでしょうかねぇ」

 遠く、と言ってもそれほど離れていないあたりから、雨帝の声が聞こえてきた。一緒に、別の誰かの声も聞こえてくる。おそらく藍華の声だろう。一気に心臓が跳ね上がる。

 僕はやっぱり、臆病者だ。

 僕は少し近づいて様子をうかがった。どうやら藍華はもといた場所に戻ってきていたらしい。僕と入れ違いになってしまったようだ。

「ね、雨帝ぁ、潤、潤、どこいったの?」

 自分の名前を呼ばれたことに動揺し、冷や汗が出る。僕は咄嗟に身を翻すと、段差の下に降りてしゃがみ込んだ。降りてすぐ様子をうかがうと、雨帝が唇に人差し指を当てて微笑んでいた。完全に気づいている。というより、僕に気づかせるためにわざわざ大きな声を出した、という方が正しいだろう。はじめからここに居合わせるように仕向けられていたようだ。僕は少し不本意に思いながらも、内心ほっとため息を吐いた。

 今の僕は、藍華に面と向かって「嫌い」と言われたら、きっと傷つくだろう。

定数フィクストなら、奇数オッドに嫌われたーってしょぼくれてましたよ。どうやら今更後悔してるようです。その上優柔不断で。もう私には手の施しようがないですね」

 雨帝はやれやれと肩をすくめると、小さくため息を吐いた。我ながら散々な言われようだ。しかし、雨帝のそれは正論で、散々なのは僕の現状の方だろう。王道の冒険小説を読んでは主人公の人格を優柔不断だの有限不実行だのと批判していたくせに、いざ自分がその立場に立ってみればこの様だ。これはもう呆れ果てるほかない。

「……潤は、あたしのことがきらいなんだよ。藍華なんてー、って。きっと、もう、藍華のことなんか、どうでもよくなっちゃったんだよ」

 藍華は拗ねた口調でむくれてみせた。僕は違うと叫びたい気持ちを必死に抑えて雨帝の追い打ちを待つ。

「まぁ、こんな意味不明な空間にいきなり連れてこられて閏年計画だなんだと言われたら、他人ひとの事なんて考えられなくて当然ですよ。その点、定数フィクストはなかなか配慮のできる方だと思いますけどねぇ」

 思いがけないフォローに目頭が熱くなる。天然で、不器用で、謎めいた人だけど、悪い人ではない。それは、僕らを助けてくれたときに分かっていた。それを受け入れずに、疑うことで守ろうとした弱さも、僕は受け入れたい。きっと、この機会を逃したらもう二度とチャンスは来ないだろう。

「ま、あれはさすがにやりすぎでしたね。私がやられたら一生口を聞かなくなりますよ、きっと。自分の弱さを他人に押し付けるのは自己中心的です。そういうところ、定数フィクストは気が利きませんね」

「むぅ……」

 雨帝の言葉に、藍華はさらにむくれてしまった。果たして雨帝は僕たちを仲直りさせる気があるのだろうか。この流れだと完全に僕が藍華に無視されるようになるパターンだ。それだけは避けなければいけない。そうでないと謝ることもできなくなってしまう。僕はどうかこれ以上煽らないでくれと祈りながら、次の言葉を待った。

「はいはぁーい。どーせ潤はタニンですよーっだ!」

「おやおや……まったく」

 藍華はもう完全にふてくされていた。いつものポジティブさはどこへやら、ついには「どうせ」なんて言い出してしまった。それもこれも全部さっきの僕の発言のせいだ。僕は再び自己嫌悪に陥りかける。しかし、そうなってしまっては元も子もない。僕は頭を思い切り左右に振って雑念を振り払った。やりすぎたせいで軽く目眩がしたが、こんなものは不調の内に入らない。

「ねぇ、奇数オッド、アナタはどうしたいんです? 仲直りしたいんですか?」

「……」

 雨帝が核心を突いた。

 先ほどまでぶつくさ言っていた藍華はいきなり黙りこくって、完全に雨帝を無視している。そんな藍華に、雨帝は再び訊いた。

「ねぇ、奇数オッド。アナタは、潤のことが、好きですか?」

お読み頂き誠にありがとうございました。

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