難解
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話しているうちに、僕は雨帝に対する印象を改めなければいけないと感じた。雨帝が善くも悪くもミステリアスなのは天然故だし、僕らに対して害意を持っているというわけでもなさそうだ。いい加減警戒を解いてもいいのではないかという気がしていた。
「ところで、定数。私からも一つ、質問をしてもよろしいでしょうか?」
「? うん、いいよ」
僕が頷くと、雨帝はふっと笑って腕を組んだ。そして、言葉を慎重に選ぶように眉を寄せてから、ゆっくりと語りだす。
「定数は、これからどうするおつもりですか?」
あ、と思った。それは、今僕が何よりも先に考えなければいけないことだった。もしかしたら、忘れようとしていたのかもしれない、と思う。多分、あながち間違いでもなかっただろう。事実、僕は今の今までそのことを考えていなかったし、かといってどうにかなるだろうなどという藍華のようなポジティブな考え方ができているわけでもなかった。
「僕は、これから……どうしようかな」
僕は静かに嘲笑を浮かべる。それは他でもない自分自身に向けられたものだ。
「おや……悩むんですね。てっきりどうしようもないと言われると思っていましたよ」
どうしようもない。確かに現状はどうしようもない。しかしどうにかしなければいけない。それが分かっているから、僕は何も言えなかった。きっと今何か言おうとしても泣き言しかででこないと思ったのだ。醜い僕は見せたくない。ずっと余裕の仮面を被っていたかった。
だから僕は、ずっと黙っていた。
「なるほど……。まぁ、いいでしょう。いきなり受け入れろという方がおかしいんですから、仕方ありませんよ。しかし——」
そこで雨帝は言葉を切った。切れ長の右目が僕を見つめる。責めるような鋭い視線に、僕は咄嗟に目を逸らした。その先に防音室が見える。
「いつか必ず、選ばなくてはいけないときが来ます。そのとき、そうやって曖昧にはぐらかしていては、大切なものを失うことになりますよ。それでいいと言うなら止めはしませんが——。そんな貴方を、奇数はどう思うでしょうね?」
三浦藍華。
一年に四年分の成長をしてしまう、僕とは正反対の女性。彼女がどう思うかなんて、僕には分からなかった。ただ、幼く疑問を抱いてばかりの彼女との会話を成立させるのに必死で、それだけだった。それ以上のことはない。会話の成立以外に彼女に求めることなど何もない。
好かれていたら好都合。QED。
「取り繕えればそれでいいと、思っているでしょう?」
「もう止めてくれないか、雨帝」
僕は耐え切れなくなって言った。雨帝は大して驚いた様子もなくゆっくりと瞬く。
「僕は、僕の人生に無闇矢鱈に干渉されたくないだけなんだ。いちいちちょっかいを出されるのが、嫌なんだ。だから曖昧に生きてる。悪意が表に見えないように。それの何がいけないって言うんだよ?」
何を言っているんだ、僕は。そう思った。けれど感情というのは一方通行で、後戻りできない。それが嫌で、はぐらかしてきた。短所だと分かっていた。仕方ないと思ってきた。
「定数はそれでいいでしょうね。しかし、周りはそれをどう思うでしょうか?」
雨帝が僕の後ろを見やる。どうやらそこに藍華がいるようだ。ならば、雨帝の言う周りというのは彼女のことだろうか。確かに、傷つくかもしれない。傷ついてくれるほど思われているとも到底思えないけれど。しかし、諭されて改心、なんてご都合主義の型にはまるつもりもない。
「周りなんて知らないよ。第一、藍華だって我侭ばかりで、嫌だったんだ!」
「え……?」
ああ、やってしまった。
僕はまた、遠ざけることで僕を守ろうとした。
「藍華っ……違うんだ、今のは——」
必死に取り繕おうとする僕が喚く。どうにもならないよと、一番冷静な僕が囁く。次に、一番諦めの悪い僕が言う。
「お願い、僕の話をっ……」
「——もう、しらない! 潤なんて、だいっきらいだよ!」
そう言って、藍華は僕に背を向けた。
彼女は、泣いていた。
「どうしろっていうんだよ……」
一番素直な僕が、一番冷静な僕に問いかける。案の定、返事はなかった。
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