邂逅
ご閲覧頂き誠にありがとうございます。
頭が、痛い。首を締め付けられるような鈍痛。警鐘とも言うべきそれは、僕の思考を引き裂いて鳴り響いた。金切り声にも似た耳障りな雑音が、何度繰り返されたか分からない。ただ一つだけ分かるのは、今の僕が正常ではないということだけだ。
正常で、あるはずがないのだ。
もし正常ならば、こんな馬鹿なことが起きるはずがない。これまでの人生の中で、こんな現象は見たことも聞いたこともなかった。だからこそ僕は、今自分の身に起きている異変に恐怖せざるをえなかった。解決策どころか、現状すら分からない。これではどうしようもないだろう。
だから僕は、受け入れようと藻掻いている。
「ね……ん、だ……?」
直後、耳元で誰かが囁く。大人の女性の声だ。にもかかわらず、何故か舌足らずで、どこか幼い。とても自然な猫なで声だった。しかし、不思議と耳障りではない。むしろ心地いい声音だ。
「ねぇ、お兄ちゃんだぁれ?」
「……っん——?」
僕は鉛のように重たい体をなんとか持ち上げて、僕の顔を覗き込んでいる女性を見上げた。歳はちょうど二十歳ぐらいだろうか。童顔で、ぱっと見だと少女にしか見えない。しかし、その子供のような表情を除けばどこからどう見ても大人だった。だからこそ、幼い顔立ちと口調がどうしようもなく違和感を放つ。
「えっ、と。僕は——ッ……」
「お兄ちゃん、だいじょうぶ?」
僕が後頭部に痛みを感じて小さく呻くと、彼女はどうしていいか分からないといった様子で手をばたつかせた。かなり動揺しているようだ。僕は平静を装って微笑んでみせる。
「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう。それと、初めまして……かな? 僕の名前は幸村潤と言うんだ。君は?」
体勢を整え、ゲーム画面のような足場に座り込む。すると彼女は僕の横に座って手をいじりながら答えた。
「あたし? あたしはね、三浦藍華っていうのー」
そう言って彼女は朗らかに笑った。その表情は二十歳の女性には見えない。もしかしたら本当は少女なのではないだろうか。そんな疑問が脳裏をよぎる。しかし、僕はすぐにその考えを振り払って微笑んだ。考えても仕方のないことは考えるだけ無駄だ。僕は静かに思考を閉ざす。
「なんて呼べばいいかな? ああ、僕は潤でいいよ。えっと……三浦さん?」
僕は顎に手を添えて数秒思考する。おそらく彼女の方が年上なのだから、やはり“さん”付けした方がいいだろう。しかし、彼女は目をぱちくりさせて僕を見ている。何かおかしかっただろうか。
「えー、なんかタニンギョーギ……。藍華でいいよぅ、ね。あたしも潤でいいでしょ?」
本当に他人行儀の意味を理解して言っているのか謎だったが、間違っているわけではないのでスルーした。いちいち指摘していたら埒があかない。それに、わざわざ場の空気を悪くするような発言をするのは愚かだ。あえて言うようなことでもない。
「あぁ、うん。それじゃあ、藍華と呼ばせてもらうよ。よろしく、藍華」
僕は上手に笑顔を作って手を差し伸べる。すると彼女は自分の手のひらを見てからそれを僕の手に重ねた。僕は驚いて藍華を見る。
「えっと、その。握手、なんだ、け、ど……」
「うん、あくしゅー」
どうやら、彼女にとってはこれが握手らしい。おそらく、互いの手に触れるという動作そのものが握手だという認識なのだろう。それも一種の解釈かもしれない。僕はそう思ってもう片方の手で彼女の華奢な手を包んだ。
「潤、どーしたの?」
藍華が僕の顔を不安そうに見つめる。僕は必死に笑おうとした。多分、失敗したと思う。
「いや、なんだか、適応してしまっている自分が情けなくなってね」
「?」
藍華が首を傾げる。彼女はまだうまく受け入れられていない様子だ。それを見て、僕は更に虚しくなる。
受け入れようと藻掻いていたそばから、僕は受け入れることができてしまっていた。
それが僕の短所だと、聞こえない嘆きを吐いた。
お読み頂き誠にありがとうございました。
誤字・脱字などご指摘頂けると幸いでございます。