リトルチンチンに花束を――
ハクスイ@デコピンは懃にらっどの元に訪れた。
二人の階級の隔たりを鑑るに本来はことは一片の命令書で足りたが、戦死を約束された任を下すに自ら赴くのはハクスイなりの誠意であったろう。
らっど、当年三十三歳。
未だその横顔に童臭を残した好漢だったと云う。
「ようこそようこそ」
遥か上位のハクスイを迎えながら緊張どころか猥れる風で、流石にハクスイはこの無礼節に閉口したが容儀を正して命を下した。
――殿軍を、
つまる所、犧になれと、
取り乱すか、惑うか、躊うか?
我ながら非情かつ理不尽な命でありハクスイもらっどの対応を予測はして臨んだが、外れた。
「アア、そうですか」
らっどは顔色も変えず杯を重ね続けた。
(こいつは)
現在の情勢で殿軍を命じられることがどういう事か理解出来ないはずはない。
(とんでもない大馬鹿か、さもなくば大人物だ)
俄には判断がつき辛いがすでに言は口を出てしまった以上ハクスイに出来ることは無い。
早々に陣を辞した。
事実は様態を異にする。
らっどは決して従慫と事態を受け止めた訳では無かった。
寧ろ、この悠然たる態度は見せかけで
ある種の昆虫が危機に際し死を擬態するように、らっどの精神も衝撃のあまり一時的に仮死していただけに過ぎない。
その証拠にハクスイが去った後のらっどの取り乱しようは見れたものでは無かった。
「どうしよう、どうしよう…おい幼兵何とかしろ」
腰を抜かさんばかりに怯えながら子分の伝説の幼兵の襟を掴みガクガクと揺さぶる様は英傑の質からは程遠い。
その様を見た伝説の幼兵は逆に腹が据わってしまい、何とか工夫を凝らし一計を案じた。
「神域の知謀と名高いサブリナに相談しましょう」
幼兵は愚図るらっどをなだめすかし、時に尻を蹴り引きずるようにしてサブリナの帷幕に連れていった。
サブリナはパンドラ公国の生まれであるが、仕える主に恵まれず月華皇国に流れてきた人間である。
だがそれも無理からぬ事で、サブリナは年若く、あまりに美少女過ぎた。
各地の軍閥長が少女の言を納れて運命を託すような選択をしなかったのは当然だったろう。
縁あっていくら配下の一般ぴーぽーと親交を結び、その傳で日和見の食客となっていたが日和見の下卑た視線に堪えかね殆ど幕屋の内に引き篭っていた。
結果として陣に棄て置かれ宙に浮いた存在のサブリナは暇潰し程度の軽い気持ちでらっどと面会したのだった。
「無理ですな」
サブリナは膠もなくらっどの相談を一蹴した。
大陸最強を謳われるポテト軍に僅か二隊で挑むなど狂気の沙汰でしかない。
らっどは恐慌に見舞われ地段駄を踏み「助けろ何とかしろ」と泣き喚くばかりでまるで、玩是無い乳飲み児のようになった。
(困ったな…)
サブリナはそんならっどに憐憫を催し、それ以上に
『このどうしようもない人は私がいないと死ぬしかない』とどうにもならない保護欲求を覚えた。
らっどが素寒貧で卑賎な身分ながら一軍の将にまでなったのはこの点であり、何かをしてやりたくなる可愛げこそがらっどの最大の財産と言ってもいいだろう。
「策は無くも無いですが」
らっどはぴたりと泣き止みサブリナをまじまじと見つめた。
(まるで母にすがる赤子のような…)
サブリナは陥落した。
そして、この瞬間から後世に名を成す軍事サブリナが生まれた。
「NORTHを、彼のイケメソ近衛兵団を動かすのです」
それは同時にNORTHの受難の始まりでもあった。