ドアマットヒロインが全力で抗議する話
「ラフ。これ以上、他国の貴族がいる場へ連れて行くことも、彼らに私の婚約者としてお前を紹介することもできない。
もしも、他国の貴族が当家に挨拶に来たとしても、絶対に彼らの前に姿を現すな。何があっても、絶対にだ。
・・・・・・もちろん、どうしてだか、もちろん分かっているよな」
ラフ・イップは切れ長の瞳を微かに見開いた。
怜悧ともいえる彼女の美貌が歪む。
今、彼女にそう言ったのは、冷たく言い放ったのはイース・ブラウニー伯爵令息。
彼女の婚約者であり、国から他国との交渉役を任されている男だ。
彼はその有能さ故に、様々な場やパーティーに交渉役として出席している。
そして、そのような場へ共に出席するのが、ラフの婚約者としての仕事であり、楽しみでもあった。
顔を顰めるイースの姿にラフの口が戦慄く。
婚約者から言われた言葉を脳内で反復しているのだろう。
彼女が目線を下げるとイースに縋り付く、女性が見える。
「・・・・・・いえ、なぜ、でしょう」
ラフが何かをいいかけ、グッと耐えた。
そして、悲しみを滲ませた表情でイースに聞き返す。
「なぜ、なぜだと? お前、本当に分からないのか?」
「・・・・・・分かりません」
そんなラフに、イースが更に顔を歪め、頭を掻き毟る。
溜め息こそ吐いてはいなかったが、彼が苛立っていることは明らかだった。
ラフのキリリとした眼が伏せられ、叱られるのを待つような顔で上目遣いになる。
「そうです! なぜいけないのですか!!」
イースに縋り付いていた女性、ワーフ・イップも声を上げた。
ラフとは違い、丸く幼げな顔の作りをしているが、彼女たちは姉妹だ。
きゅるるんとした瞳を愛らしく怒らせ、いつも通りにおねだりをし始める。
「一緒にいきたいです! お客様にご挨拶したいです! お願いします、お義兄さま!」
この表情で首を傾げ、哀れっぽくなけば、どんな人間でも、言うことを聞く──
「駄目だ」
のだが、イースには効果がなかったらしい。
「な、なんでですかっ!!」
ワーフがキャンキャンと吠え、瞳を潤ませる。
「本当に分からないのか!?」
「分かりません」
「全然」
イースの言葉にラフとワーフが再び首を傾げた。
本当に分かっていない様子の彼女たちに、イースの口角が痙攣するように引き攣る。
そして、大きく口を開き、慌てて閉じた。
そのまま数度咳払いをすると、彼は深呼吸を繰り返し、再び口を開く。
「ラフ」
「はい」
名前を呼ばれたラフが即座に返事を返す。
イースに呼ばれたらすぐに返事、それが身についているのだ。
「君は、他国の貴族がいる時、一体何をする?」
「イース様には「くれぐれも私の邪魔をするな」と言われているので、邪魔をしないようにしています」
「つまりっ!」
ラフの言葉にイースの声が若干大きくなった。
苛立ちがぶり返してたらしい。
「・・・・・・何をしているんだ、具体的に」
だが、軽く首を振り、声のトーンを落ち着け聞き直す。
「えぇっと、いつも通り」
「・・・・・・いつも、通り?」
イースの蟀谷がひくつく。
「イース様の足下に寝転がります。他国の方がいらっしゃると、なかなかフミフミして頂けないので、せめて足の裏の感触だけでも感じようと思って」
ラフが誇らしげに耳をピンとたてて、尻尾を振る。
その尻尾につられたらしいワーフが、へばりついていたイースの足からようやく離れた。
わふわふと嬉しそうにその尻尾にじゃれついている。
こうして見ると愛らしいが、ワーフも獣人だ。
イースの力では、自分の足にへばりつくワーフと離すこともできない。
逆にむらみやたらと相手をすると「遊んでもらえた」と興奮してしまった義妹に足を強かにかじられることになるのだ。
義妹に噛まれ、王宮の医者を呼ぶことになった屈辱を彼は未だに忘れられない。
そう、イースは人間であり、ラフとワーフは犬の獣人なのである。
この国では異種族同士の婚礼は珍しくないのだが、他国もそうとも限らない。
実際──
「いいか、何度も言っているがな! 人間の文化だと、自分の家族を公衆の面前で撫で回したり、ましてや、足でフミフミする愛情表現はないんだ!! この前、私たちを見た他国の要人になんて言われたと思う!?
『我が国では女性を大切に扱います。他種族といえども、女性を足蹴にするような貴族がいる国、それも、そんな人間を他国との取引の使者に連れてこられる国とは取り引きできません』
ごもっともだよ!! 私も思わず、頷いてしまった!!
なんとか犬の獣人たちの文化を説明させていただいたが、それでもあちらの使者は最後まで、私が女性に暴力を振るう人間ではないかと疑っていたんだぞ!」
イースがついに大きな声を出した。
彼が声を荒げるのは珍しいことである。
どうやら、よほど、据えかねていたらしい。
「え・・・・・・」
ラフの眼が見開かれ、興味深そうに鼻がひくつく。
「でも、私には『もしも力になれることがあれば、ぜひ我が国におこしなさい』と言われていましたよ? つまり、結果は大成功だったのでは?」
ラフが曇りない眼でそう尋ねる。
「その『力になれることがあれば』っていうのは、私とこの国から逃げて亡命したいときは、ということだ! 君は差別されているか、奴隷にされていると思われているんだよ!」
そんなラフにイースがたまらず、そう説明した。
「はぁ・・・・・・それは、また、想像力が豊かですね。私の姿を見れば、どれだけ貴方に愛されているのか分かるでしょうに・・・・・・」
ラフが不思議そうに瞬きをする。
どうしてそんな風に思われているのか、本当に分からないのだ。
「他国で年若い異種族の娘が貴族の足下にへばりついて、なんとか踏まれようとしているのを見て『あ、そういう愛情表現なんですね』と思う人類はゼロだ!!」
「そんな馬鹿な・・・・・・」
ラフが信じられないという顔をして、首を振った。
その表情はどこか唖然とした様子だ。
ラフたち犬の獣人にとって、撫でられることと、足で身体をフミフミされることは当然の愛情表現である。
そのため、ドアマットやオットマンに嫉妬し、彼女(彼)らをビリビリに破くという愛人?の暗殺?は、この国では後を絶たない問題だ。
この国では頭を悩ませる者が多いのだが、他国ではなぜか失笑される問題でもある。
そして、他国の要人との交渉役であるイースが頭を悩ませるのは、そういう場でも婚約者が自分の足下に滑り込み踏まれようとすることであった。
「では、お義兄さま! 私はいいのでは? だって、私はお義兄さまにフミフミを要求なんて、しておりませんもの!」
「・・・・・・ワーフ嬢」
「はい!」
ワーフが期待に満ちた瞳でイースを見上げる。
彼女は今垂れ下がったラフの尻尾を抱え込み、無邪気に床に転がっていた。
獣人の多くは、ドレスが汚れても気にしない。
なんなら、ドレスのまま泥遊びだって始める。
「君は、帝国の皇帝との会合で何をしたのかな?」
「皇帝陛下にご挨拶をしましたわ!」
「・・・・・・どのようなご挨拶をしたのかな?」
「皇帝陛下のお尻のにおいを嗅ぎました!」
ワーフがキラキラとした瞳ではっきりと言いきる。
きちんと挨拶をした、それはとてもいいことであり、褒められるべきことだ──そう信じて疑わない瞳だ。
「そうだね。帝国の皇帝陛下のお尻に鼻先を突っ込もうとして、陛下に悲鳴をあげさせたね」
「はい、きゃーって言ってました! 陛下ってゴリラの獣人のように逞しい方なのに、ご令嬢みたいなかわいらしい悲鳴をあげられなんて、すごいと思いました!」
「帝国の皇帝陛下のお尻をご令嬢が嗅いだという理由で、開戦する羽目になるかとおもったよ、私は! あの後、なんとか、獣人たちの文化だとは納得していただけたけども!!」
「ほへー・・・・・・でも、あの方『いつでも、帝国に遊びにきなさい』って私を歓迎してくれていましたよ? つまり、結果的に仲良しになれたのでオッケーだったのでは?」
きょとんと、ワーフが首を傾げる。
愛らしい仕草だ。
とてもじゃないが、帝国の皇帝のお尻に鼻先を突っ込もうとした令嬢には見えない。
「絶対に行くな、絶対に帝国には行くなよ! 帝国になんか行ったら、皇帝に何をされるか分かったものじゃないぞ! しかも、皇帝にもみ消されて、こちらでは調査できないだろうからな!」
「? でも、ちゃんと挨拶できたし、仲良くなれたと思いますよ?」
「なれてない!」
もはや、イースは頭を抱えんばかりの勢いである。
「で、でも、私たちだって、ちゃんと人間の文化に合わせようと、努力しているんですよ? 文化が違うというのは、ちゃんと分かってはいるんです」
ラフが小さく手を挙げ、抗議の意を示した。
その言葉にイースがはっと口をつぐむ。
「分かってる、分かってるんだ・・・・・・確かに、私たちの文化が違うことは分かっているし、君たちに人間の文化を押しつけるのは、本当にすまないと思っている」
イースが何度も、頷く。
そう、これは人間と獣人の文化の違いのせいである。
二人に悪意など微塵もない。
ただ、互いが互いの文化をよく知らない、それだけ。
人間同士でも、国によって文化の違いがあるのは当然だ。
そして、それを無理矢理片方に押しつけ、その文化を矯正しようとするのは文化の破壊であり、その国や種族を軽んじる行為であることもイースは分かっている。
だが、それでも、他国との交渉役というお役目を頂いているイースにとっては「自分たちの文化」よりも「交渉相手の国の文化」に重きを置くのは当然のことであった。
だが、それはあくまでも【イースにとっては】である。
この国は異種族入り乱れる国家ではあるが、それでも未だに人間の権力の方が強く、異種族の立場は弱い。
そして、それは自分よりも彼女たちの方がより強く【実体験】を伴って、感じていることだろう。
そんな彼女たちが、よりにもよって自分の婚約者や義理の兄になる人間から【自分たちの文化を軽んじられる】ように感じるのは、耐えられないはずだ。
だから、そう思われることのないよう、そもそもそういう場に二人を連れていかないことを決めたのである。
「君たちの文化も尊重したいとは思っている。けれど、どうしても他国と交渉する時は人間・・・・・・向こうの国の文化を尊重しなければならなくなるんだ。それは君たちが獣人だから、その文化を尊重しないんじゃない。この国の文化よりも、あちらを優先し、交渉しやすくするためだ。
それに、未だに他国では獣人への理解も、その文化についての知識も浅い。君たちの文化を知って貰うための行動も必要だろうが、それは他国との交渉の場ではなく、まずは・・・・・・」
「でも・・・・・・私たち、お客様たちにテンションが上がっても、噛みついたりしないように、ちゃんとしてますし・・・・・・」
イースの言葉をラフが遮る。
それは小さな言葉だったが、イースにはしっかりと聞こえていた。
他国の要人に噛みつく。
噛みつく。
「国際問題! 犬過ぎるだろ、流石に!!」
ついに、イースが膝から崩れ落ちた。
彼の心からの叫びであった。
後日、イースが交渉の場に出掛けようとした時、口輪をはめた婚約者がが尻尾を振って馬車に乗っていた──かどうかは、ご想像にお任せしよう。
ドアマット(になりたい)ヒロインが全力で抗議する話
ドアマットヒロインという単語を知らなかった頃の僕の「ドアマット・・・・・・美女と野獣に出てきた・・・・・・犬みたいなヒロインってこと? なんかフワフワしてそう・・・・・・」というイメージから書いてみました
イメージはシベリアンハスキーの獣人
ハスキーのクールビューティーに見せかけた、おバカ具合・・・・・・いえ、あの「人間!! 人間だ!! 人間!! うおおおおおお!! 人間うおおおおおお!!(嬉しすぎて失禁) 撫でて撫でて撫でて撫でて!! 足でフミフミして!! 足足足足足!! ふめふめふめふめ!! なでろなでろなでろなでろ!! うおおおおおお人間!! 人間うおおおおお!! 散歩!! 散歩行くか!?? 散歩!!?? うおおおおおお!! 楽しい楽しい楽しい!! 噛む!!!(迫真) 尻尾うめええええええ!!!!」というあの勢いが好きです




