心変わり ~ 愛しているのは君だけだなんて嘘はもういりません ~
読んでいただきありがとうございます。
博愛令嬢 それが私の二つ名だ。
どうしてそんな二つ名が付いたかと言えば……私の婚約者のジュール様に大きな原因がある。
多少付け加えるなら、我がハリス伯爵領はビートの栽培が盛んで、領地内には砂糖を生成する工場もあり国内外で使用される多くの砂糖はハリス伯爵領地産だ、お父様は慈善事業として国内の孤児院や平民が通う学院にクッキーを配っている。
全てを受け入れ、広く平等に慈しむ……か。
話がそれたが元凶のジュール様は私と同じ年の17歳、スコット伯爵家の嫡男でブロンドのサラサラな髪を後ろで縛り、青い瞳の美丈夫だ。
私達が15歳の時、スコット伯爵家からの強い希望でこの婚約は結ばれた。
婚約直後の私は、かっこいいジュール様の婚約者になれて嬉しくて、並び立つにふさわしくあろうと自分も磨き、勉学にも励み、お父様にお願いして個人資産としての事業も始めたのに。
「メイジ-君を愛しているよ」
会うたびに囁かれるジュール様の言葉も素直に受け止め、これから続いていく明るい未来に胸躍らせていたのに。
思う様にはいかないもので、貴族学院に入学するとジュール様は沢山の女生徒を周りに侍らせる様になり、私と過ごす時間はほとんどない。
そんなジュール様を怒ることもなく穏やかに慈しむ婚約者として博愛令嬢の二つ名がついた。
最初はイライラもモヤモヤもしたけど……。今はどちらかと言えば無関心。
ただ放置しているだけだ。
ほら今日も中庭に気持ち悪い集団………ベンチに座るジュール様を複数の令嬢が取り囲んでいる。
足早に渡り廊下を通り過ぎようとする私を見つけて、ジュール様が手を振り掛けてくる。
「メイジ-今日の約束なんだけど、キャンセルでいいかな?モレス伯爵令嬢のキャサリンが、伯爵夫人の誕生日プレゼントを僕に選んで欲しいそうなんだ」
「……?」
私は大きくため息をついて答えた。
「私との約束はいつでもいいですよ」
「ありがとうメイジ-。愛してるのは君だけだよ」
ジュール様は私の髪をひとすくいしてキスを落とす。
さむ……。
最近ジュール様に触れられると背中が寒くなる。
ニコニコしながら手を振り去っていくジュール様とその仲間たちを見送り、中庭にぽつんと残された大きな噴水をしばらく眺めていた。
「この状態も……もうすぐ一年か……。」
ポツリと私がつぶやくと、噴水の水がブシュブシュいって空に向けて弾けた。
水の粒が光に反射してキラキラと煌めく。
「詰まり気味だったのかしら……。」
噴水の水は以前より高い位置まで上がっている。
たかく上がった水を見上げて、自分の将来ビジョンを考え直すいい機会かも♪
ふと頭に浮かんだこの思いはどんどん膨らんだ。
私は伯爵家特産の砂糖を活かし、3年前から菓子店を経営している。
安価で美味しいと売れ行きは良好だ。
授業が終わると、私は馬車を先にお店に向かわせて今後の構想を練りながら侍女のマヤとずんずん歩く。
学院からお店までは歩いて10分くらいの所にあって思考しながら歩くのにいい距離だ。
「マヤ私ね、事業家として独り立ちする道を進むことを決めたわ」
「まあお嬢様、あの不用品はどうするのです?」
「ん~。とりあえず考えない!」
「それより私ね。今後のお店の展開をいろいろ考えたの!今のお店は焼き菓子が中心でお持ち帰りだけのお店でしょ~。お店の一画にテーブルと椅子を置いてスフレやフレッシュクリームを使ったお菓子をその場で提供したらどうかしら?
暑くなったらジャムを甘くして氷菓子なんかもいいんじゃない?
買い物に来たついでにちょっとお茶を飲んでいただくのよ。そうしたら紅茶の入れ方や茶葉の勉強もしないと!お菓子によっては苦みの強い茶葉やハーブを入れたさわやかな茶葉が合うんじゃない。気に入った茶葉があれば購入できるのもいいわね~」
「いいなそれ!」
自分のお店の前についたが構想をマヤにしゃべり続けていると、すぐ横に停められた大きな馬車から返事が返ってきた。
「お嬢様、このユリと鷹の紋章はグエン公爵家のものですね」
マヤが私にそっと耳打ちする。
馬車のドアが開くとグエン公爵令息のゼイン様が降りて来た。
「やあ。今の話を聞いていてね、いい考えだと思ってつい返事をしてしまった、もしかしてこの店はメイジ-嬢が運営しているのかい?」
私は突然話し始めたグエン公爵令息をぽかんと見上げる。
「やあ あの……母上がこの店のカヌレのファンでね、今日も買いに立ち寄ったんだ」
ゼイン様はなんだか恥ずかしそうに頭をガシガシと掻く。
「こんにちは、グエン公爵令息様。同じクラスなのに話すのは初めてですね。私はハリス伯爵が娘 メイジ-と申します」
学院内とはいえ爵位が上の方にはなかなか話しかけにくい、私はいつも伯爵以下の友人達とばかり学院で過ごしていた。
「メイジ-嬢、俺のことはゼインと呼んでくれていい。しかし学生のうちから自分の店を持つなんて凄いね」
ゼイン様はそう話しながら店の中の焼き菓子をガラス越しにキラキラした眼で見ている。
「あの。ゼイン様、甘いものは大丈夫でしょうか?これから試作のスフレを焼こうと思っているのですが食べて行かれませんか?」
「いいのか!」
大きくてガッシリした両手に私の手が包まれる。
「もちろんです」
「作っているところを見せてもらってもいいだろうか」
「はい」
ゼイン様は意気揚々と私の手をにぎったまま店に入っていく。
あの……私の店なのですが……。
その後ろ姿をみて、マヤとグエン公爵家の従者は目を合わせ、同時にため息をついた。
✿ ✿ ✿
私はパタパタと鍋をかき混ぜながらカスタードを作る。
ゼイン様は大きな体を丸くして鍋を覗き込み、腕を組んで頷く。
「しかし甘いものを作るのは、なかなかの力仕事なんだな」
「ゼイン様、スフレをうまく膨らませるためにはまだまだこれから力が必要です」
私は鍋を火からおろして、もうひとつのボールに入った卵白をかき混ぜ始めた。
パタパタ パタパタ リズムよくかき回し続ける。
「どれくらいやるんだ?手が疲れるだろ?俺もやってみていいか?」
「わあ。ありがとうございます」
ゼイン様に泡立て器を渡す。
パタパタパタパタパタパタ。
休み休みの私とは違い、卵白がどんどん白く泡立っていく。
「上手ですね。ゼイン様、スフレはこのメレンゲをしっかり立たせることが大事なんです。きっと今日のスフレはふんわり膨らみます」
そのあとは二人で協力してスフレ作りを進め、容器に入れてオーブンに火をかけた。
「焼きあがるまでお茶にしませんか?高温で15分焼いて、そのあと温度を落として30分~50分ほどかかります」
いけない!けっこう時間がかかる!!
「ゼイン様、公爵夫人にカヌレを頼まれていたのですよね、遅くなると困るのでは?」
「はは。大丈夫、先ほど従者を一人公爵家に向かわせた。カヌレを届けさせて遅くなることも伝わっている。焼きあがる頃に迎えが来るだろう」
「良かった。じゃあゆっくりお茶にしましょう、クッキーとフロランタンをいかがですか?」
「フロランタンは前から食べてみたいと思ってたんだ」
タイミングよくマヤが紅茶とお菓子を持ってくる。
店の奥にある小さなテーブルに二人で座り、焼き菓子を頬張る。
「やーアーモンドが香ばしくて美味しい」
ゼイン様がフロランタンを次々口に運ぶ姿は、クマがドングリを食べてるみたいですごくかわいい。
にっこり微笑んだ私を見て、ゼイン様の頬が赤くなる。
「……実は甘いものが好きなんだ。みんなには秘密にしてもらえると嬉しい」
「ふふ。私も甘いものが大好きです。一緒ですね」
ゼイン様とは今日初めて話すのに、素直に話せて心地いい。
「あ ああそう言えば店の前で紅茶の話をしていただろ、公爵領には辺境に飛び地があって、そこは紅茶の茶葉が特産なんだ。
それでだな、茶葉の勉強に俺は協力できると思うんだ。母上の温室にハーブも沢山あるし今回の様な試作やカフェの準備を俺も一緒にさせてもらえないだろうか?」
私は願ってもない申し出に驚いて目をパチパチさせてゼイン様を見る。
ゼイン様の、エバーグリーンの瞳が少しだけ不安そうに揺れた。
学院で見る凛々しいゼイン様とは違う一面に、私のハートはがっちりつかまれてしまった。
いっしょに仕事をしたい。
私は真っ直ぐ手を差し出した。
「甘いものを愛する者同士、頑張りましょう。力を貸してください」
ゼイン様は私の差し出した手を握り、固く握手を交わす。
丁度焼きあがったスフレを食べながら作戦会議が夜遅くまで盛り上がった。
✿ ✿ ✿
それから学院でもゼイン様と休み時間やランチを一緒にしながら茶葉の勉強や新しいお菓子の相談を進め忙しく楽しい時間を過ごす。
楽しい時間のおかげで、ジュール様とその仲間たちの存在は全く私の視界に入らなくなった。
そして長期休暇に入った今日!
なんと私はグエン公爵夫人の温室にお招きされた。
時々ゼイン様が持ち帰る焼き菓子や試作品を公爵夫人に気に入っていただき。
= 是非。私のハーブ園に来てね♪ = のお手紙をいただいたときはさすがに緊張したが、これも仕事を成功させるため!公爵夫人が味方に付いてくれたら鬼に金棒だ。
学院を卒業した後も仕事のパートナーとしてゼイン様の隣に立ちたい。
私は、朝からマヤが選抜した、ハリス伯爵家美容担当!選りすぐりメンバーに肌やら髪の毛やらピカピカに整えてもらい、ライトグリーンのドレスを着せてもらった。
昼 少し前にゼイン様が迎えに来て公爵邸へ向かう。
お菓子のお礼にと、ランチにもご招待いただいたのだ。
案内された広いダイニングに入ると、グエン公爵閣下と夫人が待っていた。
「ゼイン様。公爵様もいらっしゃいます」
小声でつぶやき固くなる私の背中にゼイン様のあたたかな手が添えられる。
「父上がどうしてもメイジ-に会いたいと言ってね」
見上げるとゼイン様はパチリとウインクして笑った。
「メイジ-嬢、ようこそグエン公爵家へ、さあ冷めないうちに食事にしよう」
「うちは男ばかりだから女の子が来てくれて嬉しいわ。最近食事の時にゼインが口にする話題はメイジ-嬢のことばかりなのよ」
公爵夫妻はとてもやさしく、私がお父様に助けてもらい立ち上げた菓子店の話をにこにこ頷きながら聞いてくれた。
食事が終わると公爵様は仕事があると退席され、公爵夫人のクリスタ様が温室に案内してくれる。
「メイジ-はとても食事の所作がきれいだったわ、何処でならったの?」
「学院に入る前に母に習いました」
「素敵なお母様ね」
「はい私の目標です」
私が答えるとクリスタ様に突然ぎゅーっと抱きしめられる。
「わー。私も娘にそう言われたい、私の娘にならない?」
クリスタ様は柔らかくてとてもいい匂い。
ついついクリスタ様の温かさにそのまま癒されていると、急にゼイン様に腕を引かれた。
「母上、メイジーには婚約者が居るんですよ、私の婚約者になどと無理を言わないでください」
クリスタ様に反対の手を引かれる。
「あら。ゼインの婚約者にとは言ってないわよ、私の娘にって言ったの養女にくれないかハリス伯爵に話してみようかしら♪」
ゼイン様の顔がみるみる赤く染まる。
「母上!」
「ふふ。こんなゼイン初めて見たわ」
笑い続けるクリスタ様に、プリプリ怒るゼイン様。
はあ~。
私は二人を見て胸がポカポカした。
なんて素敵な家族だろう。私も笑い合える暖かな家族を作りたい……。
にぎやかに話しながら温室につくと、ガラス張りの素敵な空間には様々なハーブやお花が溢れていて、綺麗な蝶も飛んでいる。
クリスタ様は丁寧にハーブの効能や香りの効果、ハーブティーの作り方を教えてくれた。
「メイジー。これからも時々来れるかしら?まだまだ教えたいことが沢山あるのよ」
「クリスタ様、また来てもいいんですか?」
「もちろんよ、今度は二人でお茶にしましょう」
ほほ笑むクリスタ様をゼイン様がぎろりと睨む。
「まあ怖い。全くメイジ-のことになると狭量ね」
ふふっと微笑んで、クリスタ様は私の頭を撫でた。
「また遊びに来てね、約束よ」
「はい。クリスタ様」
私はなんだかぎこちないゼイン様に伯爵家まで送ってもらった。
伯爵家に着いて直ぐにドレスを脱いでお風呂に入る。
どっと心地よい疲労が押し寄せて、夕食も食べずにその日は眠ってしまった。
✿ ✿ ✿
次の日私は朝早く起きてお店に向かう。
昨日のお礼に、何か特別なお菓子を作りたくて、パティシエのマイクに相談しながら何種類か作ってみる。
果物とカスタードのタルト、カップケーキにはチョコチップと中心にチョコクリームも入れてみた。
後は何か簡単につまめる……。
「ラングドシャにバタークリーム以外のココアやチーズのクリームを入れるのはどうかしら?」
「お嬢様、いいアイデアですね。しかし今日はチーズの在庫を置いていないのでラングドシャは、また明日にしませんか?」
「うーん。お昼過ぎにゼイン様が来る約束だからその時にお渡ししたいのだけど、マイクはクッキー生地を焼いておいてくれない、私はマルシェにチーズを買いに行ってくるわ」
「はい。お嬢様、迷子にならないようにしてくださいね」
「はーい。行ってきます」
籠を持ち店を出ると、店の角に停まっていた馬車からジュール様が降りて来た。
私は踵を返して店に戻ろうとするが、ジュール様に腕を掴まれてしまう。
「離してください!」
「どうしてだい?メイジ-。僕は君の婚約者だよ、久しぶりに二人の時間を過ごそうとハリス伯爵に行ったのにメイジ-は朝から出かけていると言われてね、ここに来たんだ。さあ馬車に乗って、僕の家で久しぶりにお茶でもしよう」
「嫌です。私は予定がありますので、当分ジュール様との時間は作れません」
ジュール様の手に力が入る。
掴まれた腕の痛みに私の顔はひきつる。
「僕の周りの友達に嫉妬でもしてるの?愛しているのはメイジ-だけだよ……。」
ジュール様が私の耳元で囁く。
キャー寒気がする。
もー無理だ、ジュール様と結婚するくらいなら、売れ残りになって一生独身だってかまわない。
「ジュール様。お店の中で話をしましょう、みんなが見ています」
揉めている私達を遠巻きに町の人たちが心配そうに見ている。
「まあ店でもいいよ、美味しい紅茶をごちそうして」
そう言ってジュール様は私の腰に腕を回した。
キャー。無理。
私はジュール様の腕から逃れて早足で店に入る。
「あれ、お嬢様もうお戻りで?」
マイクが店の奥から出てくる。
「マイク!あと少しでマヤが来ると思うんだけど……先にジュール様のお茶をお願いしてもいいかしら」
怒りと寒気で蒼白した顔のままマイクにお願いすると、マイクの少し後ろにいた見習いのジョージが店の外に駆けだした。
私は深呼吸してジュール様の方を向く。
「ジュール様、こちらのテーブルにどうぞ」
私は従業員用の広いテーブルにジュール様を案内する。
「こんなテーブルしかないのか、今度僕がもっといいテーブルを贈ろう」
私は椅子に座るジュール様の前に立ち宣言する。
「テーブルは結構です。私の有責で構いませんので婚約を破棄させて下さい」
「どうしたんだいメイジ-。やっぱり僕の周りの友人達に嫉妬してるんだね嬉しいよ。僕が愛しているのはメイジ-だけだからね」
ジュール様が立ち上がる。
「いいえ、嫉妬心など微塵もありません、私が心変わりしたんです。ジュール様を好きな気持ちはすっかりなくなりました」
「そんな嘘はいらないよメイジ-。今日からは君との時間をちゃんと作るから」
「結構です。ジュール様との時間などいりません」
「もういい加減に機嫌を直して、僕の愛するメイジ-」
ジュール様にまた腕を掴まれた。
「離してください、ジュール様が愛しているのはハリス伯爵家の資産ですよね」
「違うよ、僕が愛しているのはメイジ-だけだ」
「私はジュール様を愛していません。私がお慕いしているのはゼイン様です」
「その手を放せ」
私が叫ぶのと同時にゼイン様が裏口から現れた。
後ろでマイクがフライパンを構えている。
ジュール様は私の腕を強くひき、しっかりと自分の腕に私を抱きこむ。
「メイジ-を離せ」
「メイジ-は僕の婚約者だ、関係無い奴が でしゃばるな」
ゼイン様とジュール様が睨み合う……。
カラン カラン。
お店のドアが開く音がして、お父様と保安騎士様、見習のジョージが入ってきた。
「その婚約ならば君の有責で漸く正式に破棄されたよ」
お父様の言葉にジュール様は息をのみ私を掴む腕が緩んだ、すかさずゼイン様が私を引き寄せ抱きしめる。ゼイン様に包まれて安心した私の眼には涙が滲んだ。
騎士様が進み出て、ジュール様に声をかける。
「さあ。スコット伯爵家にお送りしましょう」
保安騎士に肩を掴まれジュール様は何も言わずに店を出て行った。
✿ ✿ ✿
帰りの馬車でお父様は婚約破棄までに時間がかかったことを私に詫びたうえで、今までのことを話してくれた。
お父様は、学院に入ってすぐにジュール様の派手な行動を把握していた。
スコット伯爵はお父様にとっては気の知れた古くからの友人で、一度注意し状況を静観することにした。
しかし変わらない状況に半年前からお父様はジュール様の不貞調査を開始する。
調査を始めてはみたが、なかなか確実な証拠がつかめない。
この婚約が破棄されては困るスコット伯爵が息子の不貞を隠すのに協力し、ジュール様はスコット伯爵家の中で令嬢達と逢瀬を重ねていたため、学院の外ではジュール様の行動が見えにくく無駄に時間が過ぎた。
手詰まりのお父様にグエン公爵様が手を貸してくれてついに不貞の証拠を集めることが出来、手続きを進め晴れて正式に婚約破棄することが出来た。
そんな事なら私に教えてくれても良かったのにと頬を膨らますと、お父様はお前がこのところ楽しそうにしていたから水を差したくなかったと笑った。
…………。
「ところで……どうしてゼイン様も伯爵家の馬車に?」
私は馬車に一緒に乗り込み私の腰をがっちりホールドして横に座るゼイン様を見上げながら訊ねる。
「これから御父上と話を進めないといけないからね」
ゼイン様はにっこり微笑んで、私の耳元に口を寄せる。
「あと……店でメイジ-が叫んだことは聴かなかったことにするよ、俺が先に告白したいから」
私の頬は一気にぼっと火がついた。
ほわほわしたまま家に着くと、私はなぜだか応接室に連れて行かれる。
応接の扉が開くとそこにはグエン公爵様とクリスタ様がお母様と一緒に優雅にお茶を飲んでいた。
「あら貴方!早かったわね」
お母様がのんきにお父様に声をかける。
「メイジ-大丈夫?怪我は無い?どこも痛くない?」
クリスタ様が駈け寄ってきてゼイン様から私を引き剥がす。
「あら、大変。傷になってるじゃない。直ぐに手当しないと」
私の左腕は、ジュール様に強く掴まれ少し赤くなっていた。
「クリスタ様。もう痛くないし大丈夫です」
「だめだめ、跡になったら大変よ」
私はクリスタ様とお母様、マヤに連れ出され自室にもどると傷の手当を受けた後、どうしてかまたマヤ厳選チームに美しく整えられ、深緑のドレスを着せられる。
ゼイン様の瞳の色みたい……。
マヤに案内されて夕日が差し込む庭園に出ると、正装に身を包んだのゼイン様が大きな白いユリの花束を抱えて立っていた。
私に気づいたゼイン様は、グングン近づき私の前に跪く。
「ずっと前からメイジ-が好きです。俺と結婚してください」
「はい。喜んで」
ゼイン様は花束ごと私を抱きしめた。
「二人で、楽しくて暖かな家庭を作ろう」
「はい」
…………………………。
いつまでも抱きしめ合っている私達の後ろでマヤがコホンと咳払いをした。
2人で真っ赤な顔のまま手をつなぎ、みんなの待つ応接室へ向う。
「あらあら。上手くいったのね」
「あら花束がボロボロよ」
母達がクスクスと笑う。
それでは正式にこちらを、グエン公爵様とお父様が2枚の書類にサインをする。
「さあ。お前たちも」
促されて書類を確認すると、それは両家で決めた婚約契約書。
2人で内容を確認し、父達の下にサインを加えた。
婚約破棄と新しい婚約が一気に起きたあわただしい私の一日は、みんなの笑い声で幕を閉じた。
✿ ✿ ✿
その後、ジュール様はキャサリン様と婚約したようだが……ジュール様の女性癖も治らず、喧嘩が絶えない様だ。さらに今回のことは直ぐに社交界で噂になり、貴族の大半が仕事の繋がりから手を引いたため両家共に没落寸前ともっぱらの噂。
……でも、もうどうだっていい話。
私達は学業に加え、カフェがメインの2号店を出すための準備や新しいお菓子の試作に忙しい。
「メイジ-!メレンゲがうまくできたよ見て」
「はーいゼイン、今行く~」
~ 終わり ~
ゼイン様は3年前、菓子店でメイジ-を見かけ恋に落ちました(*^-^*)
初恋を拗らせまくる息子を公爵夫妻は見守り続け、息子のチャンスに手を貸しました。




