第九話
国際犯罪組織、外郷戦線のリーダーであるブシドラによる事件を敵対者の殲滅という形で一応の解決を見せたその日の夜。
神也は学園理事長の三笠、ハンター協会会長の安藤、警察庁長官である北林との聞き取りが行われ、先ほど帰宅した。
聞き取り調査の様子を思い出しながら未だに腹立たしく思う神也だった――。
聞き取りの内容は外郷戦線のメンバーと指導ハンターが戦線メンバーだった事、そして何よりも重要なのがブシドラだった。
公には否定しているものの、ブシドラがアメリカの手足である事は公然の秘密となっている。
故にS級ハンターの数が世界一であり、軍事力も世界一の大国であるアメリカが復讐とまでは行かずとも、何か要求をしてくる可能性が十分に考えられた。
しかし、問題は聞き取りの中で発せられた北林の言葉だった。
「はぁ――。何でゲートで死ななかったんだよ……」
北林はボソッと独り言のように呟いただけだが、この場には上級ハンター二名と人外としか思えない怪物級のハンターが一名。
どんなに小さな声であっても聞こえるのだ。
三笠は北林の言動に怒りと呆れを見せ、安藤はため息と共に呆れる。
しかし、神也だけは違った。
北林の言動を聞いた瞬間に目の前にある机を蹴り上げた。
蹴り上げられた机は勢いよく飛んでいき、北林の真横の壁に突き刺さる。
「おい、今なんつった? ゲートの中で死ななかったのかだと? 何の罪もない子供たちが怯え、恐怖に我を失いかけている状況で、国際的に指名手配されている犯罪者を処分して何が悪い。アメリカが後ろ盾? 関係ねぇよ。てめぇら警察が仕事をしねぇからやすやすと日本に入ってきてたんだろ。そのせいでうちの生徒が危険に晒された。どう落とし前付けるんだ? あぁ!?」
神也は子供の事だったりなんの罪もない者が理不尽に奪われる事に対しては本気で怒る。
それは単純に神也が子供好きだからというだけでなく、戦争によって孤児になり、たった一人の兄とも生き別れ、たった独りで生きていくしかなかったまさに理不尽を経験しているからこそだ。
神也の形相に北林はガクガクと震えだすが、警察庁の長官として毅然とした態度を取らねばならないと自分を奮い立たせ、神也に怒鳴りつける。
「若造が調子に乗るなよ! 私は官僚だ! 国の人間に対して――」
「いっぺん死ぬか?」
マジ切れ状態の神也は一瞬にして北林の背後に回り込んでおり、気剣を百個近く出し、背後、前方の宙で切っ先が北林を捉えている。
「わ、私を殺す気か――」
震える声でありながらも、毅然とした態度を取ると決めている北林だが、傍から見れば怯え切った獣そのもの。
「お前のような奴がいるからいつまで経っても理不尽は消えない」
気剣を徐々に北林に迫らせる中、優しい声が飛ぶ。
「いい加減にしなさい。そこまでだ」
三笠の声で気剣を止める神也。
ため息を吐きながらも気剣を消す。
「おい、最後に警告しておく。俺の家族に手出ししようものなら殺す」
捨て台詞を吐き、神也は会議室を出た。
「何なのだあのクソガキは!」
警察庁長官という超大物である北林はたかが無名のハンターに、しかも二十代という若輩者にあそこまで言われ、脅されたことに怒りを感じていた。
しかし、その怒りは三笠と安藤には届かない。
二人ともが『お前が百で悪い』と思っているからだ。
国際犯罪組織のトップが部下十数名と共にゲートを占拠。そしてそれに巻き込まれた学園の子供たち。
それを守る為に行った事を避難され、挙句に『何でお前が死なないんだ』と言われれば誰だってキレるというもの。
寧ろ神也があそこで止まってくれて良かったとさえ思う二人であった。
帰路の間ずっとイライラしていた神也だったが、マンションに帰宅すると、愛が笑顔で「パパお帰り!」と走ってきたため、苛立ちはスッと消え失せ、愛を抱っこする。
「義母さん、遅くまでありがとう」
義母であり、突然父親になった神也の子育てを助けてくれ、育児の助言もしてくれる三笠美枝だ。
「大丈夫よ。学園の教師っていうのも色々と忙しいのねぇ。体だけは壊さないようにするのよ。ご飯は作っておいたからね。じゃあ私は帰るからね。愛ちゃんばいば~い」
美枝は愛に笑顔で手を振り、神也は再度礼をいって美枝がドアを出たところでカギを締める。
「愛ちゃんね、今日もお歌教えてもらったんだよ!」
それから遅めの夕飯を摂りながら愛に癒される神也であった。
夜十時を過ぎた頃、愛の寝かしつけが終わり、ぐっすり眠り愛の隣で神也も眠りについた。
『俺は自宅で寝ていたはず――。ここはどこだ?』
見たこともない謎の場所に立つ神也は周囲を見渡す。
幸い力などは封印されていない。
地面には様々な彫刻が施されていて、龍などの大型で強力なモンスターの彫刻からゴブリンなどの弱小種、更には人間などもある。
そしてその『空間』には天井は存在せず、吹き抜け状態の円盤上の地面に様々な彫刻があり、円盤の外縁にはこれまた様々な立体彫刻がある。
それも人間型、悪魔型、獣型と様々だ。
そしてその中の一つに見覚えがある人物模した彫刻があるのに気付く。
その彫刻は神也だった。
正確に言うと武林世界の【天魔王】だった神也だ。
ますます混乱する神也の前に突然気配もなく『ナニか』が現れる。
人型だが、実体はなく、体の外縁が薄らと白く光っているだけで、目も口も鼻も髪の毛もない。
もちろん服も来ていないが、裸という訳でもない。というよりも正確に言えば陰部や胸部などが一切見えないようになっている。
「誰だ?」
神也ほどの実力者が気配も感じられず、目の前に現れても尚気配を感じない存在に身構えながら聞く。
「私は世界の意思です。あなたには話があり、お呼び致しました。突然のご無礼をお許しください、絶対者よ」
【世界の意思】がまさか話すとは思っていなかった神也は当然目の前の自称世界の意思を信用していない。
しかし、その心を見透かすように世界の意思は続ける。
「まずは私について話しましょう――」
世界の意思は自分の事を話し始めた。
世界の意思は人格などは存在せず、世界への干渉も出来ない。
しかし、世界のシステムを構築する事は可能であり、1970年代初頭に起きた地球のプレイヤーシステムも世界の意思が作成した物。
理由は世界の均衡を保つため。
曰く世界が別の世界を侵略する時にゲートが使用される。
しかし、ゲートは自由自在に作れるモノではなく、偶然性によって生成される。
そしてそのゲートはすべての世界で共通してあるルールがある。
ゲートを開けたとしてもすぐには侵略行為は不可能である事。
ゲート内の魔力濃度が高まればゲートが開く。
これが地球で言う氾濫だ。
そして地球も偶然下位世界のモンスターが跋扈する世界とのゲートが繋がってしまったため、仕方なくそれまでは世界間の争いとは無縁だった地球にプレイヤーシステムを定着させた。
地球を守る為に。
そして何故世界の均衡を保たなければならないのか。
それは一つの世界が侵略されつくすと世界の統合が行われる。
その際に統合される世界の生命のうち六割が死に絶える。
そして統合された世界が存在していた空間に空白が発生し、その空白を埋めるために世界列が乱れる。それによって様々な世界で混乱が起きる。
具体的には隕石群の襲来であったり、氷河期など。しかし、これは軽い影響であり、深刻な場合だと世界のあちこちでゲートが発生する。
そして連鎖的に世界が侵略されてしまう。
そうなるとすべての世界が滅亡してしまう為、均衡を保つために世界の意思はプレイヤーシステムを作り上げた。
同時にチュートリアルはプレイヤーシステムがあるすべての世界で行われるものだが、チュートリアルは別に職になれる為に作ったものではない。
真相は【世界の救済者】を探すために世界の意思が構築したものだ。
世界の救済者とは絶対的な力を持ちながらも、他者を慈しみ、時に血を流しながら、時には対話によって解決を図る人物。
すべての世界においてチュートリアルのクリア者は出なかった。
今までも【死に戻り】を発現したプレイヤーも居たそうだが、それでも精神が崩壊したり、自分の力に酔いしれ、道を踏み外したりと散々な結果で、そうした者たちからは世界の意思の強権により、【没収】を行っていた。
そして次に目を付けたのが誰よりも優しく、自分よりも他者を優先する事が出来る神也だった。
だから覚醒し、職を得た後でもスキルが発現せず、武林世界への転移と共に死に戻りが発現したのだ。
そして世界の意思はこれまでの誰よりも神也に期待をしていた。
何度も死にながらも何度も立ち上がり、自分の力を培い、弱きを助け、強きを挫くまさに英雄のような存在となった。
しかし、それだけに留まらず、武林世界を数千年の時を経て統一し、すべての民、武人から尊敬され、歴史ある天魔神教唯一の【天魔王】の称号まで授かった。
そして世界の意思は確信する。
天道神也が世界の救済者だと。
「まぁチュートリアルクリアにおける様々な隠し実績、称号報酬の山は私も想定外でしたが……。無数に存在する世界を見てもあなたは最強の存在であり、絶対者です。それなのに、貴方は決して変わらなかった。最強となった武林世界でも民や配下の事を第一に考え、孤児院の設立以外にもたくさんの善行を積んでいました。時には容赦のない鉄拳制裁によって一族が丸ごと滅ぼされることもありましたが、秩序を保つ上では必要な事もあります。そして地球に帰還後も他者を第一に考えた。だから私は貴方を選びたいのです。天道神也さん、どうか世界の救済者となってください。そして世界の秩序、均衡を保ってください」
世界の意思は頭を下げる。
しかし既に神也の答えは決まっていた。
「良いですよ。但し、俺の手が届く範囲で。そして俺の最優先は娘なので、それもお忘れなく」
口や目がないのに世界の意思は笑った。
神也の言葉に感謝を述べ、続ける。
「ではあなたには救済者専用スキル【ゲート】を差し上げます。これはスキル強奪スキルなどでも入手は不可能ですので、ご安心を。とは言ってもあなた相手にスキル強奪など通用しないでしょうが……。このスキル【ゲート】は貴方が一度でも行ったことのある世界に行くためのゲートを自在に作り出すことが出来るスキルです。つまり、貴方は武林世界に自在に行き来することが出来ます。そして貴方が作成するゲートであるため、条件付けも可能です。例えば貴方が許可した人物しかゲートを通れない――といった具合に。そして、作成上限は存在しません。時間制限も存在しない為、一か所に定点設置しておくことも出来ます。最後に、ここまでありがとうございます。どうか、世界をよろしくお願いします」
神也の返事を聞く前に神也の視界は暗転する。
そして目を開けるとそこは自室のベッドの上だった。
時刻は午前五時。
愛は隣でスヤスヤと眠っている。
神也は理解していた。先ほどのは夢ではない事を。
何故なら自分に新たな力が芽生えたのを感じているから。
そのうちの一つ【ゲート】を試してみた。
武林世界を念じながらスキルを発動すると、目の前に黒いゲートが現れる。
「本当にみんなに会えるのか……?」
わくわくする気持ちと今更どんな顔をして会えば良いのか分からないという思いから中々踏み出せずにいた。
しかし、愛の寝言で我に返る。
今自分には愛が居る。
愛を置いて様子を見に行くだけだとしても家で一人にさせる訳にはいかない。
そう思いなおし、ゲートを解除する。




