第五話
中区のゲート氾濫から二日後――。
ゲート単独攻略者である神也は自宅マンションのリビングで正座をしていた。
そう、説教を受けてる。
説教をする人物は神也の義父である三笠肇。
三笠は正座する神也の対面でソファに愛を抱えながら座っている。
「パパをいじめちゃだめなんだよ!」
愛は説教を受ける『パパ』を不憫に思ったのかは不明だが、『じぃじ』にパパをいじめちゃだめと制する。
「じぃじはパパをいじめてないよ。少しお話してるだけ」
三笠は笑顔で愛に言う。
愛が助けてくれると思っていた神也はあからさまにがっかりするが、三笠は気にせずにお話という名の『説教』を続ける。
「神也、君は先日ゲートを攻略後に学園に帰って来た時私にこう言ったよね? モンスターは雑魚ばかりだった――と」
そう。神也はゲート攻略後、協会の管理員が到着した事でゲートを後にし、学園に戻った。
そこで三笠にゲートと所有権、管理権について話したのだが、神也が語ったゲートでのモンスターの件に関しては神也の基準で話しており、その話を聞いた三笠は神也の話を信じていた。
『その場にいたハンターや民間人数名の死者は出てしまったが、速やかに殲滅した。モンスターも雑魚ばかりだったから問題ない』
こう説明を受けていた。
昔馴染みである安藤親子の事もあり、自分が出る必要はないと判断した三笠だったのだが、それを後悔することになっている。
ゲートの攻略の翌日に号外が出た。
現物でもネット配信の記事でも。
『S級最難関ゲート氾濫を単独攻略! 謎のハンターは誰!? 協会は匿名ハンターとしか説明しない』
この記事を偶然呼んでいた三笠の妻、美枝が三笠に『凄いハンターが出たんですねぇ』と感心しながら見せたのが始まりだった。
顔を真っ青にした三笠はすぐに神也へ連絡を取ろうとしたが、既に夜が深くなっている事と、美枝は心配性過ぎる為、神也の実力などを一切話していない。
そのため、翌日に神也の自宅に赴いて説教をする事に決めたのだ。
『もっと話を聞いておけば良かった……』
まさに後悔先に立たず――だ。
神也からすればこの世のどんなハンター、モンスターも雑魚となる。
それを忘れていた自分が悪い。
三笠は今更ながら自省するのだった。
そして神也が思っているよりも『S級ゲート単独攻略』というのは簡単な事ではない。
それどころか神也以外では不可能だ。
S級が単独攻略可能なゲートランクはせいぜいC級だろう。それも運が良ければというものである。
しかも今回のゲートはS級の【最難関】ゲートなのだ。
S級以上のランクが存在しない為、S級の中でもある程度の難易度が存在するのは周知の事実ではあるが、本当の強者にはそんなこと一切関係ない。
それを知らしめたのが神也だ。
その後もお話という名の説教は続き、三十分ほど経過した時には愛は飽きて人形遊びを行っていた。
『ピンポーン』
突然インターホンが鳴り、説教を受けていた神也は様子を伺うように三笠を見る。
三笠が頷いたのを確認して神也はモニター付親機で返事をした。
『久しぶりだね。肇くんは来ているかい?』
モニターに映ったのは二人の男性。
一人は神也を兄貴と慕う翔太。
もう一人は翔太の父で三笠の昔馴染みである安藤徹だ。
「おじさん! どうぞどうぞ!」
マンションのオートロックを開錠し、部屋に来るのを待つ。
「義父さんが二人を呼んだの?」
プライベートの場ではいつもの礼儀正しさや敬語は使わない。
先ほどまで説教をしていたはずなのに――。そう思う三笠だったが、先ほどのインターホンで空気が変わってしまったため、説教は辞める事にした。
「あぁ。今回の君のやらかしについて話そうと思ってね」
怖い笑顔が神也に向けられ「愛ちゃん、じぃじがパパをいじめるよ~」と五歳の愛の元へ逃げる二十八歳の男であった。
当の愛は人形遊びに夢中になっていて神也の言葉など聞こえていなかったのだが……。
神也の部屋に入ってきた安藤親子は初めて見る神也の養子、愛に笑顔でお土産であるお菓子が入った袋を渡すと、愛は笑顔でお礼を言い、神也に「食べていい?」とうずうずしている様子で聞き、神也も笑顔で「良いよ」と返すと、先ほどまで人形遊びをしていたところまで戻り、お菓子を食べ始めた。
そして大人の神也と三笠には大好物の日本酒が手渡される。
「久しぶりだね。元気にしていたかい?」
徹が笑顔で神也に聞く。
「えぇ。おかげさまで。おじさんは? この前翔太から出張行ってたって聞いたのに何でいるの?」
大好きな日本酒を嬉しそうに抱えながら逆質問をする。
「それは当然例のゲートについて聞き取りをする為だよ。まさかF級だと思っていたのにS級最難関ゲートを単独攻略するなんて。頭が痛いよ」
リビングの椅子に座るように促しながら徹の話を聞く神也だが、当の神也は未だによく分かっていない。
本人はゲートについて相当勉強したが、勉強した内容はゲートの基礎知識やゲートの法律、権利などであって、モンスターの等級やゲートの等級などは一般人程の知識しかない。
多少のモンスター知識はあっても、ハンター内部ではほとんど無いと言っても良い程無知だ。
だからこそ神也は自分が仕出かした事の大きさを理解できていない。
「ところで肇くん、神也くんの例の話は本当なのか?」
全く理解できていなさそうな表情をする神也を呆れた様子でため息を吐きながら今度は三笠に話を振る。
「えぇ。全て本当ですよ。そもそもF級だったのにS級最難関を単独攻略できると思いますか?」
「……無理だな」
この二人が話している『神也の例の話』とは神也のチュートリアルクリアの話と人類最強どころか、全世界のS級ハンターを集めても神也相手には一分も掛からず殲滅されるという話だ。
ステータス値の事も話していて、厳重に口止めを頼んでいる。
三笠と安藤徹は先輩後輩の間柄で、徹はS級ハンターだった。
徹と共にパーティを組んで狩りをしていたし、徹が設立したギルドにも副社長として参加していた。
徹にとって三笠はただの後輩というだけでなく、B級ではあるものの、優秀という評価だった。
更にギルドの実務能力もかなり優れていて、その面を買ってギルドの副社長としたのだ。
後に徹が協会会長に就任するにあたって三笠もギルドを辞め、学園を設立した。
そういった関係性もあり、昔から公私ともに仲が良く、家族ぐるみでの付き合いなのだ。
それもあって翔太と神也も仲が良く、翔太は神也を兄貴と慕う。
そして徹は理解している。三笠肇という男は『つまらない冗談は言わない』事を。
更に先日のゲート単独攻略の件に攻略時の映像を見た事で三笠の話は全て事実であることが分かっている。
しかし、プレイヤー、ハンターという常識に全く嵌らない【チュートリアルクリア】というものに引っ掛かりを覚える。
チュートリアルとは言うものの、そのチュートリアル世界は現実そのものにしか思えず、痛み、匂いなどの五感全てが存在している。
そしてそのチュートリアルはチュートリアルとは何ぞやと思えるほどの難易度なのだ。
クリアなど不可能でしかなく、戦闘職のチュートリアルでは必ず初日に死を迎える。
運が良くて数日程度。
生き残り、且つ誰も知らないクリアなど想像すら出来ないのだ。
これは三笠も同様だ。
だからこそ今日はどのように生き残ったのかを問い詰めようと思い、神也が『おじさん』と慕うハンター協会会長と神也と一番仲の良い同年代の大人である翔太を呼んだのだ。
「結論から言うと、俺はチュートリアル世界、俺の場合は武林世界ね。その世界で俺は何度も死んでる」
衝撃の言葉だった。
チュートリアルでは死んだらそこでチュートリアル終了で、現実に戻される。
つまり、嘘を言っているか、何か勘違いをしている。もしくは本当はクリアなどしていない。
これのどれかだった。
しかし、実際はそのどれでもない。
「あのね、普通は覚醒して、職を得るとスキルが発現するでしょ? でも俺の場合総合武術家に覚醒してもスキルが一つも発現しなかったんだ。そんでチュートリアルが開始されて、武林世界に行ったんだけど、そこで突然スキルが発現したんだよ。【死に戻り】っていうスキルで、効果内容は死んだ場合二十四時間前に戻るっていうやつ。そんで、武林世界に行って数時間経った時にあっさり死んだわけ。チュートリアルは死んだら終わりって知ってたし、まぁチュートリアルは糞ムズイっていうのも知ってたから、あぁ、ここで終わりねって思ってたんだけど、気づいたら武林世界に飛ばされたその瞬間に戻ってたんだ。死に戻りのスキルは二十四時間前に戻る効果だけど、武林世界の中で二十四時間が経過していない場合は武林世界に飛ばされた瞬間に戻るって事が分かった。まぁそんな感じで修行しつつ、何度も死んでは戻ってを繰り返して数千年。天魔王と呼ばれる絶対者になって、天下統一とかしたりして、その瞬間に色々な実績がクリアされて、【チュートリアルクリア】っていう表示も出たんだ。でもクリアでは現実には戻らずに、【羽化登仙】っていう機能が使えるようになって、弟子や民に別れを告げたりするのに時間がかかって、更に数年後に羽化登仙を実行したらもとに戻ったってわけ。んで、結果ステータス値は全て∞っていう数値になってる」
淡々と自分にあった出来事を話していく神也だったが、それを聞く三人は心穏やかではいられなかった。
そしてその三人の中でも最も神也の話に聞き入っていたのは徹だ。
しかもその姿勢は興味があって聞いているというものではなく、何かを確かめるような様子だ。
そんな徹の様子に違和感を覚えた三笠は徹に尋ねる。
「先輩?」
三笠の問いにもやや反応しただけで、何かを考えこんでいる徹。
そして数十秒が経過し、意を決した様子の徹は神也に尋ねる。
「その武林世界では呪詛使いの組織などはあったかい?」
その一言に疑問が浮かぶ三笠と翔太だったが、神也はあっけらかんと答える。
「え? よく知ってますね。呪詛使いの組織って言っても俺の居た天魔神教の下部組織にあたる組織で、名前何て言ったっけな――。あ、そうそう。【呪會】だったはず」
神也の返答に絶句する徹。
徹は【天魔王】【武林世界】【呪會】という神也の説明を聞いて一つの仮説を立てていた。
というよりも一つの結論。
徹の部下にチュートリアルで【武林世界】に行ったものが居た。
その部下は五日で死亡し、戻ってきたが、その者の話では天魔神教が人々を助けまわっている事、天魔神教が弱きを助け、強きを砕くという信念を持って行動している事。
何よりもその天魔神教の教主が【天魔王】と呼ばれる者である事、更にその天魔王という称号は唯一のものであり、過去も未来も天魔王と呼ばれる者はその教主しかいないとされているという話を受けていたのだ。
つまりその部下は偶然同じ名前のチュートリアル世界に行ったのではなく、完全な同じ世界に居たのだ。
これから分かる事は時間関係は相対性などはない。
そして仮説として、チュートリアル世界は共通化されており、それぞれの職にあった世界に飛ばされる。
飛ばされた世界は自分のチュートリアル世界であると同時に他のハンターがチュートリアルに来る可能性もある。
そしてこれは仮説としてはあまりにも乏しく突拍子もない話だが、『チュートリアル世界は実在する世界で、世界は幾つも存在し、地球も数多ある世界の一つ』という事。
突拍子もないが、この説には若干だが説得力があるのも事実だ。
【プレイヤーシステム】【世界の意思】何よりも【ゲート】や【モンスター】などが他の世界があるという一種の実証だ。
何故なら地球には存在しないものだから。
三人は徹の仮説を聞き、三者三様の表情を浮かべている。
プレイヤーではない翔太は『そんな馬鹿な事――』
三笠は『確かに一理ある――』
そして世界唯一のチュートリアルクリア者であり武林世界の覇者神也は『みんなにもう一度会えるのか?』
まさに三者三様だが、総じて言える事は『立証不能』だ。
立証方法は存在しないし、仮に存在していてもどうすれば良いのかが分からない。
しかし、たった一人だけ何かを思い出したように興奮した表情を神也は浮かべていた。
そして彼の行動によって世界は大転換点を迎える事になる――。




