第四話
ボスの悪鬼亜種を僅か三秒ほどで倒し、横たわる無数の上級モンスターを見渡し、地面に座り込む神也。
胸ポケットから煙草を取り出し、気によって作り出した火で煙草に火を着け、一服を始めた。
所変わってハンター協会臨時会議室。
今まで見ていたライブ映像の衝撃が凄すぎて言葉が出ない協会職員一同と翔太。
ドローンは二か所に飛ばしていて、合計八基が飛んでいる。
一か所は衝撃的な映像を運んできたゲート内部。
そしてもう一か所はゲートの外、避難者や生存者などの状況確認の為に飛ばしている。
会議室の全職員に衝撃を与えた当の本人はゲート内の全てのモンスターを殲滅した後、呑気に煙草を吸い始めた。
ゲートの管理は協会が行い、ゲートを完全に閉じるかどうかも協会が判断する。
しかし、所有者が存在しない、突発ゲートと呼ばれる、今回のような突然現れたゲートなどは最初にゲートに入った者に優先所有権があり、そしてゲート閉鎖条件を達成した者が優先所有権を継承する。
つまり今回の場合はこのゲートの所有権者は神也となる。
今回の氾濫を実質一人で収め、ゲート閉鎖条件も達成した。
しかもS級最難関と思われるゲートをたった一人で。
だからこそ会議室内は静寂に包まれているのだ。
最難関のS級の中でも更に最上級と思われるゲートをたった一人でクリアなど普通は出来ない。
仮に出来るとしたらS級しかいない。
当然国内のS級は全職員が把握している。
しかし、映像に映る人物を誰も知らない。会議室にいるたった一人を除いて。
安藤翔太はライブ映像の衝撃にまだ理解が追い付かなかった。
映像に映る人物は翔太のよく知る『兄貴』と慕う神也だ。
しかし、神也は覚醒したと言ってもF級のはずであり、S級ゲートのクリアなど出来る訳がない。
だから翔太は他人の空似だと思い、念の為に神也に確認をすることにした。
会議室にいる職員に気づかれぬよう、会議室を出て、廊下でスマホを取り出し、【兄貴】と登録されている電話番号に電話を掛ける。
『はいはい、どうした翔太』
いつもの気の抜けた声だった。
ゲート内に居たらこんな気の抜けた声は出ないだろうと一安心する翔太だったが、会議室内でざわめきが起きているのに気付き、ドアを少し開けて中を確認する。
「誰と電話してるんだ? 音声をもっと拾えないか?」
ドローンの操縦者に職員たちが詰め寄っていた。
映像に映る人物は電話をしている。
まさかと思い、翔太は冷や汗をかく。
『もしもし? 翔太? 聞こえるか?』
映像の人物はスマホを耳に当てながら大きな声を出しているように見える。
映像からは音声はあまり拾えない。
ゲート内部と外側では通信は出来るものの、ゲート特有の魔力によってラグや映像の粗さの他にも一部の電波や音域が拾えなかったりする。
「な、なぁ兄貴、もしかしてだけど、今ってゲートにいたりする?」
恐る恐るという具合に聞く翔太にあっけらかんとした声が返ってきた。
『なんだよ、聞こえてるじゃねぇかよ。ゲートにいるよ。俺の職場近くで氾濫が起きてさ。ハンターが来るのも時間がかかるし、生徒や周辺の人に被害が出る前に俺が行った方が速いと思ってさ。そういえばお前おじさんの秘書やってたよな? 中区の氾濫は収まったからおじさんに伝えといて。それとさ、ゲートの閉鎖条件はクリアしたけど、このまま出て閉じちゃって良いのかな?』
マジかよ――。
これは翔太の心の内に漏れる声だ。
本当に神也がS級ゲートを単騎でクリアしたのだ。
「えっとさ、とりあえずそのままゲートで待っててくれる? 一応そこS級だから、取れる資源も桁外れだろうし、管理員を派遣するから、申し訳ないけどそのまま待ってて」
震える声で言う翔太は『所有権者』の事は一切触れなかった。
しかし、神也はF級とはいえ、ゲートの事は勉強しつくしていた。
『分かった。っていうかもう把握してたんだ。それよりさ、このゲートの所有権者って俺で合ってるよね?』
わざと所有権者の事を避けていたのに、ずばり所有権者を聞いてきた神也に協会職員の一人として頭を抱える。
協会は慈善事業ではない。
ゲートの管理権限をギルドや個人に販売し、そこから得られる利益の一部を協会が得る。
管理権限はゲート内部の資源を取る権利を持つ。
当然ゲートが閉じないように管理員を協会が派遣し、常にゲート内部に生存者を配置する。
大半のゲートは協会が所有権者の為、日本各地に存在するゲートから得られる利益はとんでもない額になる。
しかし、今回のS級ゲートの所有者は法的に神也であり、管理権限も神也が持っている。
管理権限は所有権者が任命する物で、そこから得られる利益の何割を所有権者に渡すかなどの契約も所有権者が握る。
一般的に多いD、C級のゲートから得られる協会の利益は一つのゲートにつき一日で数億行く日もある。
それが日本各地に数千のゲートがある。
つまり数千億以上の利益が毎日協会にあるのだが、A級、S級のゲートは利益の桁が違う。
A級はモンスターも桁外れだが、取れる資源も桁外れ。
一日に得る利益は数百億を超える事もある。
もちろん協会の取り分が。
そしてS級は一日につき兆を軽く超える。
しかし、S級のゲートは攻略が難しく、国内にも三個程度しかない。
しかもそのどれもが『閉鎖条件』を達成していないのだ。
それでも所有権者は協会であるため、モンスターの間引きや素材採取などでゲートアタックする冒険者から得られる利益はA級ゲートを軽く上回る。
そんな金の成る木であるゲート。そのゲートの最上級であるS級ゲートの所有権を一個人が獲得してしまった。
これは協会にとって莫大な損失となる。
もちろん人的被害が最小限だった事を第一に喜ぶが、落ち着いた後に会長や経理課からの大目玉は確実だ。
そしてこの後は管理権限の交渉に移る。
当然大型のギルドも交渉の席に着くだろう。
そして誰に管理権限を渡すかは神也の自由だ。
当然である。所有権者は神也だからだ。
縁故者である翔太や翔太の父で協会の会長である安藤徹が所属する協会に管理権限を渡してくれる可能性もあるが、神也は最近姪を引き取り、子育てをする一児の父となった。
故に金が必要なはずであり、大金を用意することが出来る大型のギルドが交渉に有利であろう。
どうしたものか悩む翔太に再び神也の声がスマホから響く。
『お~い! 聞こえてるか? ゲート内でスマホが繋がりづらいって聞いたことないんだけどな……』
気の抜けた声でブツブツ呟く神也に自分が抱える悩みなどどうでも良いと思えてしまった翔太は笑いながら返事をする。
「あぁ、ごめん兄貴。ちょっと考え事しててさ。所有権者は兄貴で間違いないよ。因みにさ、相談なんだけど、協会に管理権限って渡してくれたりする?」
どうでも良いとは思いつつも、協会職員として一応は聞いてみた。
もちろんダメ元である。
『そのつもりだよ。もちろん俺の取り分の交渉はするけどね』
「は?」
まさかの返答に翔太は気の抜けた声しか出なかった。
通常協会が所有権を持っているゲートの管理権限はオークションの形で競り合う。
一日につき幾らを管理権として納付するか。また、一度のアタックで取れた資源の利益の何割を収めるか。
これをオークション形式で獲得するのが通常。
なのに、神也はあっさりと口約束ではある物の、協会に渡すと言ったのだ。
「本当に?」
確認の為に聞く。
『だからそう言ってるじゃん。交渉以外にも条件はあるけどね。その条件は、俺の正体を漏らさない事だ。これが約束できるなら渡していい』
何で? 一瞬そう思った翔太だったが、とにかく管理権を協会に渡すと言ってくれている以上、条件も簡単なものだ。
「分かった! 約束する! 詳細は親父が出張から帰ってからするよ! とりあえず、管理員は派遣したから、派遣員がゲート内部に入ったら、兄貴も出ていいよ。そんで、今回のアタックを見ていた協会職員には匿名ハンターって事にしておくから」
匿名ハンターとは理由があって名前を出したくないハンターや自身の能力の詳細などを明かしたくないハンターが使う制度。
匿名ハンターはすべてのハンターが使用する事が可能で、例え知っているハンターだとしても理由如何によって匿名ハンターとすることが出来る。
匿名ハンターに認定された場合は公式な文書に名前は載らない。
但し、審査には一定の時間が必要であるため、審査が完了するまでは【仮】が付く。
それでも審査で否決されるまでは匿名ハンターと同様の扱いであるため、今の神也の条件では都合が良いのだ。
『分かった。それでいいよ。頼んだ』
それだけ言うと神也は電話を切る。
翔太は興奮していた。
尊敬する兄貴がS級ハンターすら凌駕する実力者である事。
その兄貴がS級最難関ゲートを単騎で攻略したこと。
協会にとって莫大な利益が生まれる事。
しかし、この件によって協会会長である安藤徹と神也の義父である三笠肇は相当頭を抱える羽目になるのだが、当人達はそんなことは知る由もないのであった。




