第三話
初授業を終えて生徒や見学していた教師からの喝采を浴びた神也は理事長室で顔を伏せて対面にいる人物と必死で顔を合わせないように努めていた。
その人物は――。
「全く――。実力を見せてやれとは言ったけど、倉庫を破壊してよいなんて言った覚えはないよ?」
そう、学園理事長であり、神也の義父である三笠肇だ。
三笠は顔は笑っているが、目は全く笑っていない。
「すみません……。つい……」
まるで親に叱られる子供のように『無敵の天魔王』が縮こまっている。
「はぁ。君は昔から後先考えずに行動してしまう。今までは被害に遭うのは私か美枝だけだったが、今後は違うんだ。君の今の力を持ってすれば世界を壊すことも出来てしまう事を決して忘れないように。そして後先考えない行動は周囲により被害を出してしまうんだ。良いね?」
これは上司である理事長からの言葉というよりも『父親』からの言葉だった。
「はい――。心に刻んでおきます」
神也は三笠の顔を真っすぐと見つめ、そう言うと三笠もはぁと一つため息を吐いて表情を柔らかくした。
「それで、初授業はどうだった?」
戦闘職の生徒との対錬を終えて倉庫の破壊後も授業は続いた。
今後の各自の訓練方針を決める為に一人五分という制限を付けて一人一人と対錬を行った。
その結果を基にして一人一人の訓練内容を決定する。
「非常に面白かったですよ。クラスのリーダー格の男子生徒、安生くんでしたっけ? 彼はクラスの誰よりも強くなりますよ」
安生とは神也にハンターランクを聞き、誰よりも神也を見下していた生徒だ。
しかし、神也の実力の一端を見せつけられ、反省し、謝罪した。
その後の対錬では一撃も神也に当てられず、完敗を喫して全員の対錬が終了した総評でも神也からは『スピードは中の上。観察力や応用力、パワーも技術も圧倒的に足りない』と評された。
「ほぉ。クラスの中で実力は中くらいだと言っていたように思うが?」
三笠は分かっていて敢えて聞く。
「えぇ。今の実力はせいぜい中くらいでしょう。ただ、彼の向上心は誰よりも強いです。しっかりとした訓練を続け、自分に驕らず、他者を見る事が出来るようになれば彼の世界は変わりますよ」
神也の言葉に三笠は笑みを浮かべる。
それから初授業の感想を述べていく神也に三笠は感慨深げに聞いていた。
幼く、両親を知らず、身も心もボロボロだった子がこんなに立派な大人になってくれたと心から嬉しく思う父親としての思いだった。
「それに戦闘職ではない子の中にも面白い生徒がいっぱい――」
神也は笑顔で語っていたのだが、突然視線を窓から見える先に移す。
三笠も同様の事を感じ取ったようで、神也と同じ方向を見る。
「ブレイクか?」
三笠の言葉に神也は「多分」と続くが、この学園の周辺にゲートはない。
という事は新たなゲートが開き、滅多にない事だが、ゲートが開くと同時に氾濫が起きたという事だ。
氾濫はゲート内のモンスターが増え、ゲート内の魔力濃度が一定値を超えると発生する。
ゲートが開きたてで氾濫が起こるのは滅多にない。
しかし、この周辺にゲートがない事から、新規ゲートであり、同時に氾濫が起きたというのは疑いようがなかった。
「義父さん、生徒たちの安全確保をお願いします。俺はゲートに向かいます」
学園で『義父さん』と呼び、更にゲートへ行くと言った『息子』を止めようとした三笠だったが、今の神也の実力を思い出し、思いとどまった。
正直父親として息子を危険な場所に送り出したくないとも思う三笠だが、それは『自由に生きろ』という方針から大きく逸脱するし、何よりも『大きな力には責任が伴う』というかつての自分から神也に送った言葉とも矛盾してしまう。
神也は自分の力を以て他者を、弱者を助けようとしている。
何より神也が今行かなかったら他のハンターが到着する前に相当な被害が出てしまう。
だから今神也を行かせるのが最善なのだ。
「分かった。行ってきなさい」
三笠の言葉に笑顔で頷く神也は理事長室の窓を開け、そこから【飛空術】によって氾濫地点に飛んで行った。
「さて、全校放送をしなければな」
神也から頼まれた『生徒の安全確保』は言われずともそうするつもりで三笠は腰を上げる。
「近くで氾濫だってよ」
学園校舎のあちこちで今しがた行われた理事長の全校放送で『近辺で氾濫が起きたため、生徒の安全確保のために校舎から出ないように』と告げられたことで生徒たちは半ばパニックが起きていた。
しかし、とあるクラスだけは落ち着き払っていた。
「あの先生が居るからな」
そのクラスでは先ほど受けた授業、そしてその先生が印象的過ぎてこの学園に何が来ようと『あの先生』が蹴散らしてくれると信じていた。
当の『あの先生』はというと、学園から直線距離で五百メートルほどの地点の上空で止まっている。
眼下には大きなゲートと多数のモンスターが建物や人々を襲っていた。
『ゲート氾濫が発生しました。近隣の住民は直ちに避難を開始してください』
ちょうど市中放送が行われていた。
そして既にハンターも数名がモンスターと戦闘を繰り広げているが、モンスターのランクが高いようで、全く太刀打ち出来ていない。
ハンターの攻撃は通用せず、モンスターの攻撃一発で戦闘不能となる。
誰も守れていない。しかし、神也は誰も非難しない。
眼下のハンターたちは命を懸けて戦闘しており、自分の為にしろ、一般人を守る為にしろ、時間を稼いでいるのは確かであり、それは神也にとっては賞賛に値する行動であった。
「行くか」
神也は気づいていなかったが、既にハンター管理協会、通称ハンター協会のライブドローンが氾濫地点を映し出していたのだ。
「あれは誰だ!?」
ドローンが映す映像をライブで見ているハンター協会の会議室で突然空から現れ、着地し、モンスターの大群へ歩みを進める一人の男を見て協会職員が口々に叫ぶ。
「あのゲートは推定S級だぞ! 一般人の避難は済んだのではなかったのか!」
協会会長の秘書が叫ぶ。
それには理由があった。
会長秘書を務める男性はドローンに映る人物に見覚えがあったのだ。
会長秘書、安藤翔太は会長の息子であり、ドローンに映るとある人物とも親交があり、家族ぐるみの付き合いだ。
翔太にとってその人物は兄弟に等しく、その人物を『兄』と慕っている。
その『兄』はF級ハンターではあるが、人格者であり、孤児だったとは思えぬほどの優しさと慈悲深さを持つ。
だからこそ裕福な家庭に生まれた翔太も彼を『兄』と慕い、家族ぐるみの付き合いを続けている。
『兄貴、そこで何やってんだよ!』
翔太は内心で相当な焦りを感じていた。
F級のハンターがS級のゲート氾濫に出向くなどあり得ないからだ。
現在協会会長は海外出張で不在だ。
よってこの場の指揮権者は会長秘書であり代理権者の翔太となる。
既にS級ハンターを招集、派遣することは決定しているが、連絡の付かないS級も多い。
既に連絡が付いているS級も現場に着くまでに時間がかかる。
『兄貴が危ない』
相当な焦りの中でどうにかしたいと思いつつも、何も出来ない自分に苛立ちを覚えながら、祈りつつ映像を見る翔太。
「何だよあれ――」
映像を見る職員全員が絶句、唖然していた。
謎の人物が向かう先のS級やA級のモンスターが次々と『謎の力』で潰れていったのだ。
しかも謎の人物はそれが当然であるかのように堂々とモンスターの死体群を進む。
着地から一分と経たずして氾濫によって溢れたモンスターを殲滅しつくした神也はいよいよゲート内の殲滅作業に移行する。
ゲートを閉じる方法は大きく分けて二種類ある。
一つはボスを倒す。
もう一つに雑魚を含めたすべてのモンスターを倒す。
一見すると雑魚モンスターを放っておき、ボスだけを倒すことだけでゲートを閉じる事が出来るからそれが最適と思うが、内実そうではない。
どちらの方法を使ってもゲートは閉じられる。そしてどちらの方法でも生きている人間が全員ゲートから出ることで完全にゲートが閉じる。
ゲート内は様々な環境下であり、そこで取れる資源も様々だ。
資源獲得のためにゲートを完全に閉じる事は少ない。
それはモンスターから得る資源も同様だ。
そしてボスを残しておくことで他のモンスターは自然と増える。
だが、上級のゲートであれば雑魚と言えどもS級やA級がほとんど。
だから二種類のゲート閉鎖の方法が存在する。
ボスを倒し、これ以上モンスターが増えない環境を作り、資源採取をするか、すべてのモンスターを倒し、資源採取をするか。
S級ゲートではボスを倒す方法を使うのが一般的だ。
しかし、S級のゲートであってもピンキリであり、今回氾濫を起こしたS級ゲートは最上級という数値が出ている。
故にボスを倒すことさえ難しい。
だがそれは普通のハンターなら――。
ゲート内に侵入した神也は目の前に突然人間が現れた事で驚くモンスターを見て鼻で笑う。
すぐに正気に戻ったモンスターの一撃を避けることなく剛気によってサイクロプス亜種の棍棒をはじき飛ばし、無形剣気によって一瞬にして首を切断する。
そこでようやく神也は二基のドローンが上空にいる事に気づく。
「ドローンってゲートに入れるんだ……」
呟くが、ドローンはその音声は拾っていない。
そしてドローンの先で見ている者たちが言葉を失い、開いた口が塞がらない状態となっている事など神也は知る由もない。
ゲート内に侵入者ありと感じた数千のモンスターが神也に向かって走ってくる。
その地響きは巨大な地震と言える。
「流石にこの数は面倒だ。だったら――」
神也は大きく両手を広げ、気を練る。
「無形剣気・意気馭剣」
そして両手を顔の前で合わせる。
気で作りだした無数の無形剣が数千のモンスターへと飛んでいく。
剣の統制は全て神也が行っており、一撃でモンスターを屠っていく。
その様はまさに『無双』
僅か十数秒で先ほどまでの地響きによる巨大な地震は収まり、今は静けさだけが残る。
そして気による索敵の結果、ボスを特定した神也は飛空術でボスの元へ向かう。
ボスを発見し、着地する神也に気づき、ボスは身構える。
ボスモンスターはこのゲートにいた巨大な身体ではなく、十代中盤ほどの身長だ。
神也の知る種族に当てはめると【悪鬼】だが、悪鬼は体が黒く、更に三メートルほどの身長だ。
目の前にいるモンスターの体色は赤く、鬼の角が二本と後頭部に悪鬼の特徴の一つでもある長い触覚器官が生えている。
手にはナイフを持っていて神也をかなり警戒している様子だ。
このボスモンスターは【悪鬼・亜種】と思われた。
通常亜種のモンスターは正種よりも数段上という認識であり、悪鬼のランクはS級。
つまりこのボスモンスターはS級の相当上にいるランクという事だ。
「やろうか」
神也の一言に悪鬼は敵意を剥き出しにして戦闘を開始した。
そこから決着までは僅か三秒足らずだった――。




