第二話
三笠学園の理事長室で雑談をしていた三笠学園理事長の三笠肇と新任教師であるF級ハンターであり一児の父である天道神也。
出されたお茶を全て飲み終えた神也が立ち上がり、三笠に軽く頭を下げる。
「じゃあ早速授業に行ってきますね」
神也の言葉と笑顔に三笠も笑顔で頷く。
「よろしく頼むよ。但し、くれぐれもやり過ぎないようにね」
「それはお約束できません。もちろん生徒に危害なんかは論外ですけど、生意気な大人がいれば天魔王の名に懸けて許すことは出来ませんから」
「……ほどほどに頼むよ」
神也の不敵な笑みに三笠は若干の冷や汗を浮かべるが、神也ほどの人物ならばこの世に不可能などない為、やり過ぎない事だけをしっかりと告げる。
神也を御せる人物などこの世にはたった二人しか存在しない。
もちろんただのF級ハンターだった時の神也であればこの世にいるハンターの九割が神也を殺せる。
しかし、天魔王となった神也に敵など存在しない。
そんな神也を御せる人物はまず神也の人生の恩師である三笠肇。
孤児だった神也は道端で凍死しかかっていた。
そこに偶然通りかかった三笠が保護し、養子にした。
苗字が違うのは養子は神也が成人するまでという条件で組まれたため、神也の成人に伴い三笠の戸籍から抜け、本来の戸籍に戻った。
養子となった神也は義父である三笠の愛情を受け、独りだった時代を忘れる事が出来た。
そして人生で大事な事も三笠から教わった。
『義父さん』『先生』神也は三笠を呼ぶときこの二つを使う。
前者は完全なプライベートの時に使用し、後者は少しでも仕事の話が絡む際に使用する。
三笠にとっても実子が出来なかった夫婦にとっての唯一の子であり、本当の子供のように思っている。
戸籍の事は『いつまでも家に縛り付けず、自由に生きてほしい』という思いから三笠夫婦が提案したことで、戸籍上では縁は切れているものの、三笠夫婦とは成人後もしょっちゅう会っている為、神也にとって三笠夫妻は大恩ある存在であると共に自分にとって大切な家族なのだ。
そして神也を御せるもう一人は神也の養子となった愛だ。
神也は昔から子供が好きで、仕事に行かなければいけないのに近所の公園で遊んでいる子供たちを微笑ましく見てしまうせいで遅刻の常習犯となっていたりもしたほどで、保育士を目指したこともあるほどだ。
そして孤児だった神也には年の離れた兄がいる。
その兄は三笠とは別の家の養子になっていた。
子供だった神也は兄が自分を捨てたと一時期は恨んでいた。
しかし、その兄は人攫いに合って売られたと知り、その人攫いに復讐しようとしたが、売られた先の家の人たちはかなりの人格者で、身寄りがない子供を保護するために違法売買で売られる子供を全て引き取り、育てていた。
しかも保護した子供全員正式に養子にしてまで。
おかげで兄が贅沢とまでは言えないものの、幸せに暮らせていたと知った神也は安心していた。
そして兄は結婚し、子供が生まれた。
それが愛だ。
神也は親バカならぬ叔父バカを見事に炸裂し、会う度に色々な物を愛に買っていた。
相当に溺愛していたはずだったのだが、神也がチュートリアルに行き、数千年過ごす中で地球の存在そのものを忘れてしまっていた。
だが武林世界でも子供好きは残っており、孤児を積極的に保護していた。
帰還後に兄、愛の存在を思い出した神也だったが、思い出すきっかけは警察からの電話だった。
兄夫婦の死、愛が孤児となり、事故のショックで目の前で両親を失ったため、両親の事を忘れてしまう、記憶障害も起こしていた。
幸い神也の事は覚えていたため、自身が孤児だった事と子供好きであり、愛を溺愛していた事で悩む暇さえなく引き取り、養子とした。
その愛は神也の事を『パパ』と呼んでおり、いつかはすべてを話すつもりでいる神也だが、今話してしまうのはあまりに酷ということで訂正せずにいる。
それに『パパ』である事には現状変わりはない。
そんな愛が神也を御せるもう一人なのだが、単純に愛を溺愛している為、愛に頼まれればすべてを与えてしまう『親バカ』だからである事を三笠だけが知っている。
神也が受け持つ授業は【実戦格闘術】だ。
実戦格闘術はすべてのハンター養成学園にある授業だが、学園ごとに特色ある授業となっている。
あるところでは武器を一切使わず、素手のみでの授業だったり、逆に武器のみを使用する所もある。
神也はこの世に存在するすべての武器を超高度に使用できる。
そして神也が行おうとしている授業はまさに『実戦』であり、基礎は当然教えるつもりだが、授業を行う毎にペアを組んでの戦闘だったり集団戦であったりを考えている。
だからこそ事前に授業内容を把握している三笠は心配していたのだ。
『頼むからやり過ぎないでくれ』三笠の思いは神也に届いているかは不明だが、どちらにしろ今後神也を中心に様々な事件が起こる事は想像に難くない。
「はい、注目。前任の安西先生の後任で実戦格闘術を教える、天道神也だ。よろしく」
授業を行う【武道場】で三十名ほどの生徒に挨拶をする神也に生徒たちは元気よく挨拶を返す。
そのうちの一人で最前列にいる男子が挙手をする。
「先生のランクは何ですか?」
この質問が挙がることは前もって知っていた。
実は神也の前任教師は生徒による『いじめ』によって精神を壊してしまったのだ。
通常下級ハンターと呼ばれるF、Eは学園になど通わない。
覚醒してからすぐにゲートに入り、レベル上げや採取を行い、生計を立てようとする。
学園に入るのは中位ハンターと上位ハンターだ。
中位以上に覚醒してすぐにゲートアタックしても技術や知識がない為、すぐに死んでしまう。
だからそれを回避し、しっかりとした技術と知識を学ぶために学園に入る。
だが、やはりまだ子供という事もあり、自分より格下のハンターに教わることなどないという傲慢から来る『いじめ』によって下級ハンターである教師は辞めてしまう問題が全国の学園で存在する。
これは前もって神也が三笠から聞かされていた。
そしてその対処法も。それは――『実力』
「先生はF級だ」
神也の一言に先ほどの挨拶で元気が良かった生徒たちの表情が一気に暗くなる。
その表情は『怒り』や『呆れ』ではなく『同情』だった。
『また辞める羽目になるんだろうな』というような顔だ。
しかし、一部の生徒は目をギラギラとさせて神也を見ている。まるで獲物を見る獣のように。
それを理解している神也は早速ある提案を生徒たちにする。
「この中で戦闘職の子は手を挙げて」
神也の言葉にこの場にいる六割近くの生徒が挙手する。
そして挙手をした生徒とそれ以外を分けさせた神也は生徒が驚愕する言葉を発する。
「挙手をした十七人と先生で実戦組み手を行う。全員でかかってきなさい。先ほどの質問は低ランクには教わることなどないという事だろ? 君たちの驕りを思い知らせてあげよう。かかってきなさい」
神也の言葉に質問をした男子も含めて困惑していた。
そして戦闘職ではなく、挙手しなかったグループでは神也を『あいつ何言ってるんだ』というように哀れみや恐怖に近い感情を抱いた表情で見ている。
「本気で良いんすか?」
落ち着きを取り戻した先ほどの質問者の男子が神也に聞く。
「当然だ。この授業は実戦格闘術だからね。まぁ俺は本気を出さないから安心しなさい」
神也の最後の一文にイラつきを隠せない男子はグループと何の相談もせずに一人で真っすぐ神也に突っ込む。
少年の職は格闘系のようで、スキルを駆使した拳を振るうが、その悉くを躱す神也。
一発も当たらずにイラつき始めた少年は挑発をする。
「おい! 逃げ回んな! 攻撃して来いよ!」
少年のあからさまな挑発に神也はクスっと笑う。
しかし、神也は一瞬の逡巡の後に攻勢に出た。
「じゃあこちらからも行こうか」
言葉に出して0.1秒も経たずして五メートルはあった互いの距離が詰まり、少年の眼前にまで距離を詰めた神也に驚いた少年だが、すぐに距離を詰める為に後方へ飛んだ少年だったが、そこで異変に気付く。
少年が着地したところは先ほどまで戦闘職の生徒たちが集まっていた場所だった。
集団は退避したのかと思い、振り向くが、そこで少年に戦慄が走る。
全員が倒れていたのだ。
「今頃気づいたのかい?」
神也の言葉に少年は感じたことのない恐怖に襲われた。
神也からは決して目を離していなかった少年はいつみんながやられたのか全く理解できなかった。
確かにF級とは思えないスピードでA級の拳を躱していたが、それでも余裕だと思っていた。
なのに、自分以外が知らぬ間に倒されている。
この現状に全く理解が追い付かない少年は今一度神也に向き直る。
「本気で来る気になったかい?」
少年とは違い、息を切らすことすらなく、余裕な表情でいる神也に更なる苛立ちを見せる少年は先ほどまでとは違い、全力で神也に向けて突っ込んだ。
神也まで一メートルを切り、いまだに動かない神也を見て自分の拳が届くと確信した少年はそれでも慎重を期すためにフェイントを入れつつ最後に顔面へのパンチを目論見、いざ拳を振りぬく。
直撃した――そう思っていた少年だったが、手ごたえが全くなかったことに違和感を覚える。
そしてようやく殴った『モノ』はただの残像だったのだ。
殴ってからコンマ数秒で残像が消え、慌てて索敵をする少年だったが――「遅い」
既に神也は少年の背後を取っていた。
そして手刀を首筋に受け気絶する。
一連の戦いを全て見ていたのはこの場の戦闘職以外の生徒の他にもまだいた。
観覧席にいた受け持ち授業が休みの教師数名と三笠だ。
当然生徒は何が起きたのか全く理解できていない。
一連のやり取りは時間にして僅か一分程度。初期ランクが高くても経験がない生徒では理解できないのは当たり前だ。
しかし、低ランクでも経験だけはある教師陣は全てではないが、多少分かっていた。
それは教師たちだけでなく、高ランクのB級である三笠も同様だった。
「り、理事長……。彼何者ですか――」
一人の教師が三笠に聞く。
その声には恐怖すらこもっていた。
「私の秘密兵器だよ」
三笠は笑みを浮かべながら応える。
全力とは程遠いにも関わらずB級である三笠すらすべての行動を捉えられなかった。
その事実に三笠自身笑ってはいるものの、若干戦慄していた。
模擬戦が終了し、事態が飲み込めない戦闘職以外の生徒たちだったが、次第に興奮が押し寄せてきたようで、大喝采を浴びる神也は笑顔でそれを制す。
そして指をパチンと鳴らすと、気絶していた生徒たちが目を覚ます。
いつの間にやられたのか――。そのような事を口々にリーダー格の少年までも倒れていたため、生徒たちは混乱する。
「この模擬戦は教訓にしなさい。与えられる情報、目に見える情報、見聞きした情報が全てではない事をしっかりと理解しなさい。俺は確かにF級だが、それは単純にランク申請が面倒だからだ。俺の実力を簡単に言えばこの世のS級が束になって掛かってきたところで一分もかからずに殲滅出来るよ。だが、今こんな事を言われても信じられないよな。だから少しだけ見せてあげるよ」
神也の言葉に観覧席で聞いていた三笠は嫌な予感がしたが、止めるにはもう遅かった。
神也はその先に誰も居ないことを感知し、武道場の壁に向き、手を翳す。
壁から神也の距離は二十メートルほど。
「よく見ていなさい」
一言だけ告げると神也以外には見えずとも、感じる事が出来る程の量の『ナニか』が神也の手に集まっていく。
そして神也は壁に向かって「破!」と気合を入れるように叫ぶ。
瞬間、轟音が響く。
生徒全員が驚愕する。
教師陣も。
だが、ただ一人だけ頭を抱える人物がいた。
「全員、その窓から向こうを見てみなさい」
神也が指さすのは轟音が聞こえた壁側にある窓だ。
すべての生徒が駆け足で見に行き、そして再び全員が絶句する。
神也は壁を一切傷つけずに『浸透振掌』という武功を用いて壁の向こう側の小さな倉庫を破壊したのだ。
完全に崩れ去っている倉庫だったモノを見て生徒たちは興奮する。
「どうしたんだい?」
先ほど神也によって何も出来ずに気絶させられた少年が神也に歩み寄る
「生意気な事を言ってすみませんでした……」
少年は明らかにショックを受けていた。同時に別の感情もあるが、それはまだ出さない。
「うん。自分の間違いを認められるのは良い事だ。しかし、本当の反省というのはその場だけで終わらせるものではない。今後の行動、言動、考え方すべてを以て反省をし、自分を省みるんだ。みんなもよく聞くように。さっきも言ったが、上級に覚醒したからと言って見聞きする情報が全てとは言えない。そしてそれは目に見えないものも同様だ。君たちは多分何が起きたのか全く理解出来なかっただろう? さっきの模擬戦も、今のこの状況も。今言っている目に見せないものとは知識、経験だ。だが、経験を積んだからと言って自分のそれが全てとは決して思わない事だ。そして俺の授業を受ければ実戦においては超一流となれるだろう。但し、それも自分の努力次第だがね。これは戦闘職だけの事ではない。戦闘職以外でもある程度の戦闘は出来るようになる。まぁある程度にはなってしまうけどね。そして先ほど先生が見せた技はある程度であれば誰にでも出来るようになる。どうだい? 先生に着いてくるかい?」
神也の言葉に生徒は更に興奮する。
そして「よろしくお願いします!」
元気な声が武道場に響く。




