第四章 奪われた光
暴走の翌朝。
リシアはまだ疲弊しきっていて、ほとんど歩けない状態だった。
俺は彼女を背負い、王都へ向かう道を急いでいた。
「隼人……ごめん。昨日のせいで……」
「気にするな。お前は悪くない」
そう言いかけた瞬間だった。
――ヒュッ。
鋭い風切り音。俺の目の前に矢が突き刺さった。
「なっ……!」
森の奥から十数人のフードの男たちが現れた。昨日の連中の残党ではない。
だが胸元の印は同じだった。
「ヴァルシュタインの娘を渡せ」
リーダー格の男が低く告げた。
「ふざけるな!」
俺はグラディアを抜き放つ。
「ならば力ずくで――」
一斉に襲いかかってきた。
俺は剣を振るい、三人を斬り伏せたが、背後から腕を掴まれた瞬間、鈍い痛みが走った。
「……毒か……!?」
体が痺れ、足がもつれる。
その隙を突き、リシアが敵の腕に捕まれた。
「やめろ――!」
俺が叫ぶより早く、彼女の体が黒い霧に包まれた。
「隼人っ……!」
リシアの悲鳴が響き、霧と共に姿が消える。
「リシア――――ッ!」
残されたのは、薄い魔力の残滓だけだった。
⸻
夜。
俺は焚き火の前で拳を握りしめていた。
全身に回った毒でまだ体が重い。だが、座り込んでいる暇などない。
「隼人……今のままではお前は奴らに勝てない」
グラディアの声が頭に響く。
「分かってる……それでも行く」
「だが救い出す前に、リシアが“器”として使われれば――」
「黙れ!」
俺は剣を地面に叩きつけた。
「リシアを失うくらいなら、俺がどうなっても構わない!」
……その時だった。
森の奥から声がした。
「お前、本当にそう思ってるのか?」
振り返ると、見知らぬ青年が立っていた。
肩には短剣を背負い、軽装の冒険者のような格好をしている。
だがその目には、何か底知れぬ光が宿っていた。
「お前と同じ敵を追ってる者だ。……リシアを助けたいなら、俺に協力しろ」
「……お前は誰だ?」
俺はグラディアを構えたまま、青年を睨みつけた。
青年はゆっくりと手を上げ、俺を刺激しないように言った。
「落ち着け。俺は“カイ”。お前のその剣……グラディアの、かつての持ち主だ」
「……何だと?」
俺の手が思わず震えた。
「信じられないなら、それに聞いてみろよ」
『……カイ、か』
グラディアの低い声が響いた。
『まさかまだ生きていたとはな……』
「おい、本当なのか!?」
『ああ。こいつはかつての契約者だ。だが、俺を……そして仲間を裏切った男でもある』
「……裏切った?」
俺はグラディアを見下ろす。
カイはわずかに目を伏せた。
「……あの時は仕方がなかった。お前らに理解できる話じゃない。だが今はそれよりも――リシアを助けるのが先だろ?」
「……」
確かにその通りだった。だが、この男を信用していいのか……。
「敵のアジトを知っているのか?」
「ああ。俺は奴らの一員だったんだからな」
「何だと!?」
「裏切ったのは事実だが、今は奴らを潰すために動いてる。……隼人、お前の腕が必要だ」
グラディアの声が俺の頭を締め付ける。
『隼人、こいつは危険だ。何かを隠している』
「……分かってる」
だが、リシアを助けるためにはこの男の力を借りるしかないのも事実だった。
カイは背を向け、暗い森の奥へ歩き出した。
「ついて来い。敵のアジトは近い」
数時間後。
俺とカイは森の奥深くにある石造りの廃墟にたどり着いた。
廃墟の地下に、不気味な魔法陣の光が漏れている。
「ここだ。奴らは“鍵”を開放する儀式を準備してる」
「……リシアは?」
「生きてる。だが急がないと、器として取り込まれる」
その言葉に胸が締め付けられた。
『隼人、カイの目的は別にある。奴はグラディアに“何か”をさせようとしている』
「分かってる……けど、今はリシアが先だ」
俺は深く息を吸い込み、剣を構えた。