第三章 王都への道
洞窟での激闘から数日後。
俺とリシアは王都を目指して歩き続けていた。
体の疲労はまだ抜けきっていないが、立ち止まるわけにはいかなかった。
「……本当に、王都へ行くの?」
リシアが俺の横顔を見つめる。
「ああ。あの鎧の騎士が王都から来たのなら、そこで何か分かるはずだ」
俺は握ったグラディアの柄を強く握り直した。
「でも……」
リシアは不安そうに唇を噛んだ。
「私は“鍵”なの。王都の連中に見つかったら、今度こそ……」
「それでも行く。お前が抱えてるものを、俺は知りたい」
リシアは驚いたように目を見開き、やがて小さく息をついた。
「……分かったわ。でも、一つだけ約束して」
「何だ?」
「私を……“道具”みたいに扱わないで。私は、隼人に守られるだけの存在じゃない」
その強い言葉に、俺は思わず微笑んだ。
「もちろんだ。お前は俺の相棒だ」
リシアの表情がわずかに緩んだが、すぐにまた沈んだ色を帯びた。
「……隼人、私の正体を知ったら、あなたは私を……」
その先の言葉は、風にかき消された。
⸻
王都へ向かう道は、深い森と切り立った崖が続く険しいルートだった。
夜の焚き火の明かりの中、俺たちは肩を寄せ合いながら休息を取っていた。
「……ねえ、隼人」
リシアが小さな声で切り出した。
「私の一族、ヴァルシュタイン家は……“世界の均衡”を守る一族なの」
「世界の均衡……?」
「そう。古代から続く封印を管理している。でも、私はその“封印の鍵”そのものとして生まれたの」
リシアは自分の胸元を押さえた。
「この身の中には、世界を滅ぼすほどの力が眠ってる……」
「世界を、滅ぼす……?」
言葉の重さに息が詰まる。
「もし私が王都に捕まれば、その力を利用されるかもしれない。
だから……私はずっと逃げていたの」
リシアの手が震えていた。
俺は彼女の肩に手を置き、まっすぐ目を見る。
「……それでも、俺はお前を見捨てない」
リシアは何か言いかけ、けれど言葉を飲み込んだ。
代わりに、焚き火の炎を見つめながら小さく微笑む。
「……ありがとう、隼人」
⸻
しかし、その安らぎの夜は長く続かなかった。
「……来るぞ」
グラディアの声が頭に響いた。
俺は飛び起きて剣を構える。
森の奥で、乾いた枝を踏む音が近づいてきた。
「……影の狩人か?」
だが現れたのは、彼とは違う影だった。
複数のフードの男たちが森の闇から現れ、俺たちを囲む。
彼らのマントには、王都の紋章ではない奇妙な印が刻まれていた。
「ヴァルシュタインの娘……やっと見つけた」
その声には、影の狩人以上の狂気があった。
フードの男たちが次々とナイフや呪符を構え、俺とリシアを取り囲む。
「ヴァルシュタインの娘……“鍵”を渡せ」
「断る!」
俺は即座にグラディアを構え、襲いかかってきた一人の剣を弾いた。
「隼人!」
背後でリシアが叫ぶ。
俺は一人目を蹴り飛ばし、そのまま二人目の胸にグラディアの切っ先を突き立てた。
「くっ……!」
だが敵の数が多い。剣を抜いた瞬間、別の男が呪符を投げつける。
俺の足元で符が爆ぜ、炎が巻き上がった。
「ぐあっ!」
体勢を崩した俺に、さらに刃が迫る。
――その時だった。
「やめて……!」
リシアの叫び声とともに、辺りの空気が一瞬で凍りついた。
フードの男たちの動きが止まる。
「な、何だ……!?」
リシアの周囲に、淡い青白い光が広がり始めていた。
その光は触れた木々や地面を凍らせ、敵の武器を粉砕していく。
「リシア!?」
「わ、分からない……勝手に……!」
リシアが苦しそうに胸を押さえる。
彼女の体の中から、制御できない膨大な魔力があふれ出していた。
「これが……“鍵”の力……!」
一人の男が震えながら後ずさる。
「こんな化け物、制御できるわけが――!」
次の瞬間、男の足元から氷の柱が噴き上がり、彼の体を貫いた。
「やめろリシア! お前まで壊れちまう!」
俺は必死に彼女の肩を抱き寄せるが、冷気が肌を裂き、指先の感覚が消えていく。
それでも俺は彼女を離さなかった。
「落ち着け、リシア! 俺がいる、だから――!」
「……隼人……!」
彼女の瞳に涙が溢れた瞬間、暴走の光が収まった。
氷に閉ざされた森に、ただ二人の荒い息だけが響いた。
「はぁ……はぁ……」
リシアの体がぐったりと力を失い、俺の腕の中に崩れ落ちる。
「大丈夫だ、リシア……もう大丈夫だから……」
敵はほとんど凍りつき、残った者も森の闇へと逃げ去っていた。
グラディアの声が低く響く。
「隼人……今のを見ただろう。リシアは、自分の力を完全に制御できていない」
「……分かってる」
俺は震える彼女の体を抱きしめ、深く息を吐いた。
「だからこそ、俺が守る。たとえこの力が世界を壊すものでも……」
リシアのまつげが震え、小さな声でつぶやいた。
「……隼人、怖くないの……? 私が、こんな……」
「怖くない。俺にとってお前は――リシアだ。それだけだ」
その言葉に、彼女の目が涙で潤む。
やがてそっと、俺の胸に顔を埋めた。