第二章 灰の王国の影 2
影の狩人と鎧の騎士――二人の圧倒的な殺気に洞窟の空気が重くなる。
俺はグラディアを構え、必死に二人の間に立ちはだかるが、足が震えるのを抑えきれなかった。
「リシアを狙う奴は……俺が絶対に守る!」
「愚か者め」影の狩人が冷笑する。
「お前はただの人間だ。少女を守ることなどできはしない」
「それでもだ!」
俺が叫んだその時、背後でリシアがそっと俺の腕に手を置いた。
その手が、かすかに震えているのが分かる。
「……隼人」
「リシア……?」
彼女は小さく首を横に振った。
そして、一歩前に出る。
「……もういいの。私が行けば、あなたは狙われない」
「は?」
「私を差し出せば、あなたまで殺されることはないでしょう?」
リシアの声は静かだった。だが、その奥には恐怖と覚悟が入り混じっていた。
「ちょっと待て! ふざけるなよ!」
「お願い……私のせいで、あなたが死ぬなんて耐えられないの」
リシアの碧眼が揺れていた。
その表情は、まるで涙をこらえている子どものようだった。
「私は……“鍵”なの。私の存在が、この世界の均衡を壊す」
「鍵……?」
初めてリシアの口からその言葉が出た。
だが、考える暇はなかった。
影の狩人がゆっくりと刃を下ろし、鎧の騎士も動きを止めてリシアを見据える。
「賢明な判断だ。少女を渡せ」
「そうすれば、無駄な血は流さずに済む」
二人が口を揃える。
リシアは一歩、二歩と彼らの方へ歩み出る。
「やめろ……リシア、戻れ!」
「……隼人。ありがとう。あなたと出会えて、本当に嬉しかった」
その言葉が、俺の胸を突き刺した。
「勝手なこと言うなッ!」
俺はリシアの腕を掴み、強引に引き寄せた。
驚いた彼女の顔がすぐ近くにある。
「お前を渡すなんて、絶対にしない。俺が死ぬとか、生き残るとか……そういう話じゃないんだ!」
「……でも……」
「お前がここでいなくなったら、俺はきっと一生後悔する!」
リシアの目が大きく見開かれた。
その瞬間、グラディアが低く唸った。
「来るぞ、隼人!」
影の狩人と騎士が同時に動いた――。
「リシア、離れるな!」
俺は彼女の腕を掴んだまま、グラディアを構える。
影の狩人が一瞬で懐に入り込み、鎧の騎士の斧が地面を叩き割った。
衝撃で足場が崩れ、リシアがよろける。
「くっ……!」
俺は彼女を抱き寄せて回避するが、その間にも黒い刃が背後から迫る。
――間に合わない!
その瞬間、グラディアの声が頭に響いた。
「隼人……力を解放するか?」
「……解放?」
「お前が本当にリシアを守りたいなら、俺の“封印”を解け。ただし――」
刹那、影の狩人の刃が俺の頬をかすめた。
流れる血の感触に、俺は迷わず叫んだ。
「構わない! 力を貸せ!」
「……いいだろう」
グラディアが黒く輝いた。
剣身を覆う紋章が脈動し、眩い光が洞窟を満たす。
「なっ……!」
影の狩人と騎士が同時に動きを止めた。
「これが……グラディアの本当の姿……?」
剣が変化した。
ただの鋼の剣だったはずのそれは、禍々しい黒の翼のような刃を持つ武器へと姿を変えていた。
「隼人、今だけだ。俺の力を使え!」
「……分かった!」
俺は剣を振り下ろす。
空気が裂け、巨大な斬撃が生まれた。
その圧力は影の狩人を吹き飛ばし、鎧の騎士でさえも後退させる。
「くっ……馬鹿な、ただの人間が……!」
影の狩人が呻く。
「人間だろうが関係ない! 俺は……リシアを守るためなら、何だってやる!」
再び剣を振る。
黒い衝撃波が洞窟の壁を抉り、鎧の騎士の斧を弾き飛ばした。
「くっ……退くぞ!」
影の狩人が舌打ちし、洞窟の奥へと消える。
鎧の騎士も俺を見据えたまま、低く言い捨てた。
「……この勝負は終わらんぞ、隼人」
そう言い残し、影に紛れるように姿を消した。
静寂が訪れる。
俺は剣を地面に突き立て、その場に崩れ落ちた。
「……隼人!」
リシアが駆け寄り、俺を抱きとめる。
その手が震えているのが分かった。
「ごめん……俺……やっぱり危ない賭けだったな」
「……でも、ありがとう」
リシアの瞳に涙が滲む。
「あなたが守ってくれたから、私はここにいる」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
そして、グラディアの声が再び響く。
「隼人……お前、あの力を使いすぎるなよ。次は……命を削ることになる」
「……分かってる」
俺はリシアを抱きしめるように支えながら、決意を新たにした。
彼女を守るために、俺はこの世界で強くならなければならない――。