第一章 謎の少女と虚無の剣 2
アンデッドの群れが地下室を取り囲み、腐臭が壁の隙間から忍び込んできた。
息を呑む間もなく、扉が破られ、骸骨の兵士たちが一斉に雪崩れ込む。
「くそっ……来やがったか!」
俺は剣――グラディアを握り直した。刃は青白く光り、周囲の闇をわずかに押し返す。
背後でリシアが小さく囁いた。
「……数が多い。ここで立ち止まったら終わるわ」
「そんなこと分かってる!」
骸骨の剣が俺の首筋を狙って振り下ろされる。
反射的にグラディアを振ると、刃は骨を容易く断ち切った。
だが次の瞬間、頭の奥に鋭い痛みが走る。
「っ……ぐっ!」
「隼人、無理に力を使うな」
グラディアの声が、どこか愉快そうに響いた。
「俺の力は“お前の生命力”を代償にしている。使えば使うほど死が近づくぞ」
「な、なんだと……!」
一瞬怯んだ俺を見て、アンデッドが一斉に飛びかかってくる。
だが、その前にリシアが俺の腕を引いた。
「隼人、下がって!」
彼女が唱えた短い詠唱とともに、床の魔法陣が淡く輝いた。
その光が周囲を吹き飛ばし、骸骨兵士たちは一瞬動きを止める。
「今よ、切り抜けて!」
「くそっ、やるしかねぇ!」
俺は全力で剣を振った。青白い斬撃が弧を描き、骸骨の群れを一掃する。
床に崩れ落ちた骨の山を見て、わずかに息をついた――が。
「……まだだ」
地下室の入口に、一際大きな影が立っていた。
全身を黒い鎧で覆った巨大なアンデッド。両目が赤く燃えている。
「……ボスかよ」
グラディアが嗤った。
「いいぞ、隼人。こいつを倒せば、少なくとも今日は生き延びられる」
「だが代償は……!」
「知らん。戦わなければ即死だ」
選択の余地はなかった。
俺はリシアを背に庇い、グラディアを高く掲げた。
「……力を貸せ。死んでたまるか!」
剣が眩く光り、刃の中から低く響く声がした。
「いい覚悟だ――ならば命を削り切れ」
その瞬間、俺の全身から熱が奪われるような感覚が走った。
視界が赤く滲む。だが剣は異常なまでに軽く、そして鋭かった。
一撃。
黒鎧のアンデッドの身体が真っ二つになり、地響きと共に崩れ落ちた。
だが、俺はその場に膝をつき、激しい吐き気に襲われた。
「……はぁ、はぁっ……!」
「隼人!」リシアが駆け寄る。
その瞳には焦りと、そして――涙が滲んでいた。
「大丈夫……? あなた、今――」
「……まだ生きてるさ」
声が震える。だが、グラディアの声が冷たく告げた。
「生きている“だけ”だ。次に使えば、死ぬかもしれんな」
俺はその言葉を聞き流した。
リシアが必死に俺を抱き起こし、その小さな肩が震えているのが分かった。
「……なぜ、俺にここまで……?」
リシアは答えず、ただ言った。
「あなたは、この世界を救う鍵だから」
その言葉が、恐怖よりも重く、俺の胸に落ちた。
「灰の王国を救うため……あなたが必要なの」
俺は彼女の碧眼を見返した。
その奥には、隠しきれない悲しみと決意があった。
――この少女もまた、何かを背負っている。
「……分かった。だが、まだ何も信じたわけじゃない」
リシアは小さく頷いた。
その時、廃墟の外から新たな足音が聞こえた。
「来たか……“追跡者”が」
グラディアの声が低く響く。
リシアは蒼白になり、俺の手を強く握った。
「……逃げるわよ、隼人。ここで捕まったら終わりだから」
俺はうなずき、震える足で立ち上がった。
こうして、俺とリシアの逃走劇が始まった。
この世界の真実も知らぬまま――。