第一章 謎の少女と虚無の剣 1
アンデッドの骸が灰となり、風に散っていく。俺は膝をついたまま息を荒げていた。
この世界に来てから、まだ一時間も経っていないだろう。それなのにすでに死にかけていた。
「お前……誰だ?」
青白い剣――グラディアに問いかけるが、返答は冷たい。
「質問は後だ。……立て、隼人。次が来る」
「次……?」
背筋に冷たい悪寒が走った。森の奥で、またあの骨の群れが蠢いている。
しかし、それよりも俺の視線を奪ったのは――目の前の少女だった。
長い銀髪、透き通るような白い肌、深い碧眼。彼女は月の光を背負ったような神秘的な姿で、じっと俺を見下ろしていた。
「……誰?」俺は問いかけた。
少女は短く答える。
「リシア」
それだけ言うと、彼女は歩み寄り、俺の手首を掴んだ。
「離せ! お前は何者だ!」
「質問している時間はないわ」
リシアの瞳が鋭く細められる。「生き延びたければ、私についてきて」
言うが早いか、彼女は森の奥へ駆け出した。
「隼人! 行け!」
グラディアの声が鋭く響く。
俺は迷ったが、死にたくないという本能が勝ち、少女の後を追った。
森の奥は想像以上に暗く、湿っていた。木々の根が複雑に絡み合い、足を取られそうになる。
リシアは無言のまま、迷いなく進んでいく。まるでこの世界の全てを知っているかのように。
「なあ、リシア……お前、俺がここに来ることを知ってたのか?」
問いかけても彼女は答えない。
代わりにグラディアが冷たく言った。
「恐らく、そうだ」
「どういうことだよ!」
「この女、隼人。お前の“転生”に関わっている可能性がある」
転生――その言葉が耳に重く響いた。
「やっぱり、これは……」
「だが安心するな」グラディアの声は低く抑えられていた。「この女が味方とは限らん」
俺は無意識にリシアの背中を見つめた。細い肩、だがその歩みには迷いがない。
やがて、森が開け、小さな廃墟が現れた。
リシアは廃墟の奥にある地下室へ俺を案内した。そこは朽ちた石壁に囲まれた空間で、中央に魔法陣のような紋章が描かれている。
「ここなら……ひとまず安全よ」
初めてリシアの声に安堵の色が混じった。
俺は壁に背を預け、荒い息を吐く。
「……説明してくれ。俺は、ここにどうして来たんだ?」
リシアはしばらく俺を見つめてから、静かに言った。
「あなたは――“灰の王国”を救うために選ばれた人間よ」
「灰の王国……?」
「この世界の名。あなたがいた世界とは違う場所」
その言葉に頭がくらくらした。やはり、俺は異世界に転生したのだ。
「なぜ俺が……選ばれたんだ?」
「それは……」リシアは視線を逸らした。「まだ言えない」
俺は苛立ちを隠せず声を荒げた。
「ふざけるな! 何も知らないまま戦えって言うのか!」
するとリシアは一歩近づき、俺の胸元に手を置いた。
彼女の瞳が、悲しみと決意を帯びていた。
「ごめんなさい……でも、あなたを失うわけにはいかないの」
その瞬間、地下室の外で轟音が響いた。
――アンデッドだ。
リシアは俺の手を握った。
「来るわ。隼人、あなたは――生き延びて」
グラディアが鋭く告げた。
「戦え、隼人。お前が死ねば、この女も俺も終わりだ」
俺は剣を握り直した。
恐怖はあったが、それ以上に――この世界で生き延びたいという意思が湧き上がっていた。
「……やってやるさ」
次の瞬間、地下室の扉が破られ、無数のアンデッドがなだれ込んできた。