Episode5 - 裏を考えてみよう
こちらの顔面へと迫る拳に、私は視線を合わせた後。
薄い水の膜を数枚生成しその勢いを削ぎ、軽くそれを上へと弾く。
「ぐっ……」
「はい、そこで怯まない怯まない」
動きが鈍くなった相手の、がら空きとなった胴へと一発。その流れで足払いを掛け、体勢を崩した相手の顔の横に足を勢い良く降ろして、
「はい、これで終わり。何にせよ動きが鈍くなったらそこで終わりだよ?五十嵐にも言われたと思うけど」
「そう、ですね……いやぁ、まだ慣れないな……」
「折角良い異能持ってるんだから活かした方が良いよ」
「はいっ!ありがとうございました!」
「よし、つぎー」
現在私が居るのは、居住エリアの一角に出来た道場の様な建物の中。
その中心に私が、そしてその周囲には何人かの住人達がこちらの動きを追おうと真剣に視線を向けていた。
……【液体操作】を使わないといけなくなってきたのは良い傾向かなー。でも、まだまだ2級と戦うには怖い。
現在、私が行っているのは住人達への実戦型の訓練だ。
相手の実力によって、私の異能の出力を決め相対する。その上で、相手が一撃でも私に当てられたら勝ちという……相手側有利の組み手。しかしながら、これを始めて約1週間……未だ一度も負けていない。
自分がそれなりに強いから、というだけではなく……この結果は単純に周りの住人達の実力にも依る。
「宜しく頼もうか、柊殿」
「おや、須藤さん。五十嵐の方はもう良いんですか?」
「あぁ。……というより、途中から共に教師側に回ってしまってな。邪魔になるのも悪いと思い、一言行ってからこちらに来た」
「あぁ、成程……確かに貴方は最初からこっちでも良かったですね」
次の対戦相手を待っていれば、私の目の前に見知った顔が歩いてきた。
片手には木刀を、全身を道着に身を包んだ彼は……最古参であり、無異能者でありながらも強者であろう須藤だ。
「リベンジ、いっときます?」
「元からそのつもりよ。そちらは……今の所、どこまで異能を使った?」
「そこまで使ってないですよ。初心者が多い中で全力で使う訳にもいきませんし……そもそも、半分の出力も出してないんじゃないですかね?」
「ほうほう」
私の言葉に周囲の住人達から驚きの声が漏れたものの、須藤は別段驚いてはいない様だった。
とは言え、
「須藤さんが相手なら……半分は確実に出さないとですかね」
「実力を買ってくれるのは嬉しい限りではあるが……こちらももう老いぼれの身。優しくしてくれる事を願おうか?」
「はは、思ってもない事を」
互いに少し離れ、それぞれの武器を構える。
須藤は手に持っていた木刀を、切っ先をこちらへと向けるように。
私も……近くに転がしていた、同じ木刀を足で上へと弾き上げ軽く浅く構え、
「いざ」
「尋常に」
「「――勝『ごめーん!ちょっと待ってもらっていいかなぁー!』……ぶ?」」
足に力を入れ、一足飛びの様に距離を詰めようとしていた所で……道場の入り口から放たれた大声によって全身が痺れてしまう。
何かとそちらへと視線を向けると、異能を使って大声を出したのであろう音鳴と、
「わ、私……毎回タイミング悪くないですかね……?」
凄く申し訳なさそうにしている三峰の姿があった。
―――――
「……本当に大丈夫でした?私としては続けて、一段落付いた後でも良かったんですけど」
「いやいや、あの場合は音鳴ちゃんの判断が正しいので。外部の、それも用事があって来た人を待たせてまで組み手は出来ないですよ。二度目ですけど」
「うっ……」
何やら似た流れだな、とは思いつつ。
私は所在なさげにしている三峰と、してやったりという表情を浮かべている音鳴、そして色々便利な白星を連れて、一応白星の所有物とされている家へと移動した。
……三峰さんが来る、って事は……佐藤元首相の依頼かな。
私の知っている前世とは違い、三峰自身がまだ生きている為に彼女の所属する避難所はまだ戦力的にも物資的にも安泰な筈だ。それに加え、彼女がここに訪ねてくる理由も……五十嵐の様子を見に来る程度しか思いつかない。
それなのにも関わらず、私を訪ねてきたと言う事は……十中八九予想通りだろう。
「で、今回はどのような?」
私の言葉に、三峰は軽く咳払いをして姿勢を整えた後。
「はい、今回も佐藤元首相からの依頼、その要請ですね」
「……毎回三峰さんが使いっ走りみたいになってるのは良いんです?」
「……一応、これにも報酬が発生してて……それに私達も同じ様に依頼を受けて、その目的地に向かう最中なのですよ」
「成程なぁ」
使われる側というのも中々に大変の様だ。
とは言え、私に依頼を持ってきた、と言う事はだ。
「報酬、結構せびりますけど大丈夫ですかね?」
「それを前提にしても依頼したいんだと思います。こちら、依頼の概要です」
そうして、三峰から手渡された紙を確認してみれば。
そこに書かれていたのは、簡易的な地図と佐藤自身の言葉で書かれたであろう今回の依頼内容だった。
……ふぅん、今回も掃討。でも……内陸側、しかも都市部に近い所かぁ。成程ね。
前回の作戦と似た部分はあるものの、今回は人がアクセスしやすいとは言い辛いエリアの掃討作戦だ。
それに、今回に関しては……周りの被害を気にしなくて良い、という文言までついている。
「これ、ここに何があるかって三峰さんは聞いてます?」
「いえ、私達も似たような場所へと向かってはいるんですが……とは言え、周辺被害を気にしなくて良い、というのはそういう事なんでしょうか?」
「そういう事でしょうねぇ」
「?貴女達だけで分かるように話すのは止めてもらってもいいかしら?」
ある程度の事情を想像、予測出来る私と三峰が互いに頷きあっていると。
その理由に思い当たらなかったのか、白星が疑問を投げてくる。それに対して、
「簡単な話だよ。今、世界はゾンビに溢れてる。それに加えて、人が住める場所はどうなっていってると思う?」
「えぇっと……その分減ってるわよね?ゾンビだけじゃない、野生動物や自然が侵食していくもの」
「そうだね。その上で、今回の依頼は周辺の被害を気にしなくて良い……言い換えれば、存分に暴れてこいって言われてるんだ。そして、そんな依頼を出している佐藤元首相の避難所には……転移系の異能持ちが居る訳で」
「まぁー……足りないんでしょうね、場所が。彼の避難所から見ても、今回の依頼で指定されているエリアは遠くない。徒歩でも少し時間は掛かりますが1日2日程度で往復出来る距離です。となれば」
一息。三峰の言葉を引き継ぐように私は言う。
「今回はゾンビの掃討と一緒に、避難所やそれに準じた場所として使えるエリアを確保してほしい、って依頼な訳だね。その上で、変に死角を作ってしまう建物なんかはいらない訳だ」
「成程ねぇ……便利屋扱いね、私達」
「仕方ないでしょ。力があるっていうのは、こういう事に巻き込まれるんだよ。だから出来るだけ依頼しにくいようにって前回考えたんだけどなぁ……」
どうやら佐藤は使えるモノは惜しまないタイプであるらしく。
多大な報酬が掛かってでも、戦力になり得る私を寝かしておくつもりはないようだった。
……とは言え、断ってもいいけれど……その場合は、他に物資が行くだけか。
別に他の避難所と争っている訳ではないが……それでも、出来るだけ物資は確保しておきたいのもまた事実。
今は落ち着いてきたものの、居住エリアの住人数がまた増えない訳ではないのだ。
使える物資は確保しておいた方が得策。故に、
「うん、受けようか。ただ……出来る限り、こっちが出す物資を減らしたいから……今回は白星ちゃんと私の2人旅かな」
「えぇ!?私も行くの!?」
「行くに決まってるじゃん。収納系は旅には必須だよ」
何を言っているんだ、という目を白星から向けられながらも。
私は今回依頼について知らせてくれた礼にと、最近居住エリアで獲れた野菜を何種類か三峰に持たせて見送る事にした。
急な依頼ではあるが……被害を気にしなくて良い、というのは中々に良い。
……最近、全力で身体動かしてなかったから……良い気分転換になりそうだしね。
したがって、まずは……絶対についてこようとする五十嵐を説得する所から始めよう。




