アポリアの彼方外伝【アポリア世界補遺】──ミネラリウムの悲劇──
かつてノアフリガ自由連邦の西方に、鉱石と記憶の街と呼ばれた都市があった。
その名はミネラリウム。
都市の名の由来は、地中から採れる特殊な鉱石「メモリウム」にある。
この石は、接触した者の記憶の断片を吸収し、魔力に転換する性質を持っていた。
記憶をMPに変換するこの技術は、当初“文明の奇跡”と呼ばれ、人々の生活を劇的に豊かにした。
──しかし、それは始まりにすぎなかった。
メモリウムの導入から十年。
都市に住む者たちは、自らの記憶を“貨幣”として差し出すことを当たり前とするようになった。
「昨日の後悔を売って、今日の幸せを買おう」
「失恋の痛みが、家族の食卓を支える」
それは、まるで夢のようなシステムだった。
だが、その対価は、魂そのものの消耗だった。
記憶を売り続けた人々は、やがて自らの名前を、愛した者の顔を、そして生きていた証を忘れていった。
「誰かの声が聞こえる気がする」「誰かが私の中にいる」
都市は次第に、“過去を捨てた者たちの残響”で満ちていった。
そしてある日、メモリウムの精製工房が、突如として黒い霧に包まれた。
その霧は魔力でも毒でもなく、記憶の断片が物質化したものだった。
曖昧な言葉、残された感情、未完の思い出。
それらが霧となり、人々の精神を蝕み始めた。
狂気に陥った者、他者の記憶に支配された者、魂の中身を空っぽにされた者――
数日と経たぬうちに、都市の七割が沈黙した。
唯一残されたのは、記憶を売らなかった子供たちと、祈りを捧げ続けた修道士だけだったという。
この事件は、後に『ミネラリウムの悲劇』として記録される。
ザラム教国はこの事件を「神の警告」と見なし、GSS全体に異議を唱える口実とした。
彼らにとって、MPを「神のロゴス」から独立させ、自由に流通させたこの都市は、神に反した罪の都市だった。
ザラムの高位律法術士はこう言い残している。
「言葉を忘れた街は、神の名を呼ぶことすらできぬ。
祈りを忘れた民に、赦しの道はない」
現在、ミネラリウムの跡地には立ち入ることすら禁じられている。
夜になると、忘れられた記憶たちが風に乗ってささやくという。
※「メモリウム」は当作品オリジナルの記憶通貨概念です。
「しっかり覚えていて――」
「わたしを――忘れないで」
※本作およびその世界観、登場用語(例:メモリウム™、魂経済、共感通貨など)は、シニフィアンアポリア委員会により創出・管理されたオリジナル作品です。無断転用や類似作品の公開はご遠慮ください。