アポリアの彼方外伝【アポリア世界補遺】─ ジェイドとミスティ、失われた記憶の街で ─
「……ここが、ミネラリウム」
ジェイド・ルミナールは立ち止まった。
かつて記憶を精錬し、魂と等価交換されていた都市の中枢。
その工房跡地は今、すでに原型をとどめていない。
吹きすさぶ風が、砂塵と灰と記憶の粒子を巻き上げていた。
空はどこまでも白く、地面は剥き出しの骨のように乾いていた。
「ここに来るの、ずっと避けてたんでしょ」
ミスティ・ルナバードの声が、スカーフの奥からくぐもって響いた。
彼女は、顔の下半分を濃紺の布で覆っていた。
砂混じりの風があまりにも強く、都市全体が微細な記憶の塵に覆われている。
その布は、かつて母がくれた唯一の遺品だった。
──記憶を売った母が、最後に彼女に残したもの。
風に煽られた布の端が、
まるで過去の亡霊が名もなく手を伸ばすように、
ジェイドの頬をかすめて、空へと消えた。
ジェイドは微かに目を細め、その触れた感触の余韻を追うように、沈黙のまま空を仰いだ。
「……俺たちが、何を忘れて、何を捨ててきたのか」
「ここで、それを確かめる必要がある」
ミスティはうなずいた。
目元だけが見える彼女の表情は、風の中でも強く凛としていた。
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