魔王ミスティはアポリアの彼方で島内と会う
石造りの市場の一角。
アポリア独特の祈祷取引所――祈りを担保にしたGSS債権の仲介所は、いつも香料と血の匂いが混じっていた。
薄暗い回廊の向こう、粗雑な帳簿を広げた男がいた。
薄い唇と、悪びれたような笑み――島内だ。
島内は薄笑いを浮かべ、いつもの調子で手を挙げた。
だがその声はどこか擦れ、昔より老け込んだようにも感じられる。
「よ、よう……ミスティ。」
ミスティはゆっくりと振り向き、口角をわずかに上げた。
「あら、島内さん。あなたも転生してきたの?」
「ああ……ちょっとよ、やりすぎちまってな。」
島内は頭を掻き、わざと軽く肩をすくめる。
「窮鼠猫を噛むってやつだ。逆に刺されちまってよ。……歳は取りたくねえな。」
ミスティは目を細め、その瞳にかすかな愉悦を灯した。
「ふふ……あなた、みんなで富岳を壊した後、どこへ逃げていたの?」
島内は口の端を引きつらせる。
その笑顔の奥には、微かな後悔と怯えが滲んでいた。
島内は肩をすくめ、気まずそうに笑った。
「ケイマンあたりでな、ちっせぇペーパーカンパニー作ってよ。
ネット仕事の受け皿にして小銭稼いでたんだが……」
そこで言葉を切り、苦い顔をして吐き出した。
「……金の取り立てに行ったらこのざまだよ。まさか刺されるとはな。あの時ゃ少しビビっちまったぜ。」
ミスティは楽しげに目を細めた。
「あなたらしいわ、島内さん。小銭を積み上げて、いつか大きくなると夢見てた。」
島内は渇いた声で笑ったが、その喉仏は落ち着かずに動いていた。
「へっ、まぁな。異世界へ転生した俺が、
まさかこのアポリアでまた似たようなことやってるとはな。」
彼は辺りを見回し、近くの祈祷取引台を指差した。
「ここじゃ“債権”っつっても現世の紙じゃねえ。
祈りの量だの、祝詞の利率だの……挙句に魂の結晶を担保にするんだぜ。
んで、みんな熱に浮かされてもっともっと借りる。」
彼は舌を出し、軽く歯を噛んだ。
「でよ……返せなくなった連中はどうなるか知ってるか?
魂が割られて市場に流される。祈祷債権ってのは“転売”できるからな。
これがまたクセぇ話でよ……新しい債権買った奴が、その分の“呪い”まで引き受ける。」
ミスティは楽しげに目を細める。
「呪い付き債権……ね。
さすがアポリア、資本と地獄を見事に融合させてるじゃない。」
島内は乾いた笑みを浮かべたが、その目の奥はどこか怯えていた。
「冗談じゃねぇ……。この世界の金融は祈りや魂を喰い物にして回ってやがる。
現世よりたちが悪い。」
島内は債権証票をしまい込み、そっと懐を押さえた。
「ま、お前と鉢合わせるまでは、俺もちょっとした祈祷債の仲介で食っていけると思ってたんだがな……
なんか嫌な予感しかしねぇや。」
ミスティは軽く笑みを浮かべた。
「気にしないで。私、昔からあなたみたいな小物が地場を整えてくれるおかげで、随分助かってるの。」
「おいおい……それがまた不気味なんだよ。」
島内は小さく頭を振った。
「……どうせまた、お前の詐術の外堀を俺がせっせと埋めちまうんだろ?
わかってんだよ、ミスティ。」
「ふふ……」
ミスティは声に出さず笑うだけだった。
その視線はもう、彼の向こう側――この世界を覆う見えない信用網の脈動を見ていた。
島内の背筋に、嫌な汗が流れた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
『【魔王と少年の残響 ―禁忌の調律―】』は、血と構文で紡がれた愛憎の物語です。
魔王ミスティと御園アマネの歪んだ幸福が、あなたの胸にどんな調律を響かせたでしょうか。
さて、アポリアの世界では、あの島内も再び登場しています。
魔王と少年が築いた血の市場、その裏側で旧友たちは何を思うのか──
良ければ覗いてみてください。
▶ 【魔王と少年の残響 ―禁忌の調律―】
https://ncode.syosetu.com/n5667ks/1/
また次の構文で、お会いしましょう。




