アポリアの彼方外伝【ネグレクティウムによる“魂税システム”】
【外伝1:祝福の課税】
「……それは、ただの薬じゃなかったのよ」
老女の声は、かすれた祝詞のようだった。かつて豊穣都市ミラティスで配られた『祝福の薬』――それは飲むだけで魔力が増幅し、MP上限が拡張される奇跡の処方だった。だがその実態は、脳内に寄生し魂を蝕む微細構造体だった。
魂がわずかに削れるたび、GSSに課税のように“共鳴値”が記録され、通貨が生成される。
「あなたたち、気づいてなかっただけ。あの薬は“恩寵”なんかじゃない……」
涙を流しながら語る彼女の腕には、祝福の印が深く刻まれていた。それは、かつての“共感”を差し出した代償。
祝福は、いつも誰かに課税されている。
【外伝2:魂が課される理由】
「祈るだけでは足りないんだよ」
そう言ったのは、経済局の修道士だった。
魂は「無償の祈り」でありながら、制度の中では「課税対象」となっていた。記憶通貨の暴落後、魂そのものを基軸にしたGSS構造が採用された。
魂=貨幣。であるなら、それが多く生産されすぎればインフレを招く。
そこで制度設計者たちは、“魂の安定供給”を目的にネグレクティウムを撒いた。人々の魂を“ゆっくり消費”する構造。それが、この世界における“税制”だった。
「理由? 安定した経済のためだよ。神も人も、まずは流動性を望んだ」
魂が“課される”のは、祈りの不完全さゆえではない。制度の暴力が、人々に課した生贄だった。
【外伝3:MPアップの代償】
「ねえ、知ってる? あの薬、魔力が増えるって言ってたけど……」
街角で声をひそめる少女がいた。名はリナ。
彼女は毎日、母親が配ってくる“栄養薬”を服用していた。それを飲むと、少しだけ景色がきらきらして、何かを感じやすくなる。
でもある日、鏡の前で涙が止まらなくなった。自分の名前が、思い出せなかったから。
MPは確かに増えた。
だけど、“自分”が少しずつ消えていく。
それが、代償だった。
「誰かに“魔法”を与えるには、誰かから“魂”を奪わなきゃいけないんだって」
彼女はそう言って、もう薬を飲まなかった。
それだけが、彼女の“自己”を守る手段だった。
【外伝4:搾取の名は、希望】
ユウトは、その都市の図書館で旧記録を読んでいた。
『希望プロジェクト』と名づけられたその計画は、人類を魂の衰弱から救うと宣言されていた。
その実態は、ネグレクティウムによる“魂税システム”の導入だった。
人々は気づかなかった。希望という名前で魂が管理され、数値化され、徴収されていたことに。
「これは詐欺だ」
彼は呟く。
「希望って名付ければ、人は自分が苦しんでることに気づかない」
搾取は、名を変えた。
『恩寵』『祝福』『希望』――
そのどれもが、魂を吸い取るために設計された、美しい言葉だった。
ユウトはペンを置く。
そして記した。
《アポリアの書 第十三節》
希望を名乗るものに、真実の火を。
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