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アポリアの彼方外伝 【クロウという名の社員】――魂と構想の搾取論

──理想は、美しい歯車のように回る。

だが、それが誰の血で動いているかを、誰も見ようとしない。

クロウは、ノアフリガ自由連邦の巨大企業「レヴィア=コングロマリット」の一社員だった。

ソウルデザイン部──魂の経済構造を設計する部署で、彼の名は密かに知られていた。

彼は世界を変える仕組みを夢見ていた。

共感経済の再構築。MPの流通と信仰の等価性。

だがその構想は、提出された瞬間から“個人の業績”ではなく、“組織の成果物”に変換された。

「君の案は素晴らしい」

「部長決裁までは私の名前で通すが、評価はあとで共有される」

イーデル・レインハート課長は、いつも笑顔でそう言った。

その日から、クロウの睡眠時間は消え、報告書の海が始まった。

彼は文句ひとつ言わず、未来の地図を描き続けた。

リア──彼の部下であり、唯一の理解者は、黙っていられなかった。

「クロウさん、今日も徹夜ですか? もうこれ、仕事じゃないですよ……」

「これは信仰なんだ。理想に賭けるって、そういうことだろ?」

だが、ある朝、彼は自分の企画が社内掲示板に大々的に発表されるのを目にした。

タイトルは『MP共感最適化構造の導入について』。

提案者:イーデル・レインハート。

クロウの名は、脚注にもなかった。

「なぜ抗議しないんですか!」

リアは詰め寄った。クロウは小さく笑った。

「俺の名前なんてどうでもいい。理念が形になった、それだけで――」

その瞬間、彼の声がかすれた。

喉の奥から吐き出されたのは、怒りでも失望でもなく、空白だった。

「……理念を売るのが俺の役目だったのかな」

その夜、彼は資料室にひとりこもった。

空白の報告書にこう記す。

『魂の割賦――善意による自発的搾取の構造』

翌朝、彼の机は空だった。

リアが書類を探しに行った時、残されていたのはただ一枚の付箋だった。

──魂を燃料に回る世界を、誰が設計したかを問え。

数年後、その言葉は地下ネットワークに拡散され、匿名の思想家“クロウ”の名が囁かれるようになった。

やがて、アポリア各地で目撃されるようになったある人物がいた。

暗号化された文書を手にし、各地の知識層と密かに接触しながら、何かを探る者。

その人物は“クロウ”と名乗らなかった。ただ、かつてコングロマリットにいたことを匂わせる。

そしてある夜、リアのもとに届いた一冊の文書ファイル。

その表紙にはこう書かれていた。

『MaQ計画外典──実験者クロウによる魂認証型端末の臨床記録』

リアは震えた。

「まさか……あなたが……」

彼は姿を消したのではなかった。

魂の構造を根底から設計し直すため、裏から世界を再起動し始めていたのだ。

彼こそが、“MaQ計画”の原設計者。

会社という皮膚を脱ぎ捨て、理念という名の影法師となった思想エンジニア。

名前のないまま、名前を設計する者。

そして、どこかで誰かがまた言う──

──魂を燃料に回る世界を、誰が設計したかを問え。

その答えの中に、クロウの真名が眠っている。





※本作およびその世界観、登場用語(例:メモリウム™、魂経済、共感通貨など)は、シニフィアンアポリア委員会により創出・管理されたオリジナル作品です。無断転用や類似作品の公開はご遠慮ください。

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