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中編

次の日、アテルは白銀の甲冑に身を包み、同じく出征する騎士達の先頭に立っていた。


整った顔がキリリと真剣な表情で前を見据えて馬に跨がる姿は凛々しく、女性達が感嘆の声をあげていた。


ヴァレリアもその姿はなかなか格好いいとは思う。


中身がアテルでなければ…………。


見送りの列にヴァレリアとフォルティナの姿を見つけたアテルは、馬の手綱を返し、スッと先頭を外れて二人の前に来ると、サッと馬から降り立った。


「やあ、二人とも見送りに来てくれたの?朝からバタバタしていたから会えずに出発する事になるかと思ってたから嬉しいよ!やっぱり、しばらく僕に会えなくなるのが寂しくてたまらなかったのかな?」


色気をのせたウィンクをバチンと送られてゲッソリする。


「ア、ア、アテル様!あの、お、お気をつけて行ってきて下さい!ご、ご武運をお、お祈りしております!!」


「ふふっ、ありがとうフォルティナちゃん。君のように可愛い子達が僕の帰りを待っていてくれるからね。絶対に生きて帰ってくるから心配しないで待っててね。ああっ、モテる男は気軽に死ぬことも出来ないよ。」


いつもの軽薄さで、フッと自嘲するかのように『それもこれも僕が格好良すぎるせいか。』とほざいていて、自惚れもここまで来れば立派なものだとある意味感心する。


「……はぁ、兎に角死なないように頑張んなさい。

……………フォルティナ様達をエイナー領に送り届けたら、トンボ返りして私も前線に参戦してあげるから、それまで踏ん張んなさい。」


只でさえ厳しい戦いになるだろう。


フォルティナと離れるのは不安だが、エイナー領に着いたら出来るだけ早く引き返して前線に行かねばならない。


自分がどれだけ早く戻って参戦出来るかが勝敗に大きく関わってくるはずだ。


強い者は多ければ多いほどいいのだから。


それなのにアテルは困ったように微笑んだ。



「……………………………僕としては……

  ………………君にはエイナー領にいて欲しいよ。」


「はっ??お前何を言って………。」


ヴァレリアの強さはアテルも十分分かっているはずだ。


予想外の反応に一瞬戸惑ってから、『馬鹿にしているのか』と


聞き咎めてアテルを睨みつけようとした瞬間、アテルにグッと引き寄せられて

頬に顔を寄せられた。


チュッと軽いリップ音を出して離れる唇。


「ちょっと!!!??」


真っ赤な顔でワタワタとこちらを見つめているフォルティナに『そういうのじゃありませんから』と念を送る。


「ふふふ、ヴァレリアちゃん隙あり♡文句は次会う時に聞かせて貰うよ。

その時はもう僕が魔王を倒しちゃってるかもしれないけどね!」


ふわりと笑う紫の瞳は嬉しそうに細められ、表情は愉悦に満ちていた。


「なっ!お前!覚えてなさいよ!」


完全に油断をしていたとワナワナと震えるヴァレリアを他所に、アテルはヒラリと馬に跨がるとパカリと馬を走らせた。


「ふふ、君も僕を忘れないで。」


色気をタップリとのせた流し目をこちらに向けながら、そんな言葉を残し騎士団の先頭へと戻って行く。


「あんの卑猥男…………。」


頬に残る唇の感触に手をやり、眉を顰めながら国境へと向かう騎士団の列に背を向ければ『あ、あの……。』と声をかけられる。


それは昨日辺境伯の館にアテルを訪ねて来ていた女性達だった。


『うげっ』とつい仰け反りそうになる。


「突然申し訳ありません。もし宜しければ、お時間頂けないでしょうか?」


「ちょっと、文句ならあの軽薄男に言ってくれるかしら?」


あの男のせいで女同士の修羅場に巻き込まれては堪らない。


(私は完全に被害者よ!)


と睨みつける。


「ち、違うんです。違うんです。お話を聞いてほしいんです。」


「ごめんなさい。私達貴女に謝らなくてはいけなくて……。」


ポロポロと泣きだした女性達。


突然路上で泣き出されて、ヴァレリアは困惑する。


『今日はとんだ厄日だ』と額に手を当てた。





「ヴァ、ヴァレリア、あの…お話だけでも聞いてあげたら?」


見かねたフォルティナにおずおずと促され、仕方なく辺境伯の館に連れて帰った。


部屋に入った途端、彼女たちが一斉に頭を下げてきた。



「ちょっと、貴女達、急に何なのかしら?

私には貴女達から謝罪される心当たりが一斉ないんたけど?」


(本当に何なんだろうか?)


アイツのせいで変な面倒に巻き込まれたとイライラする。


彼女達は顔を見合わせると、一番年長だと思われる女性が遠慮がちに聞いてきた。


「あの……貴女がアテル様の()()()恋人でいらっしゃいますよね?」

「まったく違うわね!!!」


よりによって何という勘違いを、いや先程のアテルの行動のせいかと増々苛立ちが募っていく。


「そ、そうなんですか…?アテル様は愛しい女性がいると常々おっしゃっていたので、てっきり貴女の事なんだろうと思ったんですけど……。」


「アレと付き合ってはいるのは貴女達の方でしょう?その愛しい女性とやらと私はまったく関係なくてよ!もっともあの男の場合、女性なら全てが愛しいとか言い出しそうだけども。」


はぁっと深いため息を吐き出せば、女性達はフルフルと頭を振った。



「いいえ、私達はアテル様の恋人ではないんです。」


「そうなんです。アテル様にはずっと恋人のフリをして頂いていただけなんです。」




女性達の話を聞けば、アテルはずっと彼女達の恋人の()()をしていたという。


何故そんな事をしていたのか?


それは彼女達の恋人や婚約者が、みな魔王軍との戦闘で亡くなってしまい、親や親戚から新しい婚約者を当てがわされそうになっていたのを防ぐ為だったと言う。


『辺境伯様の次男でいらっしゃるアテル様と付き合っていると言えば、誰も次の相手を見繕うような真似をしてこないでしょう?』


実際アテルと付き合っていると知った親や親戚は、新しい相手を紹介してくるのをピタリと止めたという。


『アテル様は私達を助ける為にずっと恋人のフリをしてくれていました。』


『私達も、いつまでも死んだ恋人や婚約者を想い続けていられないことは分かっています。』


『でも……少しだけ……少しだけでいいから、時間が欲しかったんです。』


彼女達はアテルが出征すると聞いて、ギリギリまで彼を縛り付けてしまったこと、自分達のせいで本当の想い人との時間を奪ってしまっていた事に気づいたと

懺悔の涙をハラハラと溢していた。


『私達のせいでアテル様が想い人と過ごせなかったのかと思ったら申し訳なくて。』


『想い人の方にも誤解を招いてしまったんじゃないかと心配だったんです。』



『アテルはやりたくない事をやるような殊勝な男ではないし、きっと嬉々として貴女達の恋人役を務めていたのでしょう。それに言った通り、私はアテルの恋人でも何でもなくてよ。』


そう言ってヴァレリアは彼女達を帰した。


彼女達はまだ何か言いたそうにしていたが『こちらも忙しいのだ』と言えばすごすごと帰って行った。






「…………………まったく何だと言うのかしらね。」


" アテルが彼女達の恋人のフリをしていた。"


だとしてもヴァレリアには何の関係も無いことだ。


アテルが思っていた様なチャランポランな男じゃなかったとしたって、自分には何ら関わりもない。




『アテル様の想い人は、貴女なんじゃないですか?』


彼女達の言葉にズキリと頭が痛くなる。


仮にそうだったとしても、本人に何か言われた訳でも、好きだと言われた訳でもない。


からかうように頬にキスをされたくらいだ。




「ぐぅぅぅぅぅ…………………。」

(どうして私がこんなモヤモヤしなくてはいけないの!?)


時間が経つにつれ腹立たしさが増してくるようだった。


『あの男!次に会ったら只では置かないわ。』


バスンとまとめた荷物をカバンの中に放り込んだ。








それから3日後、フォルティナと子供達を連れてエイナー領への疎開が始まった。


前日ついに魔王軍との開戦の火蓋が切って落とされたと伝令が来た為だ。


ヴァレリアとフォルティナは馬に乗り並走し、子供達は年嵩の子が荷馬車を操り小さな子供達を荷台に乗せた。


ある程度大きな子供達はそれぞれ自分達で近領の知人や親戚の元に避難する為、エイナー領へ連れて行くことになったのは、荷馬車を操縦する子供を除けば、ほとんどが小さく幼い子供達だった。


小さな子供達だけとはいえ、その数は1000人以上居るため列は長く、怯えた子供達を宥めながら進む旅は思うように進まなかった。


アテルの事も頭から離れずモヤモヤと苛立つ中、辺境伯領の外れに到着するだけでも5日かかってしまい、ヴァレリアの気持ちは更に苛立って行った。


フォルティナはいつもと様子の違うヴァレリアを気遣わしげに見つめていた。






「ヴァ、ヴァレリア、アテル様の所に行きたいなら、行っていいのよ。」


「はい?」


明日には辺境伯領を出れるであろうという夕方、食事をとるための休憩時間にフォルティナが突然言い出した。


意味がわからなくてキョトンとする。


「私は…ヴァレリアが後悔するような事に…なって欲しくないの…。

こ、子供達だったら、わ、私がちゃんとヴァレリアのお家に連れて行けるように、頑張るから…。」


「フォルティナ様何を言って…………。」


「も、もう、辺境伯領もあと一つ山を越えれば、隣の領に入るでしょう?

そ、そしたら、魔物や魔獣の心配もほとんどなくなるから……ここからなら、ヴァレリアがいなくても……わ、私が…絶対に子供達を連れて行くから……。だから…心配しないで…ア、アテル様のところに行って!!」


臆病でいつもヴァレリアにべったりだったフォルティナの言葉に驚く。 


不安や恐れを人一倍感じているだろうに、覚悟を決めた顔で『自分が代わりを務めるから前線へ行け』と言う。


真っ直ぐに自分に向けられる黒い瞳を見つめて思い出す。


『そうだった。この子は、どんなに自分が怖くても、誰かのためなら、強くなれる子だった……。』


フォルティナは、ヴァレリアがアテルの事で思い悩んでいる事に気づいて、ずっとヴァレリアを早く前線へ帰そうと考えていたのだろう。


魔物や魔獣が減る地域に着いたら、その先は自分が頑張ろうと、覚悟を決めていたのだと気づく。


フォルティナの思いやりに


それまでの苛立ちがフッと消えて行った。


冷静さを取り戻し、自分が今すべき事に集中出来ていなかった事を反省する。



「いいえ……。いいえフォルティナ様。その必要はありませんわ。

エイナー領までは予定通り、私が護衛をして付いていきます。」


「で、でも……。」


「ご心配をおかけして申し訳ございませんでしたが、私は別にアテルの側にいたいと思っているわけではありませんのよ。(ちょっとモヤモヤしただけで)


それよりも今一番大事な事は、フォルティナ様と子供達をきちんと送り届ける事ですわ。前線にはそれを果たしてから参ります。」


「だ、だけど、アテル様の事がなくてもヴァレリアは早く前線に行った方がいいのでしょう?私だったら本当に大丈夫よ。み、道もしっかり頭に入れたの。それに魔物や魔獣には十分気をつけるわ。今日までの道だって襲われなかったし。」


「今日まで魔物達が出なかったからと言って、これからも大丈夫だとは限りませんわ。それに……………………。」


そこまで言って自分の言葉にふと違和感を覚えた。


「ヴァ…ヴァレリア……?」


急に黙り込むヴァレリアにフォルティナが戸惑いの顔を浮かべる。


ヴァレリアの秀麗な顔が考え込むように顰められた。


『今日まで魔物達が出てこなかった?』


辺境伯領は魔族をはじめ魔物や魔獣などが多く生息している危険な場所だ。

一歩城門を出れば、魔物や魔獣などはそこかしこに居る。

だからこそヴァレリアが護衛を任されたのだ。


町を出てから5日、のろのろと隊列を組んで進んでいたというのに魔物はおろか魔獣にすら一匹も会わずに進める等ということがあるのだろうか?


ヴァレリアの背中を嫌な汗が伝った。


魔物や魔獣が出なかった理由。


それが()()からだったとしたら………。


「まさか…………………………。」


可能性に気づきヴァレリアは直ぐさま立ち上がった。

いつもの自分であったら、疾うの昔に気づいていたはずだと後悔の念が押し寄せる。


「フォルティナ様!皆を荷馬車に乗せて下さい!!」


ヴァレリアが叫んだ瞬間、


ズンッと沈み込むような、重く暗い禍々しい魔力があたり一面に広がる。


ただ立っているだけでも押しつぶされそうになる魔力。


全てを飲み込むような、暗闇に囚われるような絶大な力。




目の前にユラリと姿を現したのは、見たことも無いほどに巨大な魔族。


恐ろしくも(おぞ)ましい邪悪な姿。


その姿に幼い子供達でさえ声をあげることも、泣くことすら出来ない。


静寂の中信じられない思いで見開いた瞳に、


飛び込んで来た紛れもなく疑いようもない姿が


ヴァレリアの口から言葉を(こぼ)れさせる。



「………………………魔王……………………。」 



悠々とその巨体を動かし、こちらを睥睨した魔王は、邪心に満ちたすべてを凍えさせるような笑みを浮かべた。









数日前



辺境伯領と旧王領の境界では、魔族と辺境軍との激しい戦いが続いていた。


報告にあった通り集まった魔族の数はかなりの数に及んだ。


だが戦況は辺境軍の勝利に大きく傾いており、戦場の後方にある小高い丘から全体の様子を確認していた辺境伯は顔を顰めていた。


「親父殿!!」


最前線で戦っていたアテルが一旦一線を退いて、父である辺境伯の元へ馬で丘を駆け上がってきた。


「親父殿、騎士達はほとんどが順調に魔族共を倒している。この場は辺境軍が制していると言ってもいい。だが、どうもおかしい。」


「ふむ、やはりお前もそう思うか?」


アテルの報告に辺境伯も大きく頷く。


「ああ、魔族達か()()()()。」


魔王が魔族の中から現れたのは10年程前、魔王と魔王率いる魔王軍によって辺境伯領は壊滅の危機に晒された。


その時は辛くも防衛に成功したが、辺境伯領はあわや落とされる所まで追い詰められ、辺境伯領は多くの騎士や領民を失う大打撃を受けた。


アテルは当時14歳で既に戦場に立っていたが、あの時の魔族達の強さを肌で覚えている。その絶望的な強さを。


「あの時の魔族達の強さはこんなものじゃなかった、いや個別の強さもだが、魔王による統率がとれていたというべきか。少なくとも目の前の魔族共は烏合の衆だ。」


いま戦っている魔族達は馬鹿の一つ覚えの様に前進と後退を繰り返すだけだった。


戦略や戦術があるようには思えない。


魔族個々の力もあの時の魔族達より数段劣るように思える。


最初は罠か何かと警戒していたが、戦いが始まって3日たった今も動きは変わらない。


「魔族が如何に強くとも、烏合無象の奴等を何の策もなく我等にぶつけただけでは、壊滅するのは分かりきっているだろうに………。魔王は一体何を考えておるのか………。」


辺境伯は考え込むように眉間に皺を寄せた。



「戦場を一通り駆けて来たが、魔王はおろか幹部連中も見当たらなかった。」


「…………ならばここにいる奴等はやはり捨て石か囮か……。

戦場に姿を現さないとなると別の場所を狙っていると見るべきだろうが…。」


「兄上殿からは何か連絡は来ていないのか?城や街の方が襲われている可能性は?」


「うむ、先程カルゴからは異常なしの狼煙かあがったから心配あるまい。

だが、狙いが城や街でもないとなると、益々魔王の動きが読めぬな………。


恐らく我等騎士をここに引きつける必要があってのことだとは思うが、これだけの数の魔族を捨て石として投入してまで向かう場所など…………思い浮かばぬ。


そもそもここ旧王領を占領下に治めてから3年近く、大きな動きを見せてこなかったことも不思議でならぬが………。」




「3年……………。」



ふとアテルは数日前にヴァレリアとそんな話をした事を思い出した。


10年程前に魔王が現れてから魔王軍が王領を占領下に治めるまで、戦いは熾烈を極めていた。

それが王領を占領した直後から魔王軍の動きが止まりここ3年はこちらの出方を伺うかのように時々魔族が彷徨うくらいで侵攻の動きは止まっていた。


それについては、王領占領後に魔王軍の間で何が問題か起きたのではないかと考えられていた。


だがしかし、そうでなかったとしたら?


ふと耳の奥でヴァレリアの声が響いた。


『フォルティナ様の護衛に着いてからもう3年経つのね。』


嫌な予感がアテルの頭をかすめた。


「………第五王女が辺境に送られてきたのは、王領が落とされた直後…だったか……?」


息子の急な問いかけに少々驚き、不審に思いながらも辺境伯は答えた。


「ん?そうだな………あの時は、隣の王領が落とされ、藁にも縋る気持ちで王家に支援を打診したのだ。しかし結局送られてきたのは金と厄介払いにと第五王女殿下が送られてきただけだった………。だが、それがどうかしたのか?」


嫌な汗がアテルの背中を流れて行く。


根拠など何も無い。


だがもしこの推測が正しかったなら?


「親父殿………もし……もしも…第五王女がこの地に来たことで魔王軍の侵攻が止まっていたとしたらどうだ…………。」


「何!?」


「もしも第五王女が来たことで、魔王軍が動きを止めていたのだとしたら?」


「何をいっている?何か根拠でもあるのか!?」


突拍子もないアテルの言葉に驚きを隠せない辺境伯に、アテルは声を張り上げだ。


「根拠はない!だがもし第五王女が魔王にとって何らかの事情で侵攻の妨げになる存在だったのだとしたらどうだ!?」


魔族達がこの3年動かなかった理由が第五王女にあったのなら?


魔王がずっと第五王女の動向を探っていたのだとしたら?


この地に魔族達を集めたのが第五王女と騎士達を引き離す為の策だったとしたら?


魔王の狙いは…………


「!!!アテル!今すぐ第五王女達を追え!!!」


同じ予想に思い至った辺境伯が(めい)を下すのとアテルが馬を駆るのは同時だった。



フォルティナは普通の少女だ。


普通に考えればフォルティナに魔王を止める力などある筈がない。


(まさか、まさかそんな筈はない!)


頭ではそう思う。


だが確信めいた予感がどうしても拭い去れない。


そしてそんな予感はだいたい当たる。


いまフォルティナと子供達の護衛についているのはヴァレリア一人だ。


「くそっ……………………ヴァレリア!」


アテルは馬を全速力で駆けさせた。





"絶望 " と言う言葉はこんな時に使うのだろうか?


ヴァレリアは目の前で対峙する魔王を見つめていた。


突然現れた魔王の絶大な魔力に生まれて初めて足が竦んだ。


おまけに魔王が現れた直後、魔王の背後から抜け出すように数体の魔族が現れたのだ。


恐らく魔王直属の配下の幹部連中なのだろう。


魔王に及ばなくとも、一体一体が恐ろしく強大な魔力をち、桁外れの強さであろう事が感じ取れた。




『どうして………。』



何故こんな所に魔王がいるのか?


しかも配下の幹部を引き連れて………。


信じられない事態に頭が追いついていかない。


恐ろしい程の魔力が辺りに充満し、


子供達は魔王の魔力にあてられバタバタと気を失い倒れていく。


ヴァレリアですら気を抜けば立っていられなくなりそうだった。


「ヴァ、ヴァレリア…………。」


青褪めた顔のフォルティナが体を寄せてくる。


「っ………フォルティナ様………………。」


フォルティナの顔を見て、ヴァレリアはグッと足に力を込めた。


(三年前に、私はこの子を守ってあげると約束したのだ。)


ヴァレリアにとってフォルティナの存在はとても大きい。


3年前のあの日、フォルティナに会うまで、

ヴァレリアは人間というものを、どこか冷めた目で見ていた。


尊敬する両親に馬鹿だけど可愛い弟。


純朴で働き者の領民たち。


貧乏ではあったが、とても幸せな暮らしに満足はしていた。


でも一歩、領の外に出れば人間の世はとても醜かった。

純粋に誰かの為だけに動く人間など一人もいない。


所詮人は利害で動くものだ。

善良な人間だって、環境が恵まれているだけで、追い詰められればコロリと態度を変える。


それに正直なところ自分だってそこまで善良ではない。


この辺境に来たのだって貴族の義務としてやるべき事だと思ったから来ただけで、特に大きな志があった訳ではない。


ただ必要な義務だと思ったから来たのだ。



だからこそ、フォルティナと出会えた事は驚きと喜びをもたらした。


何の利害もなく他者の為に真っ直ぐ立ち向かえる人間がいた事が。


それも虐げられ、優しさなど受け取った事などない筈の子、


その子が美しい心をもっている、それが人の善なる部分を信じさせてくれて嬉しかったのだ。







ヴァレリアの体を冷や汗がどっと流れ続けていた。


ヴァレリアは強い。


今までこれ程追い詰められた状況に陥ったことなど一度もなかった。


魔王だけでも絶大な強さ持っているのに、魔王に続く強さを誇る配下の魔族達。


それに対する戦力はヴァレリアたった一人だ。


おまけにヴァレリアの後ろには、フォルティナをはじめ、守らなければならない子供達が大勢いるのだ。


戦って勝つなど絶望的な状況だ。



『どうしたらいい……………。』


(せめてもう少し早く気づけていれば………。)


いまさら後悔しても遅いが、己の不甲斐なさに打ちのめされる。


このままでは全員殺されてしまう。


何か逃げる策を見つけ出さなければと高速で頭を回転させる。


5日も潜伏し後をつけてきたのだ、魔王には何か目的があるはず。


魔王の目的の糸口が分かれば、何か活路を見出せるかもしれない。


挑発でも何でもいい。


(魔王の気を引いて少しでも目的を引き出す事が出来れば……。)



震える足を叱責して、恐怖に背を向け、ヴァレリアは挑発的に悠然と微笑んでみせた。


「魔王ともあろう者が5日もずっと後をつけて来ていたなんてストーカーか何かなのかしらね?何が目的なのかしら?」


そんなヴァレリアに魔王は少しだけ興味を引いたように(わら)った。


「ほぅ………我等に対峙してそのような態度をとるとは、なかなかに肝の座った人間よのお。

だが、(われ)が用があるのはお前ではない、お前の隣におる "神の(いと)し子" ぞ。」


「神の愛し子?」


何のことだか眉をひそめる。


隣にいるのはフォルティナだ。魔王の言葉の意味が分からない。



「………なるほどのう。お前たち人間はそんな事も忘れてしまっておるのか………。

どうりでこの3年 "神の愛し子" を手にしておきながら何の動きもない筈じゃな。

下っ端共に探らせていたが、その分ではやはり "守護者" は存在していないと見える。

まぁ先代の "神の愛し子" が現れてから百数十年。人間にとっては長い時間であろうしな。」


魔王は面白そうに顎を撫でさすって納得したように邪悪な笑みを深める。


「さっきから何を言っているの? 神の愛し子やら守護者やら意味が分からないわ。」


隣のフォルティナも理解出来ないと、青褪めたまま困惑の表情を浮かべている。


「ふむ…………ならば 守護者ではなく "勇者" といえば分かるかのう?」


「勇者!?」


勇者とは建国上の伝説の人物だ。


魔王を倒すために神から力を与えらた存在で 、この国は勇者が魔王を打ち建国されたと言われている。


勇者などという存在が本当に実在したのかも分からない。


たが勇者がいま存在すると言うのなら、魔王が手を出せなかった理由も分かる。


しかし現在そんな存在はいないはずだ。


ヴァレリアは魔王の言葉の意味を推考する。


魔王は、 勇者 を "守護者" と言っていた。


そして 神の愛し子 と言う言葉から察するなら…。


「 神の愛し子 を守る 守護者 が "勇者" だ………と言いたいの?」


「ほうほう、人間にしてはなかなか察しが良い!」


魔王が馬鹿にしたように手を叩く。


「その通りだ人間の女よ。 "勇者" とは 神の愛し子 を護る"守護者" の事。


その名の通り "神の愛し子" とは神にその存在を()でられた者の事を言うのだ。


そしてお前の隣にいる娘こそ今代の 神の愛し子 に他ならない。


お前達人間は勘違いしておるようじゃが、神は我等魔族を滅ぼす為に人の子に力を与えたりはせぬ。


我等魔族とて神に造られし存在じゃ。


先代の魔王が討ち取られたは、先代の "神の愛し子" に危害を加えようとしたが為 "守護者" が選ばれ、神が力を与えた事によって滅ぼされただけの事よ。」


(にわか)には信じられない話に目を見張る。


神に愛される存在 "神の愛し子"なるものが存在し、それがフォルティナだと言う。


そして勇者とは 神の愛し子 を護る "守護者" だというのだから。


「お前の話は信じられないわ。その話が本当なら神の愛し子 を護る 守護者 によって、お前だって今滅ぼされている筈じゃない。ホラを吹くのも大概にしたらどう?」


真実だと言うのなら、何故いま 勇者(守護者) がいないのか?


本当にフォルティナが魔王の言う "神の愛し子" だと言うのなら何故、


何故フォルティナを守る勇者(守護者)は現れていないのだ。



「ククッ、信じようが信じまいが "守護者" が現れぬはお前たち人間に相応しい者がおらぬだけの事よ。


古来より "守護者" には、誰あれ "神の愛し子" を愛し、愛され、命がけで守る覚悟がある者が選ばれてきた。

今代の "神の愛し子" は人間の中にあって随分と冷遇され愛されぬと見える。


3年前にお前たちの王領だとかいう地を手に入れた直後、神の気をまとう人間がこの地に現れた気配を察知した時は、またしても人間に "神の愛し子"が現れたかと気を揉んだが、お前と対峙した事で今代の"神の愛し子"に "守護者" は現れぬと確信が持てたわ。」


「……………どういう事。」


「今代の"神の愛し子"に 一番近しい者はそなたであろう?」


神に選ばれる条件を考えれば、


自明の理であると魔王は嘲笑を浮かべた。


「まさか………私が…… "守護者"に選ばれるはずだったと?」


ヴァレリアは衝撃を受けて固まった。


そうだ一番フォルティナに近い存在は自分だ。


神から選ばれる条件が本当に魔王の言ったとおりならば、自分が選ばれてもおかしくはない。


だけどそれならば、


『それならば、何故私が選ばれていないのか…………。』


混乱する頭で考える。


フォルティナには愛されている自信がある。


自分だってフォルティナを実の妹のように愛しているではないか。


フォルティナを守る覚悟だって………………。



「さあ、そろそろお喋りの時間は終わりだ。」


巨大な腕がゆっくりとヴァレリアに向って伸びて来る。


ヴァレリアは剣の(つか)に手をかけた。


手をかけて


かけたまま動けなかった。


『何も思い浮かばない………。』


『もうどうする事も出来ない………。 』


守護者がどうこう考えたところで、もはや目の前の魔王を倒すことは出来ない。


目的がフォルティナだと分かった以上、連れて逃げる事も不可能だ。


剣の柄にかけていた手がスルリと落ちた。


「クククッ、守護者候補がこれ程腑抜けた人間だったなら、5日も様子を見る必要等なかったのう。

さらばだ()()()()()()()()人間よ。」




死を前にしてふと疑問が浮かぶ。


『自分は本当にフォルティナを守る覚悟が出来ていたのだろうか?』


圧倒的な力の差を前に、自分は絶望している。


生まれて初めての恐怖に、いま動くことも出来ない。



『これからは、私がお前を守ってあげるわ。』



確かに約束したそれは、己の力を過信した絵空事だったのではないだろうか?


現に今、己よりも強い敵を前にして、自分はすべてを諦めている。


自分よりも強い者を前にした途端、消える中途半端な覚悟など、覚悟とは言えない……。


(……………ごめんなさい。フォルティナ……。)


ヴァレリアは苦渋に満ちた顔で瞳を閉じた。







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