果てのうたかた 狂った世界と勇者の呪い
『待っていて。俺を待っていて。必ず帰ってくるから――君をひとりにはさせないから。お願いだから、待っていて。……約束、して』
対外的には、私を置いていってしまうのは彼の方なのに、まるで彼こそが置いていかれるのを恐れているように、縋るように約束をねだられた。
彼に抱く感情がなんなのか。わからないけれど、一番親しいひとではあった。いつか添い遂げるのかもしれないと思うくらいには。
だから、約束した。子どもの頃のように指を絡めて、祈るように。
その先に何が起こるかなんて、想像もせずに。
* * *
それは何の変哲もない、こぢんまりとした家だった。
王国の、片田舎の、その隅にひっそりと建つ一軒家に、魔王を倒すため旅をする勇者一行の一人――魔法使いは足を向けた。
ノックはしない。彼にしては乱暴に扉を開けて、いつでも魔法を放てる状態で杖を突き出した。その目前に人影があるのに驚く。けれどそれを表には出さない。それだけの修羅場をくぐってきた。
「いつも、最初にここに辿り着くのは君だね――魔法使い」
人影が……女が笑った。
どうということのない、ありふれた髪色にありふれた目の色。特筆することが何もない平凡な容姿。それらを裏切らない、本当に『普通』の域を出ない人間であったことを、魔法使いは知っていた。知っていた、つもりだった。
けれど今、彼女は自身に杖が――武器が突き付けられている状態なのに、平然としている。むしろ、待ち望んでいた時が来たとでもいうように、嬉しそうですらあった。それでいて、何かに倦んでいるようでもあった。
対する魔法使いは、そんな彼女の様子に虚をつかれた。
焦燥と疑念と苦悶をないまぜにしたような表情が滲み、杖を持つ手にもどこか迷いが出る。
「シェリカ――本当に、お前がっ……」
名を呼ばれた女――シェリカが笑みを深める。それがまるですべてを肯定するかのようで、絞り出すように魔法使いは言った。
「お前が、魔王なのか……⁉」
シェリカがそっと杖に手を添えた。魔法使いはびくりと体を震わせ、それでも杖を引かなかった。それはシェリカを目前にしたことでわかってしまった事実――彼女から魔王の気配がする、その一点がなさしめたことだった。
シェリカはそんな魔法使いにどこか満足げに笑んだ。けれどその口から返るのは、肯定ではなかった。
「それは正確ではないな、魔法使い。私は私だ。魔王ではない。君だって対峙しただろう? かつて理解しただろう? 魔王と呼ばれるモノは別にいる。――だが、この身は魔王と連動している。……そうだね、そういう意味では、私もまた魔王と言えるだろう」
シェリカは自嘲気味に言った。そうして一歩、魔法使いに近づいて、囁くように告げた。
「昔話をしようか、魔法使い。――遠い遠い過去であり、いつかの未来であり、因果の源の」
魔法使いはただ、黙っているしかできなかった。彼女の静かな迫力と、深い深い絶望を感じ取って、呑まれていた。
* * *
私と勇者は幼馴染みだった――それは君も知っているだろう、魔法使い。何せ君も同じ村で生まれ育った幼馴染みだった。だが、私と君はそれほど親しくはなかったね。
まあ、君と私が親しくなかったことは、事ここに至ってはどうでもいいことだ。……とにかく、私と勇者は幼馴染みだった。家同士の付き合いが深い、まるできょうだいのように育った幼馴染み。
何をするにも一緒だった。どこにでも一緒に行った。新しいことをするときはいつも一緒だった――それはいつしか、性別に分かたれたけれど。それまでは、いつも一緒だった。それくらい仲の良い幼馴染みだった――対外的には。
違ったのかって? ……そうだね、違ったんだ。私はよくわからないから手を引かれるまま勇者についていっていただけ。自我が薄かった。いや自我が確立しすぎていて、何もかもを受け止められていなかった。
私にとって、ここは皮一枚隔てた向こう側の世界のようで――そういう違和感がずっと消えなかった。
私にはね、別の世界の記憶があるんだ。別の世界で、別の人間としての人生を生きた記憶。
少なくとも成人はしていたはずだ。それくらい生きた人間の記憶が、まだ物心がつかないような幼児の頭に入ってるんだ。発狂しなかっただけマシだと思わないかい?
その記憶のせいで少し普通と違う私を、それでも両親は大切に育ててくれていた。何かおかしいことをしても、気味が悪いものを見るような目はせずにいてくれた。
どうしてだろうね。どうしてだったんだろう。彼らは私という生き物を、どう思っていたんだろう。
……それを聞く術は永遠に失われた。私が六つを数えた頃だったね。優しい両親は私を置いて出かけた先で死んでしまった。
――それが転機だった。
この村の人たちは優しかったね。両親を亡くして孤児となった私を、村ぐるみで育ててくれた。有難いことだ。私もそれに少しでも報いるようにと努力したつもりだ。少しは恩を返せていたらいいのだけど。
そうして過ごすうち、君と勇者が、神託によって魔王を倒す者として選ばれ、城へと招聘された。村は大騒ぎだったね。危険な旅だ。君たちは多くに好かれていたから、引き留めたい人もたくさんいただろう。それでも、世界のためにと君たちは送り出された。
長い旅だったね。数年だったか、十数年だったか……すまない、時間の感覚が今の私は薄い。それでも、長い旅だったのは知っている。
その末に君たちは、実力をつけ、魔王の元に辿り着く術と勝算を得て、そこへと向かった――それが過去の話。確実にあった、過去の話。
一番最初の話をしよう。
君たちが旅に出た後、私はただ日々を過ごしていた。村の人の頼まれごとをこなし、時折君たちの旅の噂を漏れ聞き、ただただ生きていた。そしてある日突然――攫われた。
そう、魔王にだよ。
魔王はね、勇者の『一番大切な人』とやらを私だと断定したらしい。そして攫った。攫って――魔王の魂とも言える『核』を私に埋め込んだ。
要するに、命の源を移したようなものだ。魔王の体を倒しても、『核』がある限り完全に死したとは言えない。魔王と呼ばれるモノを倒しても、何度だって蘇る――そういうふうにした。
保険、だったんだろう。それほどに、魔王は君たちを脅威に感じていた。そしてその保険は――困ったことに、有効だった。
倒されても倒されても復活する魔王に、君たちは何か絡繰りがあると考えた。そして探りあてた。私のことを――魔王の『核』を内包させられた人間の存在を。
魔王の体を倒した……生命活動を停止させた状態で私を殺せば、魔王は死ぬ。完全に倒せる。それが動かしようのない現実だった。
……それを知っても、君たちは苦悩した。たかが人間一人だ。世界の平和と天秤にかければ容易に傾くだろうに、それでも苦悩した。……善い、人たちなんだと思ったよ。
だからだ。だから、私は、私自身の手で命を絶とうと思った。魔王の『核』と共に死のうと思った。それが一番いいと思った。。
誰の手にかかって死んでも、その誰かが苦しむだろうと思えたから、私は私を殺そうと思った。
そして――そして。
私が私の胸を短剣で貫いた瞬間に、勇者が――あの子が叫んだ。『こんな世界認めない』と、……『こんなのは許さない』と。
魔王が世界を壊すものなら、勇者は世界を変えてしまえるものだ。
その勇者であるあの子が世界を否定した。行き着く先を否定した。
そして世界は塗り替わった。あの子の思うように。
だから私は、死んでしまう一歩手前で生き長らえた。あと一秒、もしかしたら刹那で死ぬ――その状態のままに。
……魔王の『核』を内包したままに。
そうしてあの子は、魔王を殺せなかった勇者になった。殺さないと決めた勇者になった。
それらを知った人々はもちろん非難した。だって魔王は世界の脅威だ。それを倒すのが勇者だ。あの子を役立たずと断じる人々はたくさんいた。
だけど、魔王を殺さないだけで、その実力は本物だ。私は守られた。あの子は私を守って守って守って――ついには、世界の敵になった。
それが、最初の話。最初の旅の果て、辿り着いた未来の話。
そして、世界は破綻した。魔王の命を守るために戦う勇者なんて、そんなのおかしいなんて言葉じゃ足りない。
だから、この世界を創った神々は、すべてをなかったことにして、やり直そうとした――そのために世界を少し、巻き戻した。
だけど、それは失敗した。巻き戻しは成った。だけど、すべてなかったことにはならなかった。……私の魂が、巻き戻しに耐えられなかったから。
――魔王の『核』は、私の魂に寄生するように内包されていた。それを分離できなかったらしい。
私の魂がひび割れ、魔王の『核』がそのひびを埋めるような状態になってしまっていたから。
分離しようとすれば、私の魂はひびを深めて、割れ目から砕けて、元には戻らないとわかったから。
――そもそもの話、私という存在は、悲劇の舞台装置だったらしい。
……そう、魔王が勇者の『一番大切な人』に目を付け、その中に己の『核』を埋め込み、幾度もの死を免れ、絡繰りに気付いた勇者一行が苦悩し、最後に私が自死を選ぶ――そこまではすべて定まったことだった。神々の描いた絵図通りだった。
だけど、それを勇者が拒否した。世界ごと否定した。それは、神々も予期しないことだった。
そして、神々の最大の誤算は、私の魂の在り方だった。
恐らくは、だけれど。
私に別の世界の記憶がなければ、あるいは両親の元で真っ当に育っていれば、こんな事態は起こらなかったんだろう。
別の世界の記憶がなければ、私の魂はひび割れた状態ではなかっただろうし、もしくはひび割れていたとしても、両親の元で、違和をいつしか忘れて、この世界に馴染んで――そんなふうに時を経れば、きっとひび割れが埋まって、正常な形になっていた。
……そうであったならば、きっと神々の絵図は歪まなかった。
私は私という悲劇の舞台装置として、自ら命を絶つという、同じ選択をしただろう。だけれど救済措置はあったんだ。魔王の核と私の魂とを分離させれば、恐らくは大逆転の大団円が待っていた。
けれど私は『私』だった。歪にひび割れた魂のまま、魔王に攫われるまでを生きてしまった『私』だった。
それ故に、神々は何もかもをなかったことにできなかった。物語を適切な地点に戻せなかった。
そうして――この世界は詰んでしまった。
……私の魂ひとつで、なんてことだろうね。
最終的に、神々は世界を見放した。おかしくなってしまった――歪んで、狂ってしまった世界を正常化できないと悟って、この世界を去った。
それから、この世界は勇者の思うがままに停滞している。
私の魂に魔王の『核』が埋め込まれたところまで巻き戻された世界は、そこから先には進めなくなった。
勇者と魔王と私だけが、それを知るままに、ずっと。
そうして、いつかその歪み、狂った世界に君が気付く。気付いてここに来て、私を糾弾する。――それをずっとずっと、繰り返しているんだよ。
……そう、気付いてしまうんだね、魔法使い。
君の記憶は消える。消される。勇者がそれをゆるさないから、消える。
あの子は、私を何よりも、何からも、守ろうとするから。
魔法使いの君が来たら、次は聖女。聖女の次は僧侶。僧侶の次は騎士だ。おそらく、魔法――世界を変える力との感応の順なのだろうね。
呪いが解けたように記憶を取り戻した君たちが、私の元を訪れるのにも慣れた。時に自ら去り、時に勇者に外にたたき出される。
あの子は神に見捨てられた世界を維持するためにいろいろしているようだから、こうしてこの家を不在にしていることも多いんだ。だけど、私の守りは万全にしている。君が攻撃の魔法を放っていたら、それは何倍もの威力になって、君に返っていただろう。
勇者一行の面々が一巡り、私の元を訪れる。それから、勇者によって――勇者の願いによって、否定によって、記憶を失わされる。
そうしたらまた、――勇者と魔王と私だけが、世界の真実を知るままになる。それが一番、この壊れかけの世界が安定して在れる状態らしい。
……神々の描いた絵図では、魔王の『核』と私の魂とを分離する機会は、私が死する直前――まさに勇者が、あの子が世界を否定した瞬間だったんだろう。
あの瞬間、勇者がそれに気づいて分離を実行すれば、虫の息の私が、それでも私として復活する、そういう筋書きだったんだよ。――無論、私の正常でない魂は、その筋書きをまっとうしえなかっただろうけれど。
どうして勇者がその筋書きのとおりに動かなかったのか――動けなかったのか。
たぶんだけれど、推測はしているんだ。
あの子は知っていたんだろう。私が普通ではないこと。
別の世界の記憶を持っているとまで、思っていたわけじゃないかもしれない。魂に異常があるとも思ってはいなかったかもしれない。でも、何かがおかしいと、普通ではないと知っていた。
それ故に、魔王の『核』がそうなるべきでない形で……神々の筋書きにない形で、私の魂と融合したことを察した。
――だから否定した。すべてを否定した。そうしないと、私はただ死ぬだけだったから。
……死んでしまったって、それはもう、仕方のない話だったのにね。
もし真実が気になるなら、本人に訊いてみるといい。私も答えを聞いたわけじゃない……訊けないままでいる。もしかしたら、まったく違う考えだったりするかもしれない。
君の記憶が消されるまでには猶予がある。あの子は私が害されようとした場合を除いて、君たちには甘いから。
それに、もしかしたら今回は、君たちがあの子を説得できるかもしれないしね。
……時々、どうしてこうなってしまったんだろうと思う。
私だって、あの子のことを憎からず思っていた。あのままでいれば、いつか添い遂げるようなことになるかもしれないと思うくらいには。
けれどあの子は勇者だった。そうして私は悲劇の舞台装置だった。だからあの結末は、予定調和だった。そのはずだったのに、ね。
すべての原因は私にある。私が、別の世界の記憶なんてものを持って生まれて、両親が亡くなるまでにこの世界に馴染めなかったことがすべてを狂わせた。
この世界の停滞を解除したいと――魔王を倒したいというなら私を死なせればいい。そうした先の世界が正常に進むのか、そうでないのかはわからないけれど。
ただし、勇者を納得させてからでないと、どちらにせよ意味がない。あの子は私が死ぬことをゆるさない。私が自死を選んだときのようにあの子が世界を否定すれば、また私が生きている世界になってしまうから。それは魔王の即時の復活と同義で――ますますの世界の歪みを招くだろうから。
……帰るのか。それがいい。まずは勇者と――あの子と話をしてみたらいい。
願わくば、君があの子の考えを変えさせて、この世界を進ませてくれることを願うよ。……もう、私の生殺与奪権は、私の手にはないから。
* * *
いつもどこか、一人ぼっちでいるような目をした子だった。
それがなんだか寂しくて、いろんなところに連れて行った。何をするにも一緒だった。新しいことをするときもいつも一緒だった――それはいつしか、性別に分かたれたけれど。
それまでは、いつも一緒だった。それくらい仲の良い幼馴染みだった――対外的には。
実際は違ったことを知っている。あの子はただ、俺がひっぱるからついてきていただけだった。よくわからないから俺の言うままにしていただけだった。
ひとりだけ違う世界にいるようだと思っていた。薄皮一枚向こう側、見えはしても決定的な断絶がある、そんな世界。
でも、そんなあの子も、両親の前では少しだけ、この世界にいるような顔をしていた。
だからいつか、両親の前以外でも、この世界にいるような顔をするようになると思っていた。
なのに。
あの子の両親は死んだ。あの子を置いて出かけた先で。
あの子はますます、違う世界に生きているような顔をするようになった。
どうしてか自分でもわからないくらい、あの子のことが気になった。
ひとりで、ひとりきりで生きているような顔をしてほしくなかった。
誰よりもあの子を――彼女を気にかけた。
彼女はやっぱりこの世界にひとりきりみたいな目をしていたけれど、少しだけ俺を見てくれるようになった。
だけど、まだあの子が両親の前でしていたような顔を見せてくれないうちに、神託で俺は勇者になり、村を離れることになった。
彼女が心配だったけど、魔王の脅威が世界を覆えば、彼女が生きていられるかもわからない。仕方なかった。
必ず帰ってくると約束した。彼女と絡めた指の温度は確かだった。
魔王を倒すための旅は長かった。彼女は小さな頃みたいに、よくわからないから俺の言うままに待ってくれているだろうとは思っていたけれど、それでも不安だった。
手紙を出した。俺たちは常に移動していたから、返事はくれなくていいと書いた。ただ忘れないでほしかった。傍にはいないけれど、心を寄せていることを忘れないでほしかった。
そうして旅の終わり。
魔王にとどめを刺すというときになって、魔王は妙なことを言った。
『我を倒すというのなら、勇者よ。己の一番大切な者を失う覚悟をすることだな』
意味が分からなかった。けれど、彼女の顔が浮かんだ。旅に出る前の、まだ少女の面差しの彼女の顔。
今はきっと大人になって、少女じゃなくて『女性』になっているはずだった。
魔王を倒した。
倒したけれど、魔物たちは消えない。それは魔王が死んでいないということだ。まだ生きているということだ。
戸惑ううちに、倒したはずの魔王が復活した。また倒した。でも魔物たちは消えない。また復活した。それでも魔物たちは消えない。倒した。復活した。……魔物たちは、消えなかった。
そうして、何か絡繰りがあるはずだという結論を出して。
――魔王の城を探し回った先に、彼女がいた。
魔王に攫われたのだという。魔王に何かを埋め込まれたのだという。その彼女の言葉と、それから、意味がわからなかった……わからないと思っていた魔王の台詞。
それらから導き出されたのは――彼女を殺さないと、魔王は死なないという現実だった。
そんなことはできない。――そんなこと、できるはずがない。
魔王を倒す、他の手段を探すことになった。世界と人ひとりを天秤にかけて、はいそうですかと彼女を殺す結論を出すような仲間はいなかった。当然だった。
だけど方策は思いつかない。そのうちに、また魔王が現れた。復活した。
倒せはする。けれど、時間を経れば復活するのなら意味がない。
倒すたびに魔王の力は増しているようだった。苦戦する俺たちを彼女は陰で見ていた――そして。
どこから調達したのか、短剣をその手に握っていた。
彼女が微笑む。そうして――銀のきらめきを、その胸に突き刺した。
ああ、ああ、ああ。
こんな、世界。彼女がひとりきりで、生きて、死ぬような世界。
ゆるさない。ゆるさないゆるさないゆるさない。
――認めない。
気付けば叫んでいた。そうして、世界が止まった。――文字通りに。
そこからのことなんてどうでもいい。
彼女が自ら死を選んだ――その瞬間、満足そうに微笑んでいたことだけが問題だった。
今までのどの時よりも、ここで生きている顔をして、死のうとしたことが問題だった。
神々は、この世界が狂ったと言った。
狂っていてもいい。彼女が生きてさえいるのなら――俺を置いていかないでいるというのなら。
だから俺は狂った世界で、役割を負ったまま生きている。俺が勇者である限り、この世界は俺の思うとおりになるとわかったから。
彼女が死ぬ、その直前で、生き続けさせられるとわかったから。
手放さない。死なせない。死なせるものか。
それだけが俺の、願いだったのだから。
――それがもはや彼女にとって呪いになってしまっても。
死なせない。置いていかせない。ずっとずっと……永遠のような時の檻に、閉じ込めるような所業だとしても。
だって、彼女のいない世界なんていらなくて、彼女の死んでしまう世界なんていらなくて、――彼女が生きていない世界なんて、なんの意味もないんだから。