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妖異の午餐会



春時雨が、しとしと降り注いでいる。

外に出たならばきっと、傘を優しく濡らすのだろうという雨は、春らしく細やかで柔らかい。


昨日から降ったり止んだりを繰り返しているこの雨は、こちらの世界でも春の訪れの証らしい。


静かに濡れてゆく窓にちらりと視線を送ってから、ふと、あの爆発事故の日は晴れていて良かったなと考えを巡らせる。



何せ、屋根が丸ごと吹き飛んだのだ。

その上雨まで降り注いでいたならば、会食堂の復興にはまた時間がかかっていたに違いない。



(………あれからもう、三日も経つのか)



ヴィルセの会食堂は、その家主の軽率な行動により、一時焼け野原と化していた。


あの衝撃的の爆発事故から、早くも三日が経っている。


自業自得とはいえ、ゼロ距離で大爆発を経験した私は、損害額や周囲に掛けた迷惑の量を試算しては精神的に削られつつ、何とかぎりぎりで心を保って日々を過ごしているというのが現状だ。


カインの睡眠時間を大幅に削ったあの事故は、もはや私に大きな大きなトラウマをも残してしまった。


部屋のアールデコの通信機を見るたびに、どきりと心臓が跳ね上がるのだ。

あまりに恐ろしくて、今は通信機に触れる事さえ出来ない。


なお、カイン達に連絡を取りたい時は、この広い屋敷の中で直接探すという不便を強いられている。

とはいえ、もはや爆発するよりはマシだとしか思わないので、カイン達からは不憫そうに見られている。



そんな後遺症を背負っている私は現在、部屋で大人しく読書に励んでいる。

せめてカインの睡眠時間の埋め合わせが完了するまでは、出来るだけ事件を引き起こさぬようにという意図で、息を顰めて生活中しているところなのだ。




(………もうすぐお昼か)




妙にお腹が空いたなと顔を上げれば、時計の針は間も無く正午を差そうとしていた。


そろそろこの本も読破とカウントして良いだろうかと、手元の本に視線を戻しつつ思案する。

表紙にはポップな字体で生き物図鑑と記されてあり、写実的な描写でさまざまな生き物の姿が描かれていた。


パラパラとページを捲り、ふと目についた珍妙な生き物を凝視する。


トカゲのような爬虫類の生き物に、エビのような尻尾。

手足は八本あって、体は鱗で覆い尽くされている。

そんな生き物の絵図の隣にはナマズと記載されている。



(………もうこんなのばっかりだわ)



このような珍妙かつ滑稽な生き物は、何もナマズだけではない。

沢山の動物が一堂に会す分厚い生き物図鑑であったが、一頁目からすでにお腹いっぱいというくらいには、奇妙な生き物が多い。


もちろん、馬のように馴染み深い造形のものも居るには居るのだが、大抵何かが足りないか、何かが増えているのだ。


哺乳類ゾーンを抜けて昆虫類、魚類類ゾーンまで読み進めたのだが、流石にそろそろ頭が痛くなってきた。




(もうやめよう……この世界の動物は奇天烈すぎるわ……)




もはや形が違いすぎて覚える事すら難しく、何が何だか分からない。


せめて獰猛そうで危険な生物くらいはと、熊やライオンだけは改めて確認しておく。



そもそもこの世界では、無垢な生き物たちよりも妖異や鬼の方が恐ろしいと言われている。


勿論、野生の動物にも人間を害するものはいるし、タタリクジもその一つではある。

だがそれを言い出すと、本当にキリがなくなってしまうのだ。



(うん。………やっぱり、もうやめよう。守護の契約をしてくれる人を探す方が手っ取り早いわ………)



覚えることもできない本をちまちまと読むよりも、一律に防御で危険を弾いてもらう方が効率的だと、自分を納得させる。





ぱたん





本を閉じる。

この図鑑はカインに返却しようと決めて、心なしか晴れやかに顔を上げた。





「秋の国の守護者はどうも様子が変だ。王宮にも妙な魔術の痕跡がある」

「……確か星詠みの予言で、紅葉筵の森に顕現するだとか言われていなかったか?……妙な者が入り込んだか」

「カトルニオの話では、その帰り道で惑い子も見つけたとか」

「……その惑い子が、守護者である可能性は?」

「惑い子が?……にしてはあの屋敷の動きが鈍いな」




鼻を掠める、しっとりとした春の息吹の香り。

翠色が透き通るような部屋に、ざわりと不穏な蒼黒の調度品。

肌に触れる空気がちりりと冷たいのは、雨のせいだろうか。




(…………五人。随分、綺麗な人たちだわ。ここは何処なのだろう………)




自室のソファに腰掛けていた筈が、顔を上げた先にあったのは、上品なレストランのような不思議な空間だった。


そこは昼なのにどこか薄暗くて、春の陽気と緊迫した空気が混在する、奇妙な場所だ。


華々しいテーブルと、それを囲む美しい人達。

そこに居るのは全員が男性で、何かのパーティーだろうかという盛装姿である。


何処か迷い込んではいけない場所に来てしまったような、背筋が凍るような仄暗さと背徳感に、血の気が引いていく。


いつの間にか私は立ち上がっていて、腰掛けていたソファは消え失せていた。

背筋につうと嫌な汗が流れて、目が離せない。

図鑑を持っていた手がカタカタと震えたので、本を落とさぬようにと力を込める。




「あの屋敷の管理者はカインだろう。あいつは一等の魔術師だからな。……惑い子の痕跡どころか、自分たちの動きも全て隠しているんだろうよ」

「ふうん。そんなに一生懸命に隠してしまって、何をしているんだろうね」

「守護者の代替わりで、随分国が揺れているからな。念には念を入れているんだろう」

「でも、ヴィルセはこの間爆撃があったろう」




ぼやんと視界に靄がかかるような、そんな薄暗さの中で会話が繰り広げられていく。


カインという見知った名が出てきて目を見張ったが、自分の話をしているのだと気づけば、心臓がどくんどくんと激しく鼓動した。




「だが確かに、そんな状況で守護者の名前一つ浮かんでこないのは妙だな」

「……僕が麦畑を焼き払ってみようか?それとも、呪いの一つでも落とせば……」

「やめろ。あの一帯は俺の管轄だ」

「惑い子は独特な魔力の香りがする筈だけれど、確かに匂ってこないなあ」



その五人は、口々に私の話題を話している。

その視線は鋭く、それなのに笑みを浮かべている様は、まさに狡猾老獪としか言いようがない。

あまりに不穏で、かちかちと歯が鳴りそうなのを食いしばる。


少年のような姿の者も混じっているが、一人残らず年長であることに間違いはないだろう。




(……そもそも、人間なのだろうか)




先日市街地で見た銀杏の妖精は、目を見張るほどの美しさだった。

ピカーっと光り輝いていたせいもあってか、人ならざる者はこんなにも美しいのだと思わされたほどだ。



そして目の前の男たちもまた、どこか危うい美しさを含んでいる。



言いしれぬ恐怖を含む美貌で、妖精が光を纏っていたならば、彼等が纏っているものは闇かと言うほどに対局のものである。




(………絶対に気づかれてはいけない……)




そう思えば思うほどに、心拍数は増して息が上がった。

目の前に在る者たちは絶対的な恐怖を齎らす者であって、気づかれたならば安らかな死はないと断言できる程だった。


指先が冷たくなって、一層に震える。

くらりとして、思わず一歩下がった。

上質な絨毯が敷かれていた筈のその場で、こつりと靴音が鳴る。






「………おい。どこから入った」





靴音を聞いて一斉にこちらを見た男たちに、再び背筋が凍る。

射抜くようでありながら、少しだけ興味を抱いていて。

それでいてその視線は、熱を一切感じない冷ややかなものだった。





「へえ。……カインの魔術の香りがするね。君が惑い子かい?」

「………ふうん。随分と弱そうだけど」

「おい。口があるなら答えろ。どうやってここに入った」

「これはこれは。いい素材になりそうな……特等の娘だな」

「食うなよ。俺の管轄だ」




やはり人外者だと、ここでようやく確信した。


私には彼らの魔力の強さまでは分からなかったが、圧迫感と息苦しさが、その凄まじさを証明していた。

こんな空気を放てる人間なぞ、居るはずがない。


この状態で私が何か話すのは得策ではないと、咄嗟に判断する。

ただ彼等を見つめ返して、何も悟られぬようにと表情を固める。




「ねえ。君の魔力ってさ、抑えてあるの?」




何かの魔術だろうか。

耳元で話されたように、その声がやけにくっきりと聞こえた。

そう尋ねたのは、まだあどけなさの残る少年だった。十二、三歳ではないかと思う。

だが、その声色には刃物でずたずたに刺すような悍ましさを感じた。


淡い水色の髪に、真紅の瞳。

宝石の粉を纏ったように煌めいているのに、まるで深い闇の底に引き摺り込まれそうな危うさがあった。




「抑える?……まあ、確かにその可能性もあるか」

「うん。カインのことだからね。よっぽど何か隠したいんだろうね。……カインの匂いしかしないねえ」

「………確かに、一理ある。本人の魔力の気配をこうも隠すとはな」

「おい。答えた方が、身のためだぞ?」




カインの匂いというのは、腕輪のことだろうか。

私の魔力がたったの一しか無いので、彼らはそれを感じ取る事ができないのかもしれない。




「やれやれ。どうしたら話してくれるだろうね?」



ピリッと空気が張り詰める。

こちらも尋ねたい事はあるのだが、沈黙は金である。




(……彼等は私を警戒している。きっと、私が強者である事を隠しているように見えているのだわ)



それは、惑い子という貴重な存在だからこそなのかもしれない。

彼等がいくつ歳を重ねているか分からないし、惑い子への知識がどの程度なのかも分からないが、警戒に値する秀でた力を持っていると思われているのかもしれない。


知識の足りなさを痛感しながら、夏の日照りのようなじりじりとした空気に眉を寄せる。


どうしてこんなところに迷い込んでいるのか。

その原因が分かれば、するりと帰れたりしないだろうか。



(……いや。これはカインさんに気付いてもらうしか帰る術はなさそう……。どうしよう。流石にこのまま黙って過ごすのは無理があるわ)



逃げる事を考えたが、確実では無いことはしない方がいいだろう。

相手を刺激することも避けようと、静かに彼らの様子を見守る。




(すでに、魔術の応酬とやらが始まっているのだろうか。……何か口を開けば、従僕や素材提供の契約を結ぶことにつながるのだろうか)




不安で口を開けないまま、ただ視線を交わす時間が過ぎる。



「お前は、声が出ない訳ではないだろう?」



ぐさりと、何かが体に突き刺さるような圧迫感があった。

痛みというよりは押しつぶされそうな苦しさで、勝手に息が上がる。

言葉を投げかけるだけでこの圧力を掛けるのだから、やはり相当な強者なのだろう。




「シアナ。圧をかけるな。潰れるぞ」

「……殺しはしないよ。惑い子なんて、大地の餌にぴったりだからね。仲良くしておかないと。……ねえ。魔力を少し譲ってくれないかい?とてもいい魔術が作れそうなんだ」

「碌でもないな。……おい小娘。まさかお前、無垢者か?その腕輪はカインの物だろう」

「ああ、やはり無垢者か。通りでこれだけ探っても何も感じないわけだ」



どきりと心臓が跳ねる。表情には出ないようにと気遣いながら、一度だけ瞬きをする。



「ふうん。随分と躾けられているようだ」



私の反応が気に食わないのか、それとも面白がっているのか。

にやりと笑みを深めた男は、カトラリーを置いて頬杖をついた。

観察するような、何かを探るような視線が降り注ぎ、居た堪れずに視線を落とす。




「髪の一筋でもいいのだけど、僕にくれないかい?無垢の惑い子なら、死なないように飼わないとね」

「僕も欲しいな。涙をほんの一滴。できれば絶望に打ちひしがれた激情の涙が良い」

「涙なら、死の間際の一滴の方が上質だろうな。随分と仄暗い娘だぞ」

「人間は脆いぞ。やめておけ」



花の一輪やご飯どころの話ではなく、身を切り落とすような対価の申し出にくらりとする。

同時に、これが人外者かと納得した。


彼等は寿命もないと言うからには、やはり長きを生きて独特の感性を持っているらしい。

彼等の視線が私から外れ、仲間内で何やら意見交換が始まった。



「惑い子だろう?そりゃ、仄暗さを灯していてもおかしくない」

「どんな色彩の子だったのだろうね。……僕は赤や橙が好ましいけれど」

「秋に纏わる色だろうさ。そうでなければ、この国に落ちなかったと思うけれど」

「ううん。一層欲しいなあ……」




彼等の視線から逃れ、感じていた圧迫感が和らぐ。


少しの安堵と共に周りを観察する。窓はない。扉は一つあるが、私がそちらに走り出す前には捕まってしまうだろう。

そもそも、この魔力では開かない可能性の方が高い。




「逃げる算段でも立てているのか?」




私の様子に気が付いたのか、くすくすと笑いながら尋ねられる。

再び視線が集まりどきりとするが、負けじと見つめ返して口を開く。




「そもそもですが、こちらに迷い込んだのは偶然です。ふと顔を上げたらここに居ましたので、理由を問われてもお答え出来ません。ですが、カインさんには確かによく助けて貰っています」




私が口を開くと、彼等はぴたりと動きを止めた。

表情は誰一人読めず、どこか観察するような視線でじいと見られると、後退りしそうになった。



(こういう時は、感情を見せてはいけないわ………堪えなきゃ………)




視線が痛くて、手はやはり震えた。

そればかりは止めようもなかったので、悟られまいと生き物図鑑を抱えるようにして指先を隠す。




「………おい。なんて所に居るんだお前は」




突然ふわりと背中が暖かくなって、慣れ親しんだ声が聞こえた。

ふっと泣きそうなほど、安堵する。カインだ。

視線だけでちらりと振り返ると、彼は鋭い眼差しで私を見た。




「何もされていないな?」

「は、はい。事情は伝えましたが、カインさんをお呼びするためのものです」

「であればいい。さっさと帰るぞ」

「おい、カイン。お前ふざけーーーー」




カインは、麗しい見た目の男たちを一瞥したかと思えば、ぐいっと私の腕を掴んだ。

くらりと視界が歪む。



「移りの魔術だ。目を閉じていろ」



少しくぐもった声で、カインが呟く。

立っていられないような体の揺れを感じて、思わずしゃがみ込みそうになるのを、カインに抱き寄せられた。



とん、とん、と軽やかな足音が聞こえたような、そんな気がした。

どうやら移りの魔術というものにも、種類があるらしい。


門をくぐるタイプのものとは違うようだと、ただ揺れに身を任せる。

歩いているのだろうか。

抱き寄せられた体は軽やかに弾んでいて、それなのに、頭ではくらくらするような揺れを感じるのだ。



「さあ、着いたぞ」



カインにそう言われて目を開けば、目の前にあったのはシェルピンクの壁紙と、チョコレート色の可愛らしいチェストだった。




(……私の部屋だ)



ローテーブルには紅茶とクッキーが残っていて、まだ読んでいない本が積んであった。


見慣れた景色に戻ってきたという安心と、乗り物酔いしそうだった移りの魔術を終えた安堵。

思わず腰が抜けたのを支えたのは、未だ抱き寄せられたままだったカインの腕だった。



「……まあ、無理もないな」

「……すみません」



ひょいっと何の躊躇もなく横抱きにして、カインが私をソファに運んでくれる。

ドレスも着ているし重いに違いないだろうが、カインは気にする様子もなければ、重そうに動きを鈍くする様子もない。



(紳士だ……)



気恥ずかしさも感じながら、大人しくソファに座らされると、タイミングよく部屋の戸からコンコン、とノック音が響いた。




「キイロ様、カイン様。シェラです」

「ああ。入れ」



シェラの声は、やや緊迫したものだった。

きい、と戸が開けば、そこにはシルヴァもいて、私と目が合うと、二人ともが安堵したような表情を浮かべた。

……きっと、騒ぎになっていたに違いない。




「……どうやら、高位の妖異どもに呼ばれていたらしい。妙な空間に入り込んでいた」

「この防御陣をすりぬけて、まさか……」

「攻撃の類ではなかったのだろうよ。食事の最中だったようだから、招待されたのか或いは……」



三人は険しい表情で話し始めた。

置き去りにされた私は、なんとなく居心地が悪くて紅茶に手を伸ばした。

そんな私をカインがじとりと見る。



「何かの呼びかけや、問いかけに答えたか?」

「……そのような事はしていません。本を読み終えて、顔を上げたらあそこにいたのです」




突然のことに驚いたのは、私だけではなかったようだ。

確かに、この屋敷はとんでもなく固く守られた場所だそうだから、そんな場所からホイホイ連れ出されたとあればこうも神妙にもなるだろう。





「肝が冷えたぞ。突然お前の気配が消えたからな」

「……私も………怖かったです…」

「あいつらは妖異の中でも高位の序列にある。妙な魔術を結ばれていないか確認するぞ」





その後、魔術の結びや残渣を調べるためにと、私は夕方まで拘束された。

シェラとシルヴァは原因調査で部屋中を確認しており、午前中の平和はどこへやら、突如として戦雲垂れ込める気配を帯びる。




どうやら私が迷い込んだのは、妖異が作ったまほろの中だったらしい。

まほろとは現実にはない、いわば夢の中のような存在自体が不安定な場所だとカインは苦々しく告げる。




「……では、あの部屋の扉を抜けたとしても、逃げられなかったのですね」

「そうだな。まほろから出ても、その先はまた別のまほろが続く。もしくは元の位置に戻るだけだ」

「………我ながら賢明な判断でした」

「そうだな。ああいった時は助けを呼べ」




カインは私に影繋ぎの魔術をかけてくれている。

私が彼の名を口に出して呼ぶことで影が繋がり、私の元に駆け付けることが出来る魔術だ。



(………雑談なんかで名前を出しづらくはなるけれど、カインさんは私の気配も探ったりして要不要を判断してくれるのだとか)



今回は間違いなく“要”であった為、影を通じて助けに来てくれた。

とはいえ、いつでもどこでも駆け付けることが出来るという訳でもないらしい。


カインさんに魔力が不足していれば全く無理だし、私が居る場所によっては弾かれたりしてしまうのだとか。



「今回は拒絶や遮断の魔術が掛かっていなくて助けられたが、今後は他にも手段を持った方がいいだろうな」

「ええ。そうですね。……ハーヴェルナの鎖か…もしくは、契約を早々に結ぶべきでしょうか」

「……さっき出くわしたのが妖異の上席だぞ。妙な縁を繋いでいなければいいんだが…」

「……それは……確かに避けたいですね」



原因調査を終えたシェラとシルヴァも、カインと作戦を練っている。

あんな緊張感のある人たちと契約するのは、確かに私の命が持たなそうだ。

できれば気性の穏やかな、優しいお姉さんがいいなと考える。



「キイロには中席あたりの妖異が丁度だろうな」

「ええ。ある程度の魔力補填に対応でき、身辺警護も担える相手が望ましいかと」

「……夢や幻の妖異が降ってきてくれりゃ良いんだがな」

「カイン様は彼等と面識があったのですか?」

「ああ。一度王宮でな」




そういえば、目の前にいるこの三人の美男子たちも凄腕の持ち主なのだったと、会話を聞きながら思い出す。




(……前の世界でなら、全く関わることのない分類の人たちだわ)



何の間違いなのか、神様の戯れなのか。

どうして私がこのような立場にあるのか全く理解できないが、そうは言ってもこれが現実なのは真実で。




(やはり間違いだったと、帰されることを願うしかない)



目を閉じれば、どこまでも続く闇。

再び開くと、目の前の三人は悩まし気に顔を顰めている。

こうして私のために考え悩んでくれる存在とは、こんなにも暖かいのかとぼんやり感じながら、小さく息を吐く。




(………なんだか………すごく眠いわ………)



こくり、こくりと静かな眠気が近づくのに抗えないまま、ぼんやりとそんなことを考える。



(駄目だ、……すごく眠い)




瞼が落ちてくるに抗っているのに、この睡魔は跳ね除けられそうに無かった。

首がくたんともたれ、意識が遠のいていく。




「………おい。お前には危機感は無いのか………」

「きっと、消耗されたのでしょう。今日はこのまま下がりましょうか」



そんな会話が、夢の入り口で聞こえたような気がした。


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