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守護者の契約



魔力が無い、或いはほとんど持っていない人間は、その年齢に関わらず、死ぬまで子どもとして扱われるのだという。


そんな子どもだからこそ、人外者には好かれやすい傾向にあるというのは有名な話だ。


なぜなら子どもは無垢で無知で、未熟だからだ。

思い通りに動かし、有無を言わせず欲しいがままに毟り取る。

そんな搾取をしやすいのが、子どもなのだ。




「………それは果たして、好かれるという表現で良いのでしょうか?」




カトルニオの説明に苦言を呈したのは、無垢者のラナフリーナこと、永遠の子どもである。

説明として始まった彼の言葉が、どこからか怪談話のように聞こえた為、途中で口を挟ませていただいたのだ。



「純真な無垢さを好む人外者もいる。何もそれが全てという訳ではないので、不安に思うことはない」




そう言い切ったカトルニオは、ただし、と言葉を繋ぐ。



「そういった搾取目的の人外者の方が多いであろう事は、事実だ」

「………………では、召喚せずとも狙われてばったり出会すような事も………あるのですか?」

「あるかもしれないが、それは管理者兼上司が調整する筈だ」



そんな私の居住地となるヴィルセの屋敷は、惑い子保護センターとして古くから運用されてきた屋敷で、歪な惑い子の魔力の発現を察知すると勝手に玄関が開くと言うとんでもない魔術仕掛けのお家だ。


王都錦区のやや東寄りにあるヴィルセは、この王宮がある中央からは馬車で二十分ほどの距離にあるのだと言う。


そこでは惑い子の管理者と守護者の上司役を兼任する、魔術師の男性と共に暮らす事になるらしい。




「………管理者兼上司、ですか」

「惑い子は、五千年に一度現れるかどうかと言われる様な存在だ。その希少さゆえに、魔術の贄にされたり、喰らって精をつけようと考える者も少なくはないからな」




私の問いは、男性との共同生活に対しての不安から発したものだった。

だが、表情を険しくしたカトルニオがあまりにも恐ろしいことを言うので、そちらの不安は瞬時に霧散する。




「………待ってください。無垢者という要素も、狙われやすくなるのですよね………?」

「そうだな。私も貴方のような希少な要素を持った人間を、初めて見た。………ただ、そんな脅威から貴方を守るのが管理者だ。心配せずとも、国随一の実力のある魔術師だ。あの男程の適任はいないだろう」



そう言うことならば、兼任と言わず五人でも六人でも誰か居てくれと思わないでもないが、それは流石に我儘だろうと言葉を飲み込む。




(………ヴィルセはどのくらいの大きさの家なのだろう)




カトルニオは私と話をしながらも、時折秘書らしき青年に屋敷の状況はどうだと訊ねていた。


どうやら私の前の惑い子は四千八百年前に現れたきりだったらしく、居住するという屋敷もまた、しばらく閉鎖されていたというのだ。


その屋敷を大慌てで準備させていると言うのだから、その勅命で、一体どれほどの人間がてんてこ舞いになっているかというのは、想像に難くない。




(時間をかけても良いから、安全なお家に整えて欲しい………………)




そう願うのも無理はないだろう。

四千八百年振りの惑い子が、人外者に狙われやすい無垢者であるなどと、不穏な要素が多いのは明らかだ。



(私は一体、どれほど危うい立場にあるのだろうか………)



もしかすると私がこの世界で歩む道は、おとぎ話の美しく不思議な道ではなく、想像以上のいばら道となるのかもしれない。




「遅くとも昼には終わる見込みだと、先ほど連絡が入って来ておりますよ」

「では、それまでにこちらの契約を済ませてしまおう」

「はい。書類は一式こちらに纏めてございます」




出来るだけ穏やかな生活を送れますようにと祈っていると、ティーカップが回収されてしまった。

代わりに、数枚の紙束が設置される。

そちらに視線を落とすと、そこには、国の守護者としての労働内容や条件が記載された契約書類があった。


現実的な話にぐんと心が引き戻されて、その書類に釘付けになる。




(お給料に、拘束時間、各種手当と、守秘義務について………。業務の内容は書いてないのね)



ざっくりと目を通して見たものの、物価や相場が一切わからないので、そもそもこの内容が妥当なものなのか判断がつかない。



(しかも、労働経験がないから、これが適正なのかどうかも分からないわ………。何か確認すべき事があるのだろうか………)



書類を読み込みながら、途方に暮れる。

ちらりとカトルニオを見やれば、ぱちりと目が合った。

私が物言いたげに口をもごもごさせると、一月の給金があれば四人家族くらいは養えるだろうと補足説明が貰える。




「定められた時間外での労働が発生した場合や、有事の状況如何によっては、追加での手当てや褒賞金等が支給される。任務内容も含めて、管理者が随時判断するので、そちらに記載があるものは全て最低限のものだ」

「………なるほど」



重々しく頷いてはみたものの、聞きたかった話はお金の事だけでなく全体のことだったし、大半はよく分からなかった。

だが、国勤めともなれば高給なのだろうという事くらいは分かるので、世界間移動をして間もない割には、中々良い立ち位置に居るのではないかという気はする。



「終身雇用ということは………ここに名前を書いたら、もう反故には出来ないということですよね?」

「ああ。………そういえば貴方の名前は、契約する者に祝福を貰うまでは伏せておくほうがいいだろうな………」



契約書類と睨み合いながら尋ねると、カトルニオが思い出したように呟いた。



「名前………ですか?」

「ああ。私の名は王家の祝福で守られているし、大抵は名留めの魔術を使えるが、貴方は無垢で、名前は守れないだろうからな………」

「名前を守る………?」

「名を知られる事で、魔術を繋ぐことが出来るようになるのだ。簡単に言えば、妙な者に名前を知られて呪いを受けたりだとか………」

「呪い………。名前をただ知られるだけで………」

「………おっと。話が逸れたな。終身雇用ではあるが、契約内容の更新は認められている。何か不満があるなら都度申し出てくれ」



私が絶望に打ちひしがれていると、カトルニオは苦笑いしながら契約について説明を補足した。


更新できると言うなら、もはやよく分からない契約内容うんぬんよりも、名前の事ばかりに意識が向く。


決して、安易に名前を教えたり尋ねたりしないように気をつけようと誓い、ふと自分がまだ彼らに名乗っていなかったことを思い出す。




(………すっかり忘れていたけど、敢えて尋ねられなかったのだわ)




自分としては、茶菓子まで頂いた恩人になんて失礼をと情けなく思うが、カトルニオは冷静で良い判断だと思っていたらしい。



「文化が違いすぎます………………」

「その辺りはゆっくりと慣れて行ってくれ。とはいえ、命に関わる事は早急に教示できるよう、管理者にも伝えておこう」



カトルニオの言葉にこくりと頷き、やはり前途多難になりそうな今後の生活に思いを馳せる。




「貴方の前任の守護者は、その辺りがどうも緩くてな」

「………………前任の方は、どのような方だったのでしょうか?」

「魔術研究を行う学者だった。魔術に関しては変態的に貪欲で、珍妙な魔術を教えると言えば名前なぞ軽々と申し伝えるような人間だ。………貴方とは随分と種類が違うから、参考にはならないだろうが………」




その人は、研究者の偉才を発揮して、国の守護の盾を担うような役割だったらしい。

晩年は予知魔術なるものを研究しており、一葉の秋の魔術がそのひとつだったのだと言う。




「魔術の研究や解析、確立といった角度から国を護っていた。彼が記録を残しているから、これを読んでみると良い。……とはいえ、持ち出しは出来ないから、この場で目を通してくれ」




カトルニオの言葉に頷き、契約書類を机に置いた。

差し出された記録本を手に取ると、使い込んだ様子の古びた表紙に、六十七と記載されているのが目に入る。

おそらく六十七冊目なのだろうとは察したが、これだけの分厚い本が一体どれだけあるのだと遠い目になる。

それだけ記録する内容が多かったのか、彼が几帳面だったのかは分からないが、ひとまず渡された分厚い本を開いた。


そこには、ざっと書き殴ったような筆跡で日々が綴られていた。



(これは……日記の様だわ……)



朝食がまずかっただとかそんな些細なことから、国の存続に関わりそうな大事件までが、研究者らしく事細かに書かれている。




「彼は………気難しい質だったが、こうして記録を読んでいると、この国を愛していたのだとよく分かる」

「………はい。そのようですね」



ふと、魔術災害という単語が目に入る。

古く敷かれていた土地の魔術に偶然触れてしまった人間がいて、運悪く魔術を発動してしまった事故なのだと概要が示されていた。



(辺り一体………四方二百メートルの喪失………?)




喪失とは何だろうと読み進めれば、その範囲の土地が丸ごと焼け野原になったのだと後述を見つけ、サッと血の気が引く。

土地ばかりか、生きとし生けるもの全てを巻き込んだその事故は、復興まで約三年の歳月がかかったのだと言う。




(………………私は、途方に暮れる事しかできないわ)




私に何が出来るのだろう。

守護者としての責務がどしりと背中にのしかかる。




「アドニー様は、次代の守護者のためにこの記録を残すのだと仰っていました。こうして日の目を見て、彼もまた満足しているでしょう」

「………これを読んでも、私はやはり力不足だろうなと思い知らされるばかりでした」

「構わない。貴方には貴方のやり方がいずれ見つかるだろうし、守護者がいるという事実だけで国家としては十分な牽制になる」



カトルニオの灰色の目は、どこか吸い込まれる様な輝きを孕んでいた。

彼はこの国の王座に在るということだから、彼が是と言えば多くは是となるのだろう。

そんな権威者の眼差しとでも言うべきか、そこには何とも言えぬ頼もしさを感じた。




「そもそも、国を護るのは我々の務めだ。貴方一人に押し付けるつもりは無い」

「カトルニオ様。とはいえ、守護者というものは時に身を犠牲にすることも御座います。……アドニー様は老衰でしたが、先先代は事故死であったことも、きちんとご説明差し上げてください」

「おっと………そうだな。貴方が被る可能性のある、不利益についても説明しよう」




物騒な話題が秘書らしき青年からもたらされ、思わずぐっと体に力が入る。

トーンの下がった声で話される言葉には、言いようもない恐怖が添えられたように感じた。



「簡潔に言えば先先代は、妖異の怒りを買って亡くなった」



それは国を護る任務の最中で、何某かの言動により妖異の怒りに触れたのだと言う。

当時、周囲にいたものは一人残らず滅ぼされてしまい、仔細は分からないままなのだとか。

ただ、その後星詠みが託宣を受けて、死因だけは明らかになったらしい。


妖異や鬼、妖精といった人ならざる生き物たちは、やはり人間とは考え方が違っていて、彼らが孕む力もまた強大なのだという。




「人間は調整の質だから、ある程度抑えたり均すことは出来る。だが、創造や破壊には到底及ばぬ力だ。

彼らは人間の営みから派生しているとも言われるが、やはり階位と言う点では遥かに神の域に近いのだろう」

「………敬い、正しく畏れる必要があるのですね」

「その通りだ。貴方が今後契約をする者にも、敬意を持って接していかねばなるまい」




先代の記録書をぱたんと閉じ、再び契約書を手に取った。

この世界での生活は、私の今までの経験の殆どが役に立たないだろう。

カトルニオの言う、私なりのやり方とやらが見つかるまでに苦難も多そうだというのが所感であったし、ひっそりと誰にも関わらないで生きてきた身としてはやはり、細々と過ごしていきたいと願わずにはいられない。



「こちらの書類には、どのように署名をすれば良いのでしょうか?名前は伏せた方が良いのですか?」

「秘匿のインクを使用しているので、文字は書いたそばから消える筈だ。伏せなくとも構わない」

「分かりました。………おおよそ話していただいた内容に納得したので、署名しようと思います」

「そうか。では契約としよう。……ここに記載のある通り、不都合があれば修正も可能となる。暮らしの上で何かあれば、管理者を通して私を呼びつけるといい。写しは貴方に預けよう」



どこからか金木犀のような甘やかな香りがして、ふと心が緩む。

今日は私の誕生日で相変わらず散々だったけれど、仕方がないのだと今までも何度も立ち上がってきたのだ。

いざとなれば、毒でも煽って儚くなろう。

そうすれば守護者も次代の人が選ばれるだろうし、私には惜しんでくれる人もいないのだから。



「………では、これで契約完了だ。どうかよろしく頼む」

「はい。不束な人間ですが、よろしくお願いします」



カトルニオも署名を行い、ぱりんと薄い氷が割れる様な音が響いた。

契約書類に陣が浮かんで、どうやら魔術的な契約が完了したようだぞと目を見張る。



「では、………そうだな。貴方は先に魔力量を測っておいた方がいいだろう」

「魔力量、ですか?」

「無いに等しいとは思うが、全く無いのと多少はあるのとでは随分と差があるからな。……ダーダン、測定器を」

「はい。すでにご用意しておりますよ」



秘書風の青年はダーダンと呼ばれて、一歩前に出た。

その手には水晶の様な、透き通ったガラス玉の様な物がある。



「契約を済ませて、貴方は正式にこの国の守護者だからな。……ようやく名を呼べる」

「カトルニオ様にご配慮頂かなくとも、私は自分の名くらい自分で守れますよ」

「そうかもしれんが、彼女は惑い子だ。このようなものだと教えておいた方がいい」



見知らぬ者がいる状況ではみだりに名を呼ばないことや、職務時間外には名を伏せるなど、カトルニオが名前に纏わる注意点を教えてくれる。



「職務時間にはその雇用組織の守護が働くので、名を縛られる事はないだろう。………だが、それも時と場合によるので、貴方は管理者の判断に従ってほしい」

「はい。分かりました」




名を教えてもらうということは、ある程度の信頼関係が構築された証らしく、教えてもらった名は呼んでもいいそうだ。

そんなお喋りをしながらも、目の前には水晶のような物が設置され、カトルニオが何やら陣を敷いている。




「さて、ここに手を当ててみてくれ」

「は、はい。………っ?!」



水晶に手を当てると、ぶわっと全身を風のようなものが通り抜けた。

突然の感覚に肩を窄めていると、目の前でおおっと声が上がった。



「一か。ゼロでなくて良かった」

「………………イチ?」

「ああ。僅かだが魔力はあるようだな」

「………基準をお尋ねしたいのですが、一というのはどのような評価となるのでしょうか?」

「五十を越えれば成人と見做している。魔力量は生まれて十年もすれば多くが五十前後に伸びて、五百まで育てば国家防衛の主軸ともなる」

「………たとえば、一あれば何が出来るのでしょうか?」

「そうだな……………………いや、難しい質問だな…」




カトルニオが眉を顰めて考え込むと、部屋には妙な沈黙が占めた。

昼食の準備が整ったとノックの音が響いて、助かったと言わんばかりに安堵の表情を浮かべたカトルニオは、さっとソファから立ち上がった。




「あとで調べておこう。貴方は昼食を食べて、それが終わればヴィルセに向かうと良い。……ダーダン。送りは任せるぞ」

「勿論で御座います」

「私は食事には同席出来ないので、これから先しばらく貴方に会うことも無いとは思うが、何かの疑問や話しておきたい不安はあるだろうか」

「……魔力量イチで何が出来るのかだけ知りたいです。許容範囲を超えるとどうなるのかも、併せて教えていただければ………」

「わ、わかった。仔細は昼食を終えるまでにはダーダンに伝えておく」



賓客室には、出入り口の扉とは別に、もう一つの扉があった。

そこに昼食が準備してあるらしく、ダーダンに案内されてその部屋に入ると、ふわんと香ばしい匂いが鼻を掠めた。

カトルニオが退室して、ダーダンに促されるままにテーブルにつく。



「私は後ろに控えておりますので、ご自由にお召し上がりください」

「は、はい………」



庶民としては、しんとした部屋で誰かに見られながら食事を摂るのは初めての経験だ。

気まずく思いつつ、そろりとテーブルの上の色とりどりの食事に視線を移す。


小さく手を合わせてからフォークを握る。

洋食風の料理が並んでいて、こちらの食事には馴染めそうだとホッと胸を撫で下ろす。



(綺麗だわ………)



焼きたてのパンや、色とりどりの野菜をふんだんに使用したサラダ。

豆のスープのようなものに、焼いたチキンのようなもの。

とろりとチーズがこぼれたパイまでがほくほくと湯気を立てていて、思わずごくりと喉を鳴らす。




(お、美味しい………!)




サラダを食べてみると、パリパリと新鮮な野菜の食感が口に広がった。

レモンを使ったような酸味のあるドレッシングと、香り高いハーブのような奥深い味わいに、思わず目を見張る。

久しぶりに手の込んだものを食べたという感動に、胸が打ち震える。

柔らかな口当たりで癖のない野菜が、しゃきしゃきと軽快な音を立てるのも堪らなく良かった。



(お、おいしすぎる………)



スープはやはり、豆を使ったものだった。

とろりと舌触り滑らかで、野菜の甘みと香辛料の香りがふわんと立っている。

初めて食べた味付けだったが、レシピを聞いてみたいくらいには好みのものだ。

パンに合わせても美味しいだろうし、パイを食べた後のお口直しにも出来そうな味わいだ。



「?!」



チーズがもったりとこぼれ落ちそうなパイは、お肉とトマトソースが絡み合った絶妙な美味しさだ。

もはや丸々一台食べたいぞと思うくらいにはこってりと美味しく、気がつけばお皿は空っぽになっている。



ダーダンからの視線は感じるが、食事中のおしゃべりがマナー違反の可能性もあるからと押し黙って黙々と食事を口に運ぶ。





(あっという間に無くなってしまった……)




無我夢中で食事を楽しんでしまい、気がつけば、目の前のテーブルには空っぽのお皿しか残っていなかった。


満足しつつナプキンで口元を拭いていると、目の前にことりと紅茶が置かれた。




「こちらは食後のデザートです」



続いて彼の手から給仕されたのは、一切れのケーキだった。

はっと息を飲み、さて何年振りかというくらいには見ていなかった、白く美しいケーキを眺める。


よく考えてみれば、今日は自分の誕生日だった。


食後のデザートとはいえ、こうしてケーキにありつけたのは久しぶりだった。



(……両親の命日でもあったから、とてもお祝いの気分になんてならなかったし)



食後のデザート程度でいただくくらいが丁度良いなと、思わず苦笑いが溢れる。

少し躊躇ってから、フォークを持ち直す。



このケーキを食べ終えれば、きっと新しい景色が待っているのだろう。

ヴィルセの屋敷に発ち、そこで管理者兼上司に挨拶をする。

そんな段取りを想像しながら頬張るケーキは、涙が出そうなほどに美味しかった。




(まだ現実を受け止めきれない部分もあるけど……。でも、私はまだ幸運だったのかもしれない)




あの森の奥深くで、誰にも会えずに彷徨っていたならば。

カトルニオに会う前に、獰猛な獣や私を贄と考える者に遭遇していたならば。

想像するだけで、穏やかな朝を迎えられないであろうことは容易に想像がついた。



体に染み込ませるように、大切にケーキを噛み締める。

甘い香りに満たされる度に、今ならなんでも出来るかもしれないと、そんな思いに駆られていた。





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