まほらを落ちた子ども
「ここは、春夏秋冬の四つの国から成った世界なのだ。各国六つの領区を持っており、例えばこの王宮があるのは錦区と呼ばれる土地だ」
「にしきく………それがこの国の王都と言うことですか?」
「ああ。その通りだ」
どこか、醒めない夢をみているような気分だった。
カトルニオから発される言葉のひとつひとつが宙を舞って、こつんこつんと耳に届く。
「………では、今の季節は秋だと言うことですね?」
「いや。四季の名を冠してはいるが、実際の季節は春だ。………全ての場所に、平等に季節は巡るからな」
彼は私が理解できるようにと、ずいぶん話を噛み砕いてくれているらしい。
時折、言葉を選ぶような表情を見せた彼の気遣いに、胸がギュッと温まる。
(………どうあってもここは地球上ではないみたいだけど………でも、不思議と抵抗感がないわ。疑う余地がないほどに、丁寧な説明だ)
カトルニオの説明は、非常に真摯だった。
私はこの四季の巡る世界に、他の世界から迷い込んでしまった惑い子だと言うこと。
そして、惑い子が訪れるのは非常に稀で、国家として保護対象にあると言うこと。
だから、私は身の置き所は心配しなくて良いのだと彼は言った。
その安心感からか、他の説明も素直に落ち着いて聞く事が出来ているのだ。
(……春先ならば、私がいた世界と時間のズレはなさそうだわ)
窓の外の景色がふと視界に入る。
暖かな日差しが柔らかく差し込んでいて、確かに春先の澄んだ朝だと納得した。
「そして、守護者というものについてだが、その名の通り、国を守る要となる存在だ。国にただ一人だけ、神託を受けて指名される」
「………私の場合は、星詠みの方が予言として示してくださったと言うことですね?」
「そうだ。そして、守護者たるものは、この羅針盤が証明する」
カトルニオが取り出したのは、片手で握り込めるくらいの大きさの、艶消しの金色の古びた道具だった。
葉っぱにも見える細い針が一本、その盤面に揺蕩っている。
「一葉の秋の魔術を凝らせて作った物だ。………うちの星詠みは曖昧な事ばかり言って、すぐに寝てしまうからな。予言のものに間違いがないかどうかは、この羅針の示す先を見れば分かるようになっている」
「ひとはのあき………の、魔術………?」
「葉が一枚舞い落ちた時に、秋が来たと感じる事はないか?そのような予感や予知を齎らす魔術を固めたものだ」
その羅針盤を覗き込んでみれば、針の先は確かに私を指していた。
試しにソファの上を左右に動いてみても、どういう理屈なのか、針は私を指し続けている。
「その守護者の任を、辞退することは可能でしょうか?」
「………不可能だ。どのような事情があっても、必ず守護者として留まってもらわねばならない」
本来であれば、任命された私の方にも何かしらの形でお告げが行く筈だったらしいが、残念なことにその連絡は来ていない。
せめてそのお告げが来ていれば、多少なりとも事前の心構えが出来ただろうにと、心が重くなる。
(こんなに立派なお部屋のある王宮とあらば、栄えている国に違いない。そんな国の守護の要になるだなんて………どう考えても、私には肩の荷が重すぎる……)
どうにか断れないかと考えあぐねるが、羅針盤がある限り、私は逃げも隠れも出来ないに違いない。
この責務さえ無ければ、素敵で不思議な世界での暮らしも喜べたかもしれないのに、と肩を落とす。
「……留まると言うのは、こちらの国で暮らすと言う事ですか?」
「そうだ。王宮ではないが、貴女専用の住まう屋敷が用意されているので、その屋敷に身を置いて貰うことになるだろう」
もはやカトルニオにとっては、私が今代の守護者で決まりらしい。
真っ直ぐにぶつかる瞳があまりにも実直で、確固たる意志を感じる。
お断りできそうも無い雰囲気に、ぐむむと言葉を詰まらせながらカトルニオを窺う。
「………元いた場所に戻りたいと言えば、そちらに帰る事は出来ますか?」
私の言葉に、カトルニオはほんの少し視線を落とした。
どうやら言葉を選んでいるらしい。
少しの間があって、真っ直ぐと私を見たその視線には、やはり誠実さばかりが滲んでいる。
「残念ながら、帰る事は出来ないと思う」
「………それは、理由を教えて頂けますか?」
「惑い子とは、まほらの先にあるという世界から篩い落とされた者を示すのだが、かつて惑い子が元いた場所に戻った例は聞いたことがない」
カトルニオの説明に、再び肩を落とす。
正直なところ、こちらに来た方法は自分でも全く分からないのだ。
望みがあるとすれば、この世界の魔術と呼ばれる叡智くらいだろうと思っていたが、その力は及ばないらしい。
「まほら、というのは………?」
気になった単語を尋ねる。耳慣れしない言葉で、意味も見当がつかなかった。
「世界と世界の狭間にある、此方でも彼方でもない空間のことだ。常に揺蕩っているような不安定な場所で、そのまほらの先には、別の何かがあるとも、無の境地が広がっているとも言われている」
「………宇宙の外側のような考え方ですね」
「宇宙、というものは知らないが………だが、貴方の暮らしていたところにも似たものがあったなら、まほらの先にはやはり、無ではない何かがあるのだろうな」
何か納得した様子のカトルニオは、一転、どこか気遣うような視線を私に向ける。
「まほらを通って世界を渡った者は、記憶を失くすだとか心が壊れるのだと言われている。何か喪失感のようなものは感じているか?」
「………いえ。そのような感覚はありません。………それに、そのまほらという物を通った覚えすらないのですが………」
聞いた話をまとめると、私は宇宙の外側までを駆け抜けて、その先にある別世界に渡ったということだ。
異次元すぎる規模の話に、思わず顔を顰める。
「どのような感覚だったか、覚えているか?」
「………ほんの一瞬、少し長めの瞬きをしたというだけです。窓を開けていないのに風に吹かれたので、変だと思って目を開けたら、あの森の中にいました」
「海や川のような境界を越えたり、橋のようなものを渡ったか?」
「いいえ。自宅の中に居ましたし、立ち止まっていました。………移動したような感覚も、一切感じませんでした」
私の言葉に、カトルニオは小さく唸る。
「ならば、扉の開閉音や、鐘の鳴る音、文字を記すような音は聞こえたか?」
「………いいえ。聞いたとしても、吹きつけて来た風の音くらいです」
「そうか………。海や川のように境界を示すようなものを渡ったり、境界線を越える音を聞くと、或いはまほらを渡るのかと思ったが………違うようだな」
「………文字を記す音が、境界線を越える音なのですか?」
「ああ。文字には必ず区切りがあるだろう?鐘も時刻を切り替える時に鳴らすものだし、扉は空間を分け隔てたものだ」
つまり、分かたれたものの間を渡る時には、境界を示す何某かの音が聞こえることが多いのだとカトルニオは続けた。
(確かに………、文字には区切りがあって、文章も分かれている。正午に鳴る鐘は、朝と昼の境界を分ける物だし………それがあちらとこちらを行き来する、きっかけの音になると言う事ね)
不思議で、論理的にはよく分からない話だけれど、そう言われればそうだと納得できるような話に、成る程と頷く。
「ページを捲る音や、本を閉じる音はどうだ?」
「………いいえ。やっぱり、聞こえたのは風の音だけでした」
「そうか………うーん。やはり、惑い子の越境は、理で説明出来ないものなのかもしれないな………」
「………そのような状況を再現して、元いた世界にまた帰ることも出来ないのでしょうか?」
ふと、そんなことを思いついて顔を上げる。
カトルニオは首を振って、残念だが、と前置きした。
「それを試すのはやめた方がいい。まほらというのは久遠の先まで続いている。広さや深さ、数に至るまでが全く分かっていないのだ。必ず元いた場所に戻れると言う訳ではない」
まほらと表現されると突然よく分からなくなるが、宇宙だと考えれば、カトルニオの説明にもどこか納得がいった。
その外側まで辿り着いたとして、果たして地球に辿り着けるかと言われれば、確かにそれは果てしなく無謀だと感じる。
(………帰る事は諦めて、国の守護者になると言う事を受け入れないとだわ………)
諦めの気持ちが押し寄せて、視線を落とす。
ただでさえよく分からない世界なのだから、相当勉強しなければ、守護者などは務まらないだろう。
本当に私で合っているのかと、ガタガタ揺さぶって確認したいが、羅針盤の針は向きを変えることは無さそうだ。
「一説によると、世界に自身の存在を繋ぎ止めるのは、記憶なのだと言う。多くの人に存在を認知されている者ほど、その世界にも強く結びつく。………失礼だが、貴方に家族はいただろうか」
私が帰宅を断念して恨めしげに羅針盤を見つめていると、カトルニオが静かに言葉を連ねた。
その問いに、ハッと息を飲む。
「存在の認知というのは、つまりは楔だ。この楔が少なければ少ないほど、まほらに落ちやすいとも言う」
どきりと、心臓が波打った。
(私という存在の、記憶を持つ人……)
元の世界に想いを馳せる。
自分のことを覚えている人は、あの世界に居ただろうか。
両親とは死別した。
故郷は、戦火に呑まれて跡形も無く消え去った。
親族はおらず、友や師も故郷と共に灰になった。
疎開していた一軒家は、森深いところにぽつんとあった。
そこに、年若の娘が暮らしていると知る人は居なかっただろう。
「………確かに、私の事を覚えている人は居なかったかもしれません」
ぽつりと呟いてから、この不運な世界間移動の原因に納得がいく。
ふと、父が生前に、戦後の戸籍復元申請には行かねばならないと言っていたのを思い出す。
(そっか。私のことを覚えている人どころか………戸籍すらもない、透明人間になっていたのかも)
そこに存在していても、存在しない人間。
私は地球に生まれた人間だったけれど、そこに根を下ろすことは出来なかった存在だと言う事だ。
「……であれば、貴方はその世界との結びつきが弱く………楔がきちんと外れていたおかげで、何の犠牲も無くまほらを通って来られたのだろう」
もしも。
もしもたった一人でも、私の事を覚えていてくれる誰かが居たならば。
それが、ほんの一瞬のささやかな記憶であっても、ぼんやりと背景に居るだけの私であったとしても、その頭の片隅に留めてくれる人が居たならば。
(記憶という糸で誰かと結ばれていたなら、まほらを通る感覚もあったのかな………。いや。そもそも糸があったなら、そもそも世界を渡る事などなかったのかも知れない)
ふと、元いた世界の景色が浮かぶ。
あちらの世界もまた、春だった。
雪解け水で嵩を増した小川のせせらぎを、ぼーっと聴いているのがこの春の日課だった。
夜明けがずいぶんと早まって、鳥が嬉しそうに囀る声で目が覚める。
そんな朝が好きで、今朝もそうして早くに目が覚めたのだ。
いつもと変わらぬ、ひとりぼっちの朝だった。
いや、強いて言うなれば、今日は私の二十二回目の誕生日だった。
(こうして波瀾万丈に生きるのは、母譲りだろうか)
両親が駆け落ちの末に結ばれたらしいと知ったのは、十六歳の誕生日の日だった。
それで親戚付き合いが皆無だったのかと納得したし、この両親ならそんな過去があってもおかしくないぞと思ったのも記憶に新しい。
(つい昨日のことのようだ。私はあの日から時間が止まっているから……)
そんな両親と死別したのは、私の十八歳の誕生日の前日だった。
兄弟はいなかったし、両親を事故で一気に亡くしてからは、取り残されたようにぽつんと一人でいた。
(思い返せば、誕生日をまともに祝えたことがなかったかもしれない)
故郷は戦火に飲まれたので、隣国にあった別荘に疎開していた。
そこには畑や井戸と豊かな森があって、日々の生活に困ることはなかったが、お祝いをするほどの余裕は無かった。
「貴方はこの国の守護者であるからには、こちらでの衣食住については国が一切の責任を負う。………不自由がないように配慮するので、どうか留まってもらいたい」
カトルニオは、私が天涯孤独であったことに対して、何かの感情を持ったようには見えなかった。
経緯や事情には触れずに、次々に話が進んでいく。
同情のひとつでもされるかと思ったが、留まってほしいという思いの方が強いのだろう。
(確かに、私が生きていくのに、彼方の世界でも此方の世界でも変わらないわ)
むしろ、ここにいる方が身の安全は確保されている様だし、と諦観して彼らを見つめ返す。
「守護者というのは、何か役目があるのですか?」
「………国と契約を結び、有事の際に解決を手伝ってもらうことになる」
「………その契約は義務なのですよね?」
「ああ。申し訳ないが、義務だ」
濁すこともなくキッパリと言い切られてしまえば、もはや清々しさすら感じる。
私はこの世界に来て、あの森でこの王様に見つかった時点で、もう逃げられなかったという事だ。
「………惑い子は国として保護対象にある。つまり貴方は、我々に守られる立場でもあるのだ。いたずらに危険な事に巻き込むようなことはしないと、この場で約束しよう」
その真摯な言葉の返答に迷っていると、カトルニオは居心地悪そうに紅茶へと手を伸ばした。
つられるように自分も紅茶を飲み、カップにさざめく花々をぼんやりと見つめた。
(この国との契約は逃れられない。国の守護という役目を与えられるが、衣食住の保証はしてもらえるというならば……)
迷いはあったが、どこか気持ちがすっと冷めた。
こちらの世界に来た理由も腑に落ちて、ならば戻る必要もないと思い至った事が大きいだろう。
「私は、特別何かに秀でている人間ではありません。学びの努力はしますが、知識も経験も無いものだと思って頂きたいです」
「それは無理もない。……………まさかこちらも惑い子だとは思っても居なかったが………。いや、何かしらの対策は打とう」
歯切れ悪くカトルニオが言うと、側近の青年が口を開いた。
「恐れながら、この世界では予言によって為された言葉は、決して道を誤らないのです。大きな障害はあろうかと思いますが、確かに貴方様は立派な守護者になるかと思いますよ」
「………そうだな。………とはいえ、無垢だ。人ならざる者の叡智は借りた方が良いだろう」
「ええ。契約は必須となるでしょうね。……きちんと調べねばなりませんが………やはり、無垢なようですから」
じっと二人に見つめられて、思わず顔を顰めた。
何度かカトルニオが無垢だと言っていたが、こうも何度も言われると、意味があるのだろうと察するのは容易い。
「その、無垢というのはどういう意味ですか?」
「………人間を含む全ての生き物は、魔力というものを身に宿している。魔力量が多ければ、複雑な魔術を組み立てることが出来るし、単純な物であってもより重く強いものを生み出すことが出来る」
カトルニオは、少し言いづらそうに口を開いた。
本の中の世界のようだとぼんやり考える。
父の残した書庫に、不思議な冒険譚の物語があったが、ここはまさにそのような世界観なのだろう。
「無垢というのは、魔力を有さない、或いは殆ど持たない者を指す」
私もあの本の少年のように、そのような冒険が出来るのかと、ほんの少し心を震わせていた時だった。
カトルニオが淡々と説明した言葉に、思考が数秒停止する。
「………つまり、私はその魔力とやらを全く持っていないか、持っていたとしてもほんの少しだけということですね?」
「そうなるだろうな。……貴方の世界ではどうかは分からないが、此方では魔力がなければ生きていくことも難しい場面がある」
カトルニオは不意に、部屋の扉を指差した。
「きっと貴方では、あの扉を開けることも出来ないだろう」
「………扉が………開けられない?」
「厳密には、あの扉には現在鍵をかけてある。その鍵を開けるにも、敷いてある魔術に魔力を通し、承認を得る必要がある」
カトルニオの言葉に、思わず顔を顰める。
魔術なぞ、生まれてこのかた触れた事もないのだ。
魔力がないという言葉にはそりゃそうだという気持ちだったが、最低限の生活に差し支えるのであれば話は変わってくる。
「………守護者として重大な欠陥では?」
「いや。無垢者は稀に生まれることがあるのだ。そう言った者は、人ならざる者に好かれる傾向にある。その者達と契約を結び、彼らの魔力を借りて暮らすことになる」
カトルニオの言葉に、少し不穏な気配を感じる。
「………人ならざる者、というのは?」
「簡単に言えば、人間よりも階位が高い生き物を指している。妖異や妖精、鬼や神と言ったところか。……中でも、契約に向くのは妖異だ」
「………………………え?」
思わず聞き返した。
出会ってすぐに不思議な門を潜り抜け、魔力やら魔術やらと話を聞いていれば、きっとこの世界では、おとぎ話のようなことが起きるのだろうと予想はついていた。
(………それにしても、次元が違いすぎないかしら)
私がぽかんと口を開けたからか、カトルニオは困ったように笑った。
「この世の生命体には階位がある。階位は主に思考能力の有無によって順位づけられていて、植物や石などの自然物は階位としては一番低い」
「……は、はい………」
「次に、本能のみで行動する動物、理性を持って思考する人間、という順で階位が高くなっていく」
自然物、動物、人間、とカトルニオが話す順に心の中で反芻する。
階位という言葉に馴染みは無かったが、その順位づけには納得するところがあった。
(食物連鎖のピラミッドと似ているわ……)
その階位の頂点は神という存在で、その定義は“思考した上で、偶然現象を思い設ける者”だとカトルニオが説明する。
続々と出てくるたくさんの説明に、あっぷあっぷしながら必死に喰らいつく。
「頂点は妖異と鬼、二番目は妖精、そして人間は三番目だ。人ならざる者はそれぞれに司るものがあり、それに応じて特別な力を持っている。魔術も使うが、その質は我々の魔術とは段違いに強力だ」
私がいた世界では、人間が連鎖の頂点にあった筈だ。それより更に強い存在があると言われても、あまりピンとはこなかった。
こちらの世界では捕食される事もあるのだろうかと、嫌な予感も頭をよぎる。
「使う魔術には質があって、人間が調整、妖異は創造、鬼は破壊、妖精は守護の質だ」
「………ええと、私は妖異と契約をするのがいいと?」
「どの種族でも良いのだが、魔術の質ゆえに鬼はあまりお勧めはしないな。妖精は、人間一人を生かすには力が弱すぎる者が多い」
覚えきれないものは諦めようと、一部分は聞き流しながら話に食らいつく。
私の様子に気が付いたのか、カトルニオはペンと紙を取り出した。
「……この世界のありとあらゆるものは、この階位に基づく。ここまではいいか?」
「はい。………食物連鎖に似ていますよね」
「ああ、理論としてはあながちそれも間違いではないな」
その言葉に、やはり人間は捕食対象になる場面があるのかと慄く。
「妖異が生み出したものは、いつか鬼が終末を付ける。それまでの間、調整するのが人間で、守護をするのが妖精だ」
カトルニオが再びペンを滑らせる。
整った美しい文字が並んでいくと、まるで教科書のようだと感嘆する。
「妖精は、階位が一番低い意志なき者を守る為に生まれた。花や草木の種類だけ存在している」
カトルニオが記した文字を指差しながら説明を続ける。全て理解しなくても良いと言われ、頷きながらも必死に文字を追いかける。
「妖異や鬼は妖精ほどの個体数は無いが、持つ力がとても強い。人間一人の魔力を補うだけの余分を持っている」
「……なるほど。だから私はその方々と契約して、お力を借りる必要があるのですね」
「そういう事だ」
何の苦労もなく、衣食住を保証される訳はないかと思いながら、自分の身の振り方を思案する。
「……その人ならざる方々は、普段どこで何をしているのでしょうか」
「難しい質問だな。……神に近い領域にいる者もあれば、街にいたりもするだろう」
「………つまり、そう簡単には会えないということですか?」
「そうなるな」
階位が上の者たちに契約を請うというのは、そう簡単ではないらしい。
前途多難だと頭を抱えたくなったが、カトルニオはそこまで悲観しているわけでは無かった。
「召喚すればいいだろう」
当たり前だと言わんばかりにケロッとそんな事を言うので、私は眉を顰めたまま沈黙した。
私の誕生日は、過去の成績を見ても随分と悲惨だった。
今日もやはりとんでもない一日になるのだろうなと、ヤケクソで目の前のスコーンを齧る。
忘れもしない二十二回目の誕生日は、こうして始まったのだった。