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春分祭と打ち上げ花火





「………春分祭、ですか?」

「ああ。ここは王区だから、二至二分には祭りがあるんだが………お前は、惑い子として出席義務がある」



それは、二日前のことだった。

この日、非常に嫌そうな顔をしたカインに告げられたのは、お祭りへの参加依頼だった。


そういえば季節年表でそのような行事があると、何かの本で読んだ気がするなと思い出す。

詳細までは書いてなかったが、やけに催し事が多いなと思っていたのだ。


とはいえ、式典などの堅苦しいものではなく、お祭りならば楽しそうだぞとカインを見つめ返せば、そこにはやはり難しい顔をしたカインがいる。




「それは、どの様なお祭りなのですか?」

「………簡単に言えば、生きとし生けるものを讃える、妖異の祭だな」



妖異の祭、と反芻してから、混沌とした恐ろしい映像が頭に浮かぶ。




「………まさか、生贄を捧げるような祭ですか?」



思ったままに尋ねると、カインは一層に顔を顰めた。



「お前の発想は、物騒すぎるぞ………」

「………妖異さんの祭りと言うので、そのような事もあり得るかと思ってしまいました」

「お前な。その妖異が隣にいるんだから、少しは遠慮しろ」



カインにドン引きされつつ、とはいえそのような危険なお祭りでは無いのだと分かれば、ほっと胸を撫で下ろす。


デュカをちらりと見てみるが、彼は私の発言を特に気にした様子はなかった。




「………非常に難しそうなお祭りですが、具体的にどのような参加方法なのでしょうか?」




こほんと言い直す私に、カインが言葉を詰まらせる。

何か言いづらいことでもあるのかと小首を傾げれば、隣にいたデュカが、山車行列を見たり花火を打ち上げるんだよと教えてくれる。



「山車行列と花火………?では、夜に観覧するというような参加方法でしょうか」

「いや。………お前は打ち上がる側だ」

「………………打ち上がる側………?」




額に手を当てたカインの言葉は、苦々しく告げられたものだった。

気遣わしげな様子ではあるが、意味が理解できずそのまま聞き返す。

打ち上がるという単語について推理をしながら、どんどんと血の気が引いて行く。




「おや、今年は惑い子なのだね」

「………ああ。残念だが、特大のものを用意しているらしいな」

「なら、守護を深めて厚くした方がいいだろうね」

「………出来るならそうしておいてくれ」




カインとデュカの間で不穏な会話が成されるのを、ただ茫然と眺める。


二人の会話から察するならば、私は特大花火として空に打ち上げられてしまうらしい。




「え………………」




それの何処がお祭りなのかと言葉を失っていると、カインがこちらを見て、小さな冊子を渡してくれた。



「春分祭の実施要項だ。読んでおくといい。………ちなみに、明後日の夜だ」

「え………………」



訳がわからずも、とりあえずその小冊子に視線を落とす。

表紙には美しい花畑とともに、流線で大きな春分祭という文字が踊っていた。




(………文字が踊っているわ)




もはやその奇怪さにも慄きつつ、けれども今はそんな場合じゃないのだと、速攻表紙を捲る。


生きとし生けるものを讃えるという趣旨なのだから、この文字一つであってもその生を喜んでいるに違いない。


至る所の文字や模様が踊っているのは、今は目を瞑って読み進めていく。




(………昼間には、山車行列からの投身が見もの。………文字が踊ってて、読みづらいわ………ん?投身?)




写実的な絵が示すのは、大きな山車から人がわらわらと飛び降りている様だった。


王区を練り歩くこの山車は、全部で五十台が荘厳に行列を成すらしい。

隣のページに目を移せば、代表として一台が精緻に描写されていた。

装飾がこれでもかと施さられ、美しい梯子が取り付けられた力強い山車である。

これは昨年度の一等と書かれており、昼間の山車行列に並行して、人気投票も行われるようだ。


一台一台に職人が付いて、それぞれこだわり抜いた山車のようなので、その意匠も楽しめるほか、お気に入りの一台に投票できるのだという。




(ん………?ここに登って………飛び降りる………?)



問題は、山車から飛び降りると言う危険行為についてだろう。

この行列は、王城から錦区内を六時間ほどかけて練り歩くという。

見掛けたらいつ何度であっても、また、誰でも飛び降りが可能だと、誇らしげな記載があった。


小冊子には、生きている事を感じようという妙な煽り文と共に、下半身の守護を固めてから参加するようにと注意書きも成されていた。




(え………………)




山車は、高さが十メートル程あるのだという。

普通の人間なら骨折するか、着地を誤れば死んでしまう可能性があるが、果たしてその意味は一体何なのだと問いかけたい所だ。




「これのどこかお祭りなのです………?」



もはや躊躇いもなく尋ねれば、カインはぐぐっと眉間に皺を寄せた。



「言うな。祭りとは往々にして、そのようなものだろう」

「………おかしすぎます。生きている事を喜ぶはずなのに、これでは怪我をするばかりです」




心の中でもドン引きしつつ、それでもこちらは私にはほぼ無関係なのだと思い出す。

すでに山車行列でこの様なので、我が身に差し迫った花火という問題については軽視できない。


慌てて小冊子の情報を探す。

幸いと言ってか、隣のページには夜の部と記載があった。


露店が並ぶ煌びやかな背景に、大きな花火が描いてある。

美しい金彩が使われているその描写は、配布用パンフレットというよりは、絵本のようでもあった。

こんな状況でもなければ、綺麗だなと魅入ってしまうほど繊細で煌びやかなページである。


そして、その金彩の中心点に目が釘付けになった。

黒い影になってはいるが、人型と思しき何かが抽象的に浮かんでいるのである。




「え………」



花火の絵の隣には解説文が並んでいて、こちらの心情は知ったことではないと言わんばかりに陽気に踊っている。

机に叩きつけたい衝動をグッと堪えて読み進めれば、国の中でも随一の吉兆の人間を高く舞い上げることで、その生命力を叩き上げ、土地により多くの吉兆を舞い込ませる習わしだと書いてあった。




「………私は………花火に、なるのですか」 




この問いかけには、さすがのカインも不憫そうな顔を見せてくれた。


ほとんど刑罰と同じではないかとカインに慄きを伝えれば、縁起はいいんだぞと謎の返しを受ける。




「え、縁起などいりませんから、花火にはなりたくありません………!」

「惑い子は人間にとっては吉兆なんだ。………お前がどれだけゴネても、この区の人間が死に物狂いで打ち上げに来るぞ。観念して、最初から打ち上げられておけ」

「い、嫌すぎます!どうしてその二択なのですか………!」






こうして、私は二日後には夜空に舞う事が、ほぼ強制的に決まってしまった。


祭りの中には確かに、どうしてそうなったのだとしか思えない文化があるものだが、この春分祭りもその一つであろう。


生命を喜ぶために命を酷使するのはどうかと思うが、デュカ曰く、こういった祭りで困難を克服した経験値とはつまり、祝福なのだという。



「春分は季節に境を付けるものだから、特に君のように境を渡ってしまった人間には必要な祝福だよ。海や川を横断する漁師や商人にも、そのような祝福はあって損がないからね」



その理屈は全くと言って良いほど理解できなかったが、二至二分の祭りの祝福には、境界の祝福があるのだと言う。



「私はもう渡り終えたので、祝福を増やす必要はないのでは………」

「君は惑い子という資質上、境界を渡りやすいんだ。またまほらに落ちたり、まほろに呼ばれたりすると嫌だろう?境界の祝福は受けた方がいと思うけれど」



そのデュカの言葉は、やはりいまいち理解が出来なかった。


しかし、カインの話ぶりからも察するに、彼らは私が花火になるべきだと考えているらしい。

よほどその祝福が必要なのだろう。


もちろん私にだって、意味があって古来から行われている事を批判したくもなければ、その文化を尊重する意思もある。


だが、あくまで冷静に考えて、花火になるのは嫌だし、逃げても住人から打ち上げられてしまうのはもっと勘弁だ。



(変なところに呼ばれるのは嫌だけど………花火になるのだって嫌だわ………)




悪いが諦めろと、カインがため息をつく。

彼もまた、過去に打ち上がったことがあるらしいのだ。

その表情を見ていれば単純な楽しさなど一切ないのだろうなとしか思えず、私は指先が震えた。




ーーーーーそんな、二日前の事を思い出していた。

あの日告げられた出席義務があるという言葉を理解したのは、当日の朝に、ヴィルセの門前に数十人単位で集まっている観光客や地元住人を見かけた時だった。


思わずひいと悲鳴を上げたし、花火化を切望されている雰囲気をひしひしと感じた私は、ここで圧力に屈した。




「惑い子が打ち上がるのは五千年ぶりらしいからな!」

「今年は豊作になること間違いなしだ」

「ああ!血が騒ぐな!今日は飲むぞ!」




会場に着き、そんな声を聞いていればもはや逃げ出すことは愚か、皆の為に行ってきますと恐怖を押し殺すことしか許されない気がした。


足元に浮かんだ魔術陣にがたがたと震えながら、何故こんな目にあっているのかと自問自答を繰り返す。




「………この魔術は、陽光の煌めきと星影の揺らぎを合わせたものだ。昼と夜を二分に分け合う春分祭にこそ、この花火が相応しいだろう」



そう説明するカインの顔が、自分の震えが強すぎるあまりに滲んで見えた。

花火の中身はどうでも良いのだと思いつつ、耳に届いた話によると、私を打ち上げるのは今日一番の大花火らしく、高さは約八百メートルまでを舞い上がるらしい。


そう聞いてしまえば歯がガチガチと音を立てるばかりだが、周囲にいる花火師のような方々はおろか、カインやデュカすらも私を案じる様子はない。


最高到達点に達すれば、デュカが移りの魔術ですぐに地面へ降ろしてくれると説明されて、何故そうまでして地上八百メートル先を目指さねばならないのかと疑問が湧き上がる。




「そこに立ってさえいれば、魔術で打ち上がるだけだよ。簡単だろう?」

「こ、これは、簡単だとか言う問題ではありません………た、助けてください………」

「君が行かないと、祝福が付与されないんだよ」




足元の魔術陣が、時折ぽやぽやと光を浴びる。

その度にひいとかわあとか悲鳴を上げて慄いている私に、カインからは流石に呆れた視線を感じたが、それでも助けてくれる気配はない。


私はただ、空に向かって飛んでいくしかないのだ。




「デュカさん………絶対に、落としてはいけませんよ」

「うん。勿論。………そんなに怖がらなくとも、十秒くらいで終わるよ」

「ま、待ってください!そんな速さで打ち上げられたら、きっと首がもげてしまいます」

「守護があるから大丈夫だよ」




周囲では、ざわざわと花火の準備を整えている。

いっそデュカも一緒にと誘うが、それでは意味がないのだと一蹴されてしまい、やはり孤独な空の旅が決定する。



(………十秒の我慢………待って、十秒で八百メートル………?)



並大抵の人間が体感すべきスピードではないと思い至り、同時にカインから声がかかる。



「ラナー。そろそろ行くが、いいなー?」



少し遠ざかったところから話しかけられて、震えながらだめですと返事をする。



「よーし。いくぞー!歯を食いしばれー」

「だ、だめだって言って………っ!?、」




魔術陣がきらりと光を帯び、ひゅるると音がする。

気がつけば、私は空に向かって飛び立っていた。


びゅおおおおと凄まじい風の音が耳に鳴り響いて、目も開けられない。


もはや、悲鳴を上げられるような風圧ではなかった。




「………っ、………っっ!」




腕も上がらなければ体勢を変えようもないので、息もできず、けれども恐怖が勝ってそれどころではなかった。


勢いが少しずつ緩み、到達点だと思われる所でふわりと体が浮く。

ぜえぜえと肩で息をしたのとほぼ同時で、どかんと一際大きな音が弾けた。

爆風に体がぶおんと飛ばされて、周囲は眩しい光に包まれる。


それは、会食堂を平地に均したあの日よりも、更に大きな爆発だったと言えよう。


幸いにして守護が働いているようで、その爆轟をゼロ距離で聞いても鼓膜は無事だった。

体は無重力に浮遊したまま、火薬のような匂いが鼻を掠める。



きらきらと、周囲では美しい火花が散っている。



「………怖ッ!高い!高い高い!寒っ!?落ち………」



おそらく、最高到達点に達してほんの一秒くらいでしか無いはずのその時間が、永遠のようにも感じられた。




「………ラナ。お帰り」

「………っ、」



落ちる、と叫ぶ寸前で、パッと場面が転換してしまったのだ。

デュカが地上に戻してくれたのだと理解しても、足ががくがくと震えて真っ直ぐ立たない。

ひゅう、と息を吸ってから、ぜいぜいと肩で息をする。

体の力が抜けてどさりと地面に転がろうとしたが、デュカが受け止めてくれた。




「無事で良かった。………大丈夫かい?」




デュカの腕にしがみつきながら、ふるふると震える体をなんとか支える。

カインが走り寄ってきて、中々良い花火だったぞと満足気だが、そんな事はどうでも良いのだと言う返事すらままならない。




「こっ………」

「………こ?」

「怖すぎですって!!」





この日、花火の美しさに感動した王区の住民たちにより、惑い子の歓迎祝賀会が催されたと言う。


当の本人は腰が抜けて入浴もままならず、翌朝には全身の筋肉痛で動けなかったので、春分祭の事は恨んでいると言っても過言ではない。



なお、この花火への出席が以降毎年続くことになるのだが、私が翌日になってもあまりにめそめそとしているのでと、賢明に黙っておく事を判断したカインの事は、向こう五十年は許さないつもりだ。



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