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新しい部屋と化石




「デュカさん……。これは一体……」



自室で呆然と立ち尽くす私に、デュカは小首を傾げている。

彼は、私が何に慄いているのかまるで理解できないとでも言いたげだった。


部屋にしばしの沈黙が訪れる。

だが、頭の中は大混乱で、むしろ騒がしいくらいである。




(私の部屋じゃなくなってる………私の部屋よね?………え)




執務室での情報共有会が終了したのは、つい先ほどの事だった。

まだ昼食には早いからと戻ってきた部屋は、確かに私の部屋だった筈だ。



だが、扉を開けた先にあったのは、出た時とは明らかに様子を違えた大きな部屋だったのだ。



勿論その犯人は隣にいるこの妖異王なのだが、それにしたってこの男、自分は無関係だと言わんばかりの表情をしているのは何事だろうか。




(守護契約の話し合いは上手くいったと思ったのに………)




非力なくせに重責な立場にあるという私の告白は、デュカにとってはそこまで大きな事では無かったらしく、その後の彼は飄々と、私との契約の主文は守護になるのだねと微笑むばかりだった。


たとえ私が前例がないほどの無垢者だったとしても、デュカにはそれを補って余りあるほどの力があるのだ。


その頼もしさに、どれほど感謝した事だろう。




(異類契約の難しいところは、こういう所なのかな………。困ったな)




彼はつい先ほど、私の心身に守護の覆いをかけてくれたばかりだった。

カイン監修の元ではあったが、初めてデュカを使役したのである。


漸く一人で街歩き出来るくらいに整った守護の覆いに、人外者の凄さというものを実感していたのはつい先ほどのことで、その感動がこうして真逆の感情を呼ぶ事もあるのかと知ったのは現在進行形である。






「続き間にしておいたよ。部屋は繋がっている方が良いだろうと思って」

「続き間というか、………壁を抜いてしまったんですね」



何の悪びれもなく言い放ったデュカを見て、ああ、シェラさん達がげっそりしていた理由はこれかと頭が重くなった。


壁がぶち抜かれてしまい、二つの部屋が合体してしまっていたのだ。

しかも、ほぼ二倍の広さになった私の部屋に合わせて、家具も新調してあると言う暴挙ぶりだ。




(………一つ屋根の下に暮らすとか、そういうレベルではないわ)



これは家族の距離感ではないかと、ただ途方に暮れる。

どのように説明しても誤解を生みそうな上に、何と苦言を呈するべきかも分からない。


隣にいるのはほぼ初対面の妖異で、畏れるべき高尚な存在なのだ。




(あれ……このドアは何だろう………)



果てしなく遠い目をして部屋を見渡していると、ふと、見慣れない扉が目に入った。

鍵はなく、アンティーク調の扉である。

どこか異世界にでも繋がっていそうな精緻な意匠のドアに、吸い込まれるように近づく。





「ああ。そこは私の寝室だよ。君が慣れるまでは、分けたほうがいいだろう?」

「………………すみません。許可もなく開けてしまいました」



音もなくすちゃっと開いた扉は、デュカの言葉通り、ベッドが置かれている部屋だった。

そこは独房のような小さな空間で、キングサイズのベッドがみちみちに鎮座しているのは、本当に寝るだけの空間という感じだ。


あまり観察するのも良くないだろうと、すぐさまドアを閉める。


扉の先にワクワクするような何かがあると思っていただけに、残念かつ絶望の景色である。

もはや、この美しい妖異の生活環境と価値観はどうなっているのかと問いたい所だったが、まずは目の前の問題に取り掛かろうとデュカに向き合う。




(寝室を分けるという配慮はあっても、鍵まではないのね………。ほとんど一緒の部屋で寝ているようなものだわ)




ほぼ初対面でよくこんな事が出来るなと感心する一方で、妖異に対する人間教育の必要性を感じる。

これでは、自室なのにまったく心が休まらないばかりか、女性としてもどうなのかと考えさせられる所である。




「デュカさん。これはさすがに、駄目だと思うのです。私は婚前ですし、貴方は私にとって大切な方です。………せめて私がこのお部屋で寝ますから、鍵を付けて頂けませんか」




思わず本心そのままで言葉を紡ぐ。

彼はおやっという顔をしたが、すぐにいつものお澄まし顔に戻った。




「婚前?……私と契約して、更にまた婚姻の結びも増やすつもりかい?」

「………私の常識では、妙齢の女性は、未婚の男性に嫁ぐ慣わしなのですが。デュカさんと契約した私が、結婚を考えるのは良くないことなのでしょうか?」




ちなみにこちらの世界では、結婚後の離縁は認められていないのだという。

それは、婚姻がもたらす魔術の結びつきは、非常に固く込み入っているため、解くことが出来ないと言われているからである。


その為、婚姻という契約にあたっては、公的な仲人機関が仲介を行うのが一般的である。

人身売買などの違法行為やその他の魔術的影響により、本人の意思を剥奪されていないかと言った魔術検査は勿論のこと、両親族の許可や契約者への了承確認など、約三ヶ月に渡って審問を受けるのである。


勿論これには抜け道もあるのだが、その場合は自己責任となるので気をつけなければならない。




(解けないものを結ぶというのだから、そのくらい面倒でも仕方ないなとは思うけど………)




この慣習を本で読んだ時はあまりの驚きに、三度ほど文章を読み直したものだ。


とは言っても、男女が出会えばやはり恋愛に発展していく。

例えどれだけ面倒であったとしても、その困難を乗り越えただけの祝福は付与されるわけで、それは本人達にとってはかけがえの無い結びつきとなるのだ。



「ふうん。……あまり好ましくはないね」



デュカの返答は、完全否定を示すものではなかった。

だが、その眼差しには、背筋がぞくりとするような冷たさがあって、結婚はしてはならぬのだなと察するくらいには明らかな反応であった。


どうやら彼的には、結婚はタブーらしい。




(……結婚はしなくても良いと言うなら、………私には好都合かもしれない)



デュカが駄目だというなら、勿論敢えて結婚したいとも思わない。


そこには、安堵のような感情も浮かんだ。

前の世界では、結婚は選択肢からとうに捨て去っていたのだ。

異世界で奇妙な立場にある私が、今さら結婚を考えるには一層の労力が必要となる。


他人と恋人や家族としての関係性を一から築いていく煩わしさや、それらに伴って必要となる多方面への配慮、そしてその手続きを思えば非常に面倒くさいというのが正直な所である。




(………結婚しないという前提があるなら、この部屋でも確かに問題はないのか………)




異類契約によって結婚がタブーとなる事は本には書いてなかったが、契約相手にもよるのかもしれないと思い直す。


ふむふむと頷いて、再びデュカに視線を送る。

冷え冷えとした眼差しに一瞬躊躇ってから、伝えるべき言葉を考える。


本を読むだけでは分からないことが、この世界には沢山あるのだ。

こればかりは、デュカにも協力してもらいながら学んでいくしかない。




「デュカさん。私はこちらの世界の本を何冊かは読みましたが、知らないことが多いのです。結婚の話も、デュカさんが好ましくないと言うならしません。……何かおかしな事を言っていたら、都度教えてください」



私の言葉に、彼の鋭い視線がふっと緩む。

そういえば君は惑い子だったねと、腑に落ちたように呟いた。



「………では、説明しておこう。私達の契約は、君にとっては依存、私にとっては従属の意味を持つんだよ。私が認める例外を除いて、他に契約を増やすのは感心しないね。君は私にのみ依存しているべきだよ」




彼の言葉は、非常に優しかった。

ホッとしながらも、その言葉を胸を刻む。



(私はデュカさんに依存、デュカさんは私に従属している………)




心の中で何度か反芻してみてから、この契約には独特の執着が生まれているのだと気づけば、彼が冷えた目線を送った理由も分かったような気がした。


デュカによって助けられ、生かされている筈の私が、他の者に依存するような関係性を結ぶことに、矜持を傷つけられると言うことだ。


それは甘ったるい嫉妬心とはまた違う、彼らなりのプライドあっての事なのだろうと思う。




「わかりました。では、今後何かしらでお付き合いが必要そうな人が出てくれば、まずはデュカさんに判断を仰ぎますね」

「……結婚しないのではなかったのかい?」

「例外があると仰ったのは、デュカさんでしょう?その例外とやらがどんな事象か分かりませんが、もしそうなったらというお話です」

「ふうん。………ここで約束してしまわない辺りが、君は本当に用心深いね」




デュカは静かに笑った。

ふっと目元を細める笑い方は、あまりにたおやかで美しい。




「……何だい?」

「……いえ。デュカさんは、………妖異さんなのだなと思っただけです」

「初めにそう伝えたつもりだったけれど、君は別の生き物だと思っていたのかい?」

「いえ、改めてそう思ったというだけの話です」




不思議そうにこちらを見るデュカは、あまりにも無防備だった。

このような表情をするのに、神に近い存在だというから奇妙なものである。


こんな高尚な存在に助けてもらえるのかと思えば、何だか不思議な気持ちにもなる。




(そもそも結婚うんぬんの前に、この人との関係性を築かないといけないのよね………)



目の前の光景によって現実に引き戻された私は、お澄まし顔に戻ってしまったデュカに、おずおずと口を開いた。




「初めの議論に戻りましょうか。………結婚は自ら進んでしないつもりでも、やはり、このお部屋はまずいと思うんです」

「………どうしてだい?」




しかしその後、お互いの主張は平行線を辿り続けた。


あまりに結論が出ないので、判断はカインに仰ぐことにしようという折衷案にデュカが頷いたところで、私は部屋の通信機を取る。

もはやトラウマの通信機だが、デュカの守護のおかげで、今後は使えるようになっていきそうだ。




(そもそもカインさんは、私の部屋がぶち抜かれて広々空間にされた事を知っているのだろうか)




ヴィルセの屋敷は、随分と古くからある。

そもそも改築など認められるのかという疑問が残るし、各部屋にかけられていた筈の防衛魔術の行方も気になるところだ。





「おいおい。何をやったん………」



通信機でカインを呼び求めると、やれやれと言った感じで彼はすぐに来てくれた。

そして部屋に入るなり、彼はぎくりと固まった。




「カインさん。お忙しい所、申し訳ありません。部屋を改造されてしまったのですが、せめて水回りは分けるべきですよね?カインさんはどう思いますか?」

「君は私に守護を預けるのだろう?このくらい近くなければ、不安が残ると思うのだけどね」




血気迫る勢いでカインに歩み寄ると、デュカはそれを遮るように間に入ってきた。





「……悠久の歴史あるヴィルセになんて事を……!」




一方のカインと言えば、我々の主張を他所に、わなわなと体を震わせて部屋を見つめていた。


これは怒っているぞとデュカを見れば、彼は涼しい顔をしている。




「………デュカさん。この部屋は元通りにも戻せるのですよね?ヴィルセは歴史的建造物ですから、手を加えるのはやはり良くないみたいですよ」

「戻すことは出来るけれど、とても面倒だね」

「……元の部屋ではどうしても、駄目なのですか」

「そばに置くことが対価なのだろう?このくらいは当然だと思っていたよ」




対価と言われれば全く反抗できなくなる私は、口を噤むばかりだ。


そんな私たちのやりとりを聞いて、カインがぎろりとこちらを向く。




「まさか痴話喧嘩に巻き込むために、俺を呼んだのか……。これでも俺はお前の上司だぞ」

「痴話喧嘩?これは一般常識を問う、人権問題だとはお思いにならないですか」

「………何故俺に怒る。文化財とも言えるこの屋敷を改造された、こちらが怒りたいくらいだが」




迷惑そうに顔を顰めるカインに、とはいえ今後の生活が掛かっているのだと反論をしようとした時のことである。




「この屋敷はそもそも私が作ったものだし、改造しようと文句を言われる筋合いはないかな」

「………………え」

「………は?」




デュカの告白によって、部屋の中には奇妙な空気が流れる。

カインと二人で顔を見合わせてから、互いにドン引きして頷きあう。



確かこの屋敷の起源は、初めて惑い子が篩落ちてきた頃に作られ、つまりは世界の原初の頃からあるという。

この隣で飄々と立っている美男が、まさかそんなに年老いた生き物だとは知らずに、ぐっと胸が詰まる。




(……生きた化石だわ。本物の)




若い姿の人間に見えるから混乱していたけれど、どちらかといえばアンモナイトのような、本当に始まったばかり頃からの生き物なのだろう。




(…美しい“人”というよりは、綺麗な“生命体”と思う方が適切なのかもしれない)




そう思えて初めて、デュカと真っ直ぐに話せるような気がした。

本質を捉えてしまえば、人付き合いはぐんと楽になるのだ。


改めてデュカに向き合って、美しいシャンパンゴールドの瞳を見上げる。




「デュカさん」

「………なんだい?」

「今、何となく私の中で折り合いがつけられました。……かろうじて同じ寝室と言う訳でもありませんし、妖異の王様が整えた寝ぐらをどうこう言うのは違う気がしてきました」

「……ふうん。分かってもらえたなら、特に構わないけれど」

「寝ぐら……それはどうかと思うぞ……」




結局、この生き物の寝ぐらに私が仮住まいをしているようなものだと落とし込み、普段の生活は犬猫と過ごす気持ちで耐える事にした。


とは言っても、お風呂もお手洗いも共用なので、とっても気が引けたことに違いはない。

夜になれば当たり前のようにこの白銀の生命体がソファで寛いでいて、その美貌を前にお風呂上がりの化粧っ気のない素肌を晒すことになるのだ。




「カインさん、あの……お部屋の明かりを夜に少し落としたいのですが……」

「ラナ」



デュカのヴィルセ創設者告白により、呆然としていたカインに歩み寄ると、デュカが先に声を上げた。


ピリッとした物言いに反射的に振り返ると、デュカは冷徹な微笑みのまま、諭すように言葉を繋いだ。




「いいかい。ラナ。そう言った事は今後一切を全て、私に頼むのだよ」




ハッとして、依存の契約だと言っていた先ほどの言葉を思い出した。

こくりと一つ頷いてから、慎重に問いかける。



「……お願い事や頼み事の類も、契約している貴方に告げなければ、不義と見なされるのですか?」

「………そうだね」

「わかりました。今後気をつけますね。……ただ、私はカインさんの部下ですから、業務上叶えて貰わねばならない事も今後あるかと思うのです。その場合はどうしたら良いのでしょう」

「……先に私に言うと良いよ。その時に善処しよう」




デュカの表情が元に戻れば、思わずほっと安堵の息が漏れた。

これからこんな風に互いの歩を近づけて、お互いが崩れない場所を模索するのだろう。


そんな作業には、気の遠くなるほどの時間と手間がかかるに違いない。


デュカがこちらにも譲歩するような姿勢を見せてくれたことに安堵しながら、では、と改めて切り出す。




「夜、お風呂上がりに薄着で素顔を晒すのは、さすがに恥ずかしいです。……出来れば少し明かりを落とせないかと思うのですが」

「……妙な事を気にするのだね」

「無防備な姿は無闇に晒したくないと考えるのは、おそらくか弱い人間なりの生存本能だとは思うのです」

「ああ、成程。分かったよ。……ただし、本を読めるくらいにはしておこう」



ふいっと指先を動かして、ただそれだけで。

カインが目を見張っている様子を見るに、高尚な魔術陣が敷かれたに違いない。



「……デュカさん。疑問なのですが」

「うん。なんだろう?」

「私は、デュカさんに魔力を助けて頂いているのですよね?」

「うん。契約をしたからね」

「……私には魔術陣や魔術の類が、一切感知できていません。これは理由があるのですか?」



私が尋ねると、カインはギョッとした顔で私を見つめた。



「そりゃ、魔力量は一のままだからな。仕方ないだろうよ」

「……魔力の量というものは、増えないものなのですか?」

「ああ。契約を結んだからには魔力を借りることは出来るが、あくまで借りるという一点に留まる」

「では、日常生活には差し支えないものの、突然カインさんレベルに魔術に対するアレコレが可能になるという訳ではないのですね」



私の言葉にカインもデュカも目を丸くした。



「お前は………。流石にそれは強欲がすぎるぞ………」

「魔力量は個々が生まれもつ天性のものだから、干渉は出来ないのだよ」



二人にそう諭されて少し肩を落とすと、カインがため息をつく。



「お前にはこの王がいるから、魔力なんぞ無くとも何とかなるだろうよ」




結局この日、昼食をとった後にデュカはどこかへ外出してしまい、私は広くなってしまった部屋で一人読書をして過ごした。


カイン曰く、私も気軽に外出出来るくらいには守護が整ったが、もう少し待ってほしいという事だったのだ。


その際に、デュカのことをカトルニオへ内密に報告したと聞いた。

報告の際に絶句してしばらく固まっていたそうだが、国にとってはとんでもない恩寵だと随分喜んでいたそう。




(……同時に、易々と手放せない人間になってしまったとも)



カインはより一層重責を背負うこととなったし、私もフラフラ出かけて攫われでもしたら、とんでもない騒ぎになりかねない。

場合によっては国軍が動くような展開も想定できると、シルヴァも苦笑いで実情を明かしてくれた。




(………でも、デュカさんはあの午餐会にいた妖異とは違って、接しやすいわ。無条件で助けてくれるのなら、存分に甘えさせてもらおう)




今の生活に不満がある訳でもなく、むしろ好待遇に感謝している立場からすれば、今後もそこまで行動を変えるようなことはしないつもりだ。

今後も軽率な行動は慎みつつ、けれども視野を広げる為の努力をしていこうと胸に誓う。




(午餐会に突入してしまったのは、デュカさんの夢渡りの影響だと言うし、もうあんな事は無いとは思うけれど……)




先日のあの不思議な招待は、デュカが種明かしをしてくれた。


どうやら夢を渡るには、対象同士を魔術で結びつける必要があるらしいのだ。

私は馬車でお出かけした時に、呼びかけに反応してしまった所為で、デュカとの魔術の結びが生まれたという。

そして、その結びをデュカ本人と繋げた時に、デュカが行く筈だった午餐会の場に出てしまったというのが、先日の事件のあらましである。




(……でも、太古の生命体と思えば、今はあまり怖く無いかも)




午餐会の場ではただ恐怖しか感じなかったが、己らの領域に突然部外者が現れれば、確かに警戒して当たり前だ。

アンモナイトが震えるような絵を想像して、うんうんと頷く。




「ふう」



あまり集中出来なかったので、パタンと本を閉じてソファの背もたれに頭を擡げる。



(こうして一人の時間があるなら、相部屋でも大丈夫かも)



ちなみに、独房のようなベッドルームはデュカの寝床と決定しており、時を見て私の隣で寝るようになるらしい。



(……何故一緒に寝る必要があるか分からないけれど)




カイン曰く、デュカが結んだ守護の契約上、私の何かしらが欠けると彼にもその影響が及ぶのだと言う。


私は惑い子で、その魔力の形は非常に歪だ。

その歪な形の魔力は、時に邪なものを呼び寄せることもある上に、不安定で守りづらくもあるのだという。


多少の魔力を持っていれば、そのような状況も打破できるのだろうが、無垢者の私には到底抗えない脅威となる。



(………つまり、常に手が届く位置にいてくれということよね)



契約を結んだ以上は、デュカには私を守る義務が生まれているのだ。

ヴィルセは確かに手厚い守りだが、全ての脅威を跳ね除けるわけではないと、カインも語っていた。




(………全てを跳ね除けてしまうと、空気の循環も止まり、雨風すら入り込まない死地になると言っていたわね)




確かにその話を聞けば、寝室がほぼ同じ理由というのも頷ける。

つまりは二十四時間そばで守るのに、都合が良いと言うことだ。




「………そこまでして守ってくれるなら、有難いことだわ」




動揺は少なくなかったが、必要なのだという理由には納得はしたのだ。

感謝こそすれ、不満など抱くべきではないと、自らを戒める。


たとえ不浄場が共用であっても、お風呂や洗面所が共用であっても、文句を垂れてはならないのだ。




(使用都度、掃除しよう………)



そんな事を考えながら、今日のデュカはいつ帰ってくるのだろうと思いを馳せるのであった。




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