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西陽  作者: Co.2gbiyek
4. しぼんだ風船
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4.2 代用品

 梅雨が明ける頃にはユウゴたちの働き方が確立していた。週に2回、ミヤモトたちとの打ち合わせのために虎ノ門のオフィスに向い、それ以外は茅場町の子会社オフィスで作業をすることで落ち着いた。


 打合せで虎ノ門オフィスに訪れると、相変わらず陰気で淀んだ空気で充満していて息苦しかった。コヤマやサノはこれまで通り、虎ノ門オフィスで作業をしている。サノは派遣社員の島、コヤマは孫会社社員の島でそれぞれの仕事をしている。


 淀んだ空気を作っているのは上座に陣取るミヤモトやクリハシのような親会社の社員たちのせいでだけではない。サノやコヤマ、ハタケヤマ係長がそれを受け入れているからこそ成立するのだ。この陰気で淀んだ雰囲気の正体はここにいる全員の共通認識が作り出したものだ。外から虎ノ門のオフィスに来ると、この異常な空気をはっきりと認識することが出来た。


 ハタケヤマ係長はヤマグチに比べて丁寧で物腰も柔らかい。嫌味を言わなかったし、無意味な資料修正や人を試して値踏みするような質問もしなかった。ハタケヤマ係長はミヤモトに反抗する姿勢は見せなかったのでミヤモトが数時間おきに状況報告するという無駄な作業はなくなった。ユウゴの仕事は途端に楽になった。アキコとの会話にも余裕が出来ている。アキコが描く将来の話も冷静に聞くことが出来ている。ギスギスすることもなくなった。


 優秀だと思っていたヤマグチは90点を97点にするための努力をしているようなものだった。その7点のために業務時間の大半を費やしていた。だがハタケヤマ係長はヤマグチの80点を満点だと定義しているような人だ。だからほとんど残業も必要なかった。ハタケヤマ係長は下手に出て、丁寧に説明をするのでミヤモトたちからの指摘もなかった。もしかしたら最初からこれでよかったのかもしれない。


 ヤマグチがベストを尽くしていたのは分かるが、それが成果を出していたのかと言えばそうではなかったように思えた。やはり、顧客が望んでいる仕事をしなければならないのだ。だからこそ内容ではなくコミュニケーション自体が仕事なのだと思い知らされた。


 ヤマグチも結局のところ俺と同じ代用品だ。そして代用品は必ずしも優れたものである必要はない。必要なこと、求められていることが出来ればいいのだ。ヤマグチは精度が高い仕事を目指したが優秀ではなかった。優秀とは勤勉さと従順さだ。ヤマグチは勤勉ではあったが従順さがずれてしまっていた。ヤマグチが従順さを示したものはミヤモトでもなければ親会社の誰でもなかった。ヤマグチが従ったのはコンサルティング会社が残した紙切れだ。


 それに比べればミヤモトに従順さを示したハタケヤマ係長は優秀ということになる。ヤマグチに感じたような憧れはないが、感心させられることが多かった。サラリーマン、いや労働者とはそんなものなのかと思うと苦しかった。


 他人の評価は常に相対的なものだ。有能な人材かどうかは仕事の結果ではなく、他人と比べなければ計ることが出来ない。成績の優秀な順に採用してその順番通りに給与を振り分けていくというのは合理的だ。普通の労働者に与えられる仕事は、できて当たり前のモノばかりだ。出来て当たり前でなければ企業の見通しを立てることが出来ない。達成が困難な目標なんてほんの一握りでしかない。そんなものばかりで見通しを立てる企業はないだろう。


 いつでも誰にでも替わりがきくような仕事をしながら、一喜一憂している自分が苦しかった。そう考えると俺が自分自身で経験しなくても、もうすでに俺と同じ人生を生きた人間がいるのではないだろうかと思えてならなかった。誰かが既に経験した人生をわざわざ追体験する必要があるのだろうか。仕事が楽になって余裕が出来たおかげで、考える時間が増えていた。考えたところで何もいいことが無いことを考え続けている。


 アキコにこんな話を聞いてもらうことはできなかった。アキコの話を俺が聞けないのと同じだ。アキコは職場で起きたことを俺に話すが、そこに意味はなかった。今日あった出来事の時系列を歪めながらただ羅列するだけだ。だから頷くかテレビを見てやり過ごすしかなかった。アキコに俺が話をした時も同じことを感じるのだろう。マキも同じだ。それどころか俺が出会って話をしたことがある人間は全て同じだ。誰も他人の話など聞いていなかった。俺ももちろん同じだ。他人の話など聞いたことがない。だから自分の話も聞いてもらえなくて当然だ。


 ミヤモトからオオシタ部長へ向けた説明会が終わり、軽微な修正を行った後、オオシタ部長から担当役員への報告会が開催された。オオシタ部長は報告会に先駆けて、事前に担当役員に頭出しをしていたので大きな齟齬もなく顧客への最終報告として提出することが承認された。


 ユウゴはその結果を聞いて安心した。翌日、ミヤモトが最終チェックを行い、ユウゴは顧客向けに資料を印刷した。A4用紙を畳み込んで、A4サイズに揃える。そうして体裁を整えた資料を40部作成した。結局、そこには何の提言もなくただ事実がちりばめられた報告書が出来上がっていた。


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