4.1 退職
ヤマグチが会社に来なくなって2日後、ユウゴはハタケヤマ係長とミズシマ課長に呼ばれて茅場町の子会社にある会議室にいた。会議室に入るとそこにはヤマグチもいた。ミズシマ課長からヤマグチが退職することを聞いた。
ミズシマ課長はいつもニコニコしている40代後半の巨漢の中年男性だ。ミズシマ課長が明るいトーンで話を始めると場に和らいだ空気が流れる。そのミズシマ課長から今日がヤマグチの最終出社日だと聞かされる。今日のこの場でヤマグチからハタケヤマ係長に作業の引継ぎをしてヤマグチの業務は終わりになるのだという。そして、ヤマグチは今月の残り半月を有休消化して、今月付けで退社する。
急遽の事もあり動ける社員がおらず、また、アカバネ部長が手厚い支援をすると約束した手前、平社員ではなく係長のハタケヤマを当てることにしたのだ。ヤマグチは悪びれる様子もなく淡々と今の作業状況と今後の作業予定を説明して引継ぎを終えた。
後からハタケヤマ係長に聞いたところ、ヤマグチは外資系の企業に転職することが決まったのが退職理由だという。正社員の退職が数日でまとまるとは思えないが、一方でヤマグチが決めたことを引き留められるとも思えなかったし、ヤマグチを引き留めようと思う者はいないのだろうとも思う。そして、もちろん内部向けの報告会でのあの出来事の事も影響しているかもしれない。あの出来事を知っているハタケヤマ係長、ミズシマ課長、アカバネ部長のレポートラインであればこのタイミングでヤマグチがすんなり退職に進むのは何ら違和感がなかった。
ユウゴはヤマグチが最後に出社した日からヤマグチと会話をしていなかった。会議室でヤマグチと会った日も会話をしないままハタケヤマ係長への引継ぎが終わった。そして、それから何も会話をしないままヤマグチは退職していった。
ユウゴはヤマグチは嫌な奴だと思っている。ヤマグチの事が心底嫌いだったが、一方で認めている部分もあった。認めていると言えば格好が付くが、実際は憧れの様なものだ。会社に期待せずに自分の実力を頼りに他人の顔色も窺わない。自分がそうでありたいと思う姿であった。
だがそれはヤマグチが33歳で6度も転職し、7度目の転職をする理由そのものでもあった。ヤマグチの人生にも単純に憧れることが出来ない息苦しさが垣間見えるようだった。ヤマグチに対する嫌悪感や、憧れを感じながらもこうも何も知らないまま、口をきくこともないままで去っていくのかと思うと、ユウゴは自分が派遣社員でいるということが本当に嫌になった。
ヤマグチは俺と話す必要などないと考えていたのだろう。途中で仕事を投げ出すようにやめて、同じ仕事をする仲間である俺は声もかけられない。仕事だから俺と会話していたのだ。仕事でなければ俺の様な人間と会話する必要がない、そうヤマグチは考えている。
それに比べて、ユウゴは本当はヤマグチと仕事以外の普通の話をしたかったという甘い考えと、あんなにも杓子定規で面倒くさい人間がやめて清々するという下卑た考えを同時に持ってどちらか一つに自分の気持ちをはっきりとさせることが出来ずにいた。
ユウゴはヤマグチに自分の存在が無視されてしまったように感じて怖かった。建前として社員や派遣社員を演じていたのではなく、人間として正社員のヤマグチと派遣社員の自分では生きる次元が違うのだと認識させられたようで背筋から震えが起こった。
ユウゴが小学校低学年の頃に、地域の高齢者向けに子供たちが集まってピアニカの演奏を披露する機会があった。学校帰りに近所の公民館で突然その場が設けられた。学校に置いていた1、2年生全員のピアニカを上級生が持って来てくれていた。ちょうど学校で練習している曲だから新しく練習する必要はないという。学校からの帰り道をみんなで歩いていると上級生がピアニカを持ってきて、声をかけてくれた。
だけどユウゴのピアニカだけがなかった。俺のピアニカだけ他の人と形が違うからだろうか。親戚のお下がりのピアニカを使っていたから低学年のモノだと分からなかったのだろうか。もしかして体操着で隠れていて見えなかったのではないか。どうして俺のピアニカだけが無いのかとっさにその理由を考えた。そして、それを上級生に聞けるほど純朴でもなければ成熟してもいなかった。
ユウゴはどうしていいか分からなくて、パニックになって無言で走って家に帰った。どうして自分のピアニカだけなかったのか。どうして誰もそのことに触れなかったのか。上級生が何か声をかけてくれたら自分は無言になる必要も走って家に帰る必要もなかった。その後、その話が話題に上がることはなかった。だからその感情はあの日のままで止まっている。
あの日から無視されると恐怖を感じるようになった。自分には影があるのは理解しているつもりだ。きっと影の出来るきっかけはあの出来事が関係している。それでも大人になり、ずいぶんと感性が鈍感になった。ようやく本当のところはどうだったのか、改めて考えてみようと思えるようになったものの、もうすでにあの出来事を検証するための方法がなかった。
もしかしたらあの出来事を覚えている同級生がいるのかもしれない。だけど、小学校の同窓会どころか、どの同窓会にも参加していなかったし、過去の友人と会うこともなかった。同窓会の通知はもう20年は来ていないだろう。だからもう、二度と克服することができないと思っているし、自分だけがまるで存在しないかのように無視されることが今でも怖いままだった。