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啓蒙スキル

作者: 浅賀ソルト

 スキル「啓蒙」っておかしくない?

 自分のステータスを見て俺は戸惑った。政治に関心がある人間ではあるし、汚職や腐敗政治、独裁国家などに義憤を覚えるタイプの革命大好きな人間ではあるけど——誤解を恐れずに言うならバリバリの〝左翼〟である。絶対誤解されるけど——持ってるスキルが啓蒙ってどうすんのこれ?

「啓蒙」を辞書で引くと『人々に正しい知識を与え、合理的な考え方をするように教え導くこと。』とある。つまりみんなを賢くすること。自分が賢くなるというスキルではない。

 さらに異世界転生しておいて、転生先が2023年8月27日のカンボジアってどういうこと? 異世界といいつつバリバリの現代社会なんだけど。

 ステータスが見れるから瞬間移動したとかテレポートしただけではないようだけど。

 まあいい。そこは置いておこう。

 カンボジアというと最近に選挙があって、与党が95%以上の議席を取ったという国である。別にまともな選挙があったわけではなく、選挙のたびに書類不備とかなんとか理由をつけてそもそも敵が立候補できないようにしている。それで選挙して独占ばんざーいってやってる駄目な国だ。自分の政治に自信があったらわざわざ選挙前にライバルを潰したりしない。

 なんでそんなことしているかというと、政治家が中国の賄賂を受け取って親中路線を取っており、カンボジア政府は自国民を中国に売り、その売上で私腹を肥やしているという構図である。ひょっとしたらそんな政治家たちが、自分たちこそがカンボジアを一番発展させていると勘違いしているかもしれない。

 馬鹿なんだな。啓蒙が必要だ。

 なぜかクメール語が話せたのでその辺の人に聞いて、今の場所と時間を知ったところだ。俺がいまいるのはカンボジアの首都プノンペン。ちなみに赤道に近いのでめっちゃ暑いけど、最近の8月の日本と比べると大して違いがない。むしろこっちの方が快適ですらある。

 啓蒙のスキルがあるならやはりやるべきことは啓蒙であろう。人々を賢くする必要がある。

 市場の方に移動すると人がたくさんいたので「啓蒙」を発動して、さっき自分が言ったようなこと——この国の政治家は自国民を搾取して私腹を肥やしている——というようなことを演説してみた。

 20人くらいが立ち止まって俺の話を聞き、聞いているうちに真実を知って驚愕の顔をしたり、そこから怒りを滲ませて歯をくいしばったりしていた。

 一方でそこそこの人数が賢くならなかった。俺の話を聞いても、そんなことは知っているよという様子だった。

 あえて中国に逆らって混乱を招くよりは流れに身を任せた賢い人というのもいるんだろう。

 もっともネットはあるようだけど、報道として政権を批判できるような自由が成り立っているとは思えない。

「民主主義とは国民が国を運営することである。我々あっての国である。政治家は我々国民に雇われて食わせてもらっているのである。どちらが立場が上か、政治家は身の程を知るべきだ」

 まわりから声が上がる。おおー、そうだ、その通りだ。

 あ、意外と啓蒙できた。日本では普通に教科書に書いてあることなんだけどな。

 もうちょっと主権在民について演説を続けると野次馬が100人を越えてきた。警察がやってきた。

 逃げてもいいが、ここは一つ試してみよう。

 俺は止まっていた軽トラックの荷台に上がり、さらに不安定だが天井に上がった。そのトラックは補強がしてあって天井にも荷物が積めるようになっていた。

 100人以上が自分に注目していた。

「警察の諸君、主権は国民にある。国民が国を運営しているのだ。我々を食い物にするような政治家など不要。勘違いした政治家の立場を分からせる必要がある!」

「うおー」「そうだそうだ」「誰のおかげでただめしが食えると思ってるんだ、人民党め!」

 警察官も啓蒙できた。

 めっちゃくちゃ気持ちいいな、これ。

 あっというまに200人になり500人になり1000人になった。

 声がかれてきたと思ったらどこからかハンドマイクが手渡された。

「政治家は勘違いするな! 国民の力の方がもっと大きい!」

「うおおおおおお!」

 このあたりになると、1フレーズ叫ぶと歓声が1分続くというコールアンドレスポンスになり、まとまった演説にならなくなった。

 そういえばどこの世界でも演説って最終的にはこんな感じになった気がする。

 俺のスキルは啓蒙なので、とにかく広く多くの人を賢くする必要があった。

 トラックの天井から荷台に下りると、知らない男が運転席にいた。だんだんと天井を叩いて合図をするとゆっくりと走り出した。

 荷台で人が立ったまま走るのがカンボジアの法律でどうなのか知らないが、特になにも言われなかった。

 俺はハンドマイクを握り、市場の人間に啓蒙しまくった。

 俺は運転席の男に言った。「テレビ局に行ってくれ」

 運転席の男は頷いた。

 全国行脚して演説と啓蒙をするのもよかったかもしれないが、テレビ越しでも啓蒙が通じるのか知りたかった。

 テレビ局の前で何分か演説するとまた人混みができて、俺を中心に群衆が盛り上がり始めた。

「いますぐ、テレビを通じて国民に知らせることがある。入口を開けなさい」

「うおおおおお!」

 何回か繰り返すと本当に入口が開いた。

 俺は廊下を歩きながらもハンドマイクを離さず、啓蒙を続けた。

「我々は強い。我々には力がある。本当の権力を持っているのは国民一人一人である! 政治家など国民に比べればゴミのようなものだ!」

「うおおおおおお!」

 廊下に人が溢れて渋滞になった。歓声が大きすぎて耳がおかしくなってきた。

 そのまま生放送中のスタジオに入り、カメラに向かって啓蒙した。

 見ていた国民はみんな賢くなった。

 全員がその時間の生放送を見ているわけがなかったし、俺はそれを知っていた。1時間はテレビに出演を続け、そこからYouTubeや各種の動画にして世界中に配信した。

 クメール語だけでは駄目だと思ったので英語でも話した。この国の政治的に中国語も必要だった。なぜか英語も中国語も話せた。

「国民が政治家を食わせてやってるのだ。我々の方が強い。奴らは我々に逆らえない!」

 カンボジアの隣国というとベトナムとタイなので、ベトナム語とタイ語でも演説した。

 なんかもうなんでもありだな。これが啓蒙スキルか。

 俺のテンションもやばくなっていて、民衆のレスポンスの熱にあてられて頭がぼーっとしていた。飲まず食わずで10時間くらい活動したのではないだろうか。

 さすがに深夜に近くなって俺はぶっ倒れた。

 みんなが口々に、主権在民と叫んでいる。

 あっというまに独裁政権は倒され、形骸化していた三権分立がまた整えられ、国民による国家の運営という民主主義の当たり前の仕組みが確立した。みんな賢くなったので、私腹を肥やそうとするズルい奴に騙されなくなった。優秀な人間がその能力にふさわしい地位と評価を与えられ、そうではない人間にはそこそこの地位と評価しか与えられなくなった。

 他国の介入にも効率よく、また、適切に対応がなされた。おかしなデマや怪情報に踊らされることもなくなった。

 俺は生まれてくるカンボジアの子供たちに啓蒙を続け、みんなが賢くなるように、馬鹿な人間が増えないように努力した。

 とにかくもうなにもかも最高だった。

 正義が勝ち、ズルい奴は死んだ。


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